30日は22時からの翌朝5時までの仕事だった。勤務時間は短いが仮眠なし。そんなわけで31日はどこかに行こうと考えていたのだが移動中に眠れるバスがいい。そこで高松に行こうと考えた。高松競輪には何度かここでも紹介した永倉通夫選手が出場である。東日本の選手が西日本の競輪場に出場することはA級ではあまりないので貴重な機会である。
長引くだろうと思っていた仕事は5時前に終わり「電車ないのに」と文句を言いつつ職場を後にする。高松行きの始発の高速バスにそのまま乗っていくつもりだったが早すぎるので一旦帰宅し再び難波に出てバスに乗る。そのまま眠り込み気がついたら大鳴門橋が見えていた。
空腹だが競輪場内のうどんと決めていたので駅前で無料バスを待つ。バスは30分間隔と非常に少ない。やってきたバスもマイクロだった。小田原競輪もそうだったが最近は既存の大手バス会社ではなく小さな会社、葬儀のバスや町内会の旅行で利用するようなところが増えてきた。サービスレベルを下げずに経費削減する方法の一環だろう。
高松競輪場は3コーナーから4コーナーにかけて京王閣に似た大きなスタンドがある。このスタンドの1階部分にうどんのつるや食堂があり本格的な讃岐うどんが食べられる。入場した私は真っ先に向かう。値段は高め(400円)だが街中でも勝負になる味である。
1・2レースは狙ったラインとは別のラインが制し(要は本命サイド)永倉さんの出る3レース。このレースは先行したい選手がいない「ウマナシ」番組で非常に難解なので普段ならまず買わない。番組制作側もこうしたレースができないように出場選手を集めるのだが勝ち上がりの都合でこうしたレースができてしまうこともある。
永倉さんは捲り脚を持つ飯田選手とラインを組んでいただけに十分勝ち目もあると思われたが地元の真砂選手が思い切って逃げその番手を実力上位の嶋田選手ら九州ラインが奪い取った。飯田選手は最終バックで捲りを放つが嶋田選手の番手捲りにあわされてしまい万事休す。永倉さんは6着でレースを終える。
後に「まさか高松で声をかけられてびっくりしましたよ」と永倉さんに言われてしまった。


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