2011/9/9

何があったというわけではないのですが。  

親を捨てて、1か月ちょっとですか。

何度も。
何度も。
親のことを、考えたり。
思い出したり。
夢見たりしてます。


後悔してるのか、といわれれば。
どうなんでしょう。

かといって、じゃあ、自分からまた手を伸ばし。
元のさやに戻るか、と聞かれれば。

それは、大きくNOと答えるでしょう。


それでも。
やっぱり考えてしまうんです。

息子のおじいおばあなのも間違いないですからね。
彼のためにも、我慢するべきなのかと。


いや、でも。
もう、我慢の限界だったんでしょう。

その前から、ふつふつときてましたもん。


旦那とのこと。
おばあちゃんとのこと。
そして、髪の毛をきったときに追い詰められた私への対応。
最後に、今回の引っ越し騒動。



何度も、距離をおこうとして。
何度も、縁をきろうとして。

何度も思いとどまって。



自分の中にあるものすべて吐き出してからでもおかしくないような気もしますが。


それで何か変わる気もしないんです。



そう。
引っ越しをして、落ち着いてきたからなのか。
漠然と、自分のことを思うようになりました。



ああ。
私は、人との関わりを、諦めたのかって。


だからこそ。
今、こうやって。

3人っきりな世界で生きていて。
絵を描いて、歌を歌って。

人と、深くかかわれない位置にいるんだって。




悲観的とか、そうゆうわけじゃなく。
私は、もう救われない子なんだな、と。

ついこの間、ふと思いました。


最後の最期に助けてくれる人はいなく。
誰も頼る人もいなく。

独りなんだと。



そうしたのは、誰でもない。
まぎれもなく、自分で。

自分が今まで生きてきた結果で。

この先自分が自分であれば、それは変わらなくて。


私は私を変えるつもりはないから、だから、もうこれ以上はないと。


ま、ならしょうがないかと。
最期の最期で寂しく独りぼっちでも、仕方ないことなんだろう、と。

私は私を。
もう諦めてしまってて。


所詮、群れからはずれてしまったら、「仲間」でも「家族」でもなくなってしまう、ただの「他人」だということに、私はここ2年で学んだ感じです。

これからも、ほどよく距離をあけ、できるだけ深く関わらず、人とふれあっていく形になるんだなぁ、と私は改めて思いました。



さぁ。
本当はもいっこ心にあるのを書くつもりだったけど、後日。
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