2017/3/31

美術展と本屋さん  
 昨日は暖かい日和だったので、街まで出かけてミュシャ展見てまいりました。
 大作揃いですごかったっす〜。国立新美術館はいつも規模が大きくてすごいな!大物展示のノウハウがあるのがすごい。
 しかし前から気になってたんだけど、なんでチケット窓口が遠いところにちょっぴりしかないのでしょうか!
 いつも、入る前にすんごい長蛇の列があってびびるんだけど、毎回ただのチケット売り場(それも建物の外)なんだよね…どきどき中を覗いてみたら、そんなに超混みじゃなかったり(混んではいるけど)して、特に正門から入った人はチケット買うために広い建物半周しないといけないのが謎。

 今回草間彌生展もやっていたんだけど、そちらの方がすごい混んでいてびっくりだった…庭の樹木の幹も赤白水玉のマーキングがしてあって存在感パネエよ!とびっくりでした。時間があったら見たいな〜と思っていたけど、外まで列が伸びているのを見て諦めました。ちょほ。

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カタログは秀逸。スラヴ叙事詩の作品解説も丁寧で、イラストレーターと見られがちなミュシャの骨太な時代の説明も詳しかったYO!

 個人的に象徴派とかロマン派の画家が描く巨大背景スピリチュアル系な絵はあまり好まないけれど、スラヴ叙事詩は中欧っていうどうしたって波乱しやすい地域や民族の心意気が漲ってるんで、もう別枠で好きだ。

 ところで帰りに池袋に寄って、ナガイゴー展も見てきたんだ。ちょっぴりだけどロボットてんこ盛りで面白かった!ダイナミックプロ発のロボットってサンライズロボとは系統ぜんぜん違うんだな〜。並べて見るまで気がつかなかった。

 そこまでいったんならって、久しぶりに西武の書籍館も散策してきました。都落ち前は、色々行き詰ってもここ1周したら大体復活するという、ヒーリングスペースであったよ…あとは帰るだけだってのに気がつくと本買っていたよ。とほほ。

 楽しかったです!!
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2017/3/30

触ってはいけない  
 昨日の忖度話、そういえばうちでもあったんですよ。
 せんだってのちびちび入試の前に、塾で面接練習をしたんだけど、一応いろんな質問に答えられるようにって、よくある「この3年で頑張った事は」「なぜこの学科を希望したか」みたいな質問の他に、最近気になった新聞記事は?ってのを訊かれたんだって。

 ちびちびは1面と漫画とTV欄しか見ない奴なので、その時一面を賑わせ始めていた森友問題で、総理夫人のメール記事の事を話したら、先生から「相手によってはそれで落とされるかもしれないからやめたほうがいい」といわれちゃったよー。とぼやいていました。
 無責任なオヤとしては「それで落とすような公立校はヤバい学校だからやめといた方がいいし、落とさなかったら選択に間違いがなかったぜってことで喋っときゃええやん。」とか言ってたんだけど、まあ塾としては生徒落ちてもらっちゃ困るだろうから、そう言わなきゃなって話だったんだろうな。中間の人が調整して発言を抑えるというやつね。ふんふん。
 実際試験ではそういう質問は出なかったんだけど、要は子ども相手にすらそういう忖度を持つべく指導しちゃう空気があるのが、今の社会の病みっぷりを表しているようで、いやだなあと思いました。
(私は一応無責任発言以外に、そういう人の切り方をする人もいる事情を説明したけれど、塾ではそんなぶっちゃけた解説はしなかったというから)

 でもこういう下々の例を見て思ったんだけど、官公庁の人は、基本的にこういう事やっちゃいけないんじゃなかったっけ。下からの勝手な発案で通常業務以外の行動をとろうとすると、ものすご面倒臭い手順をふむもんだって最近聞いたんだけど。
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2017/3/29

どんたくそんたく  
 ニュースで最近話題にのぼってた単語「忖度」について
「官僚の世界における“忖度”について「確かに言えること」」
という記事に判りやすい説明が載っていたのでメモメモ。部分を貼り付け。

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C 官僚は「忖度」で評価される。

官僚の世界で、上位者から評価されるのは、違法・不当ではない「裁量」の範囲での方針決定について、上位者に方針を確認したり、判断を仰いだりせず、その意向を「忖度」して動ける人間である。上位者にとっては、そういう人物こそ、上位者の意向・方針を、上位者の手を煩わせることなく実行してくれるので、大変好都合なのである。しかも、それは、今回のように、「忖度」によって行った対応が問題にされた時には、実際に問題に関わっていないので、上位者にとって、リスクを最小化できるという面でもメリットがある。

そういう意味で、官僚の世界では、「忖度」の「習性」を身に着け、それを確実に行える人物が、「能力の高い官僚」と評価され、いちいち上位者の意向を確認しなければ対応できない人間は「無能」と評価されるのである。


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 私の日常にはでてこない単語なのでよく知らなかったけど、要は「指示されなくても上の望んでる本音を察して替わりにやっとく」ってことか。ドラマだのアニメでは散々描かれてる情景でしたね。
 おかげでニュアンスはとてもよく判りました。

 法律に触れない程度に、またはうまくやりおおせそうな事だったら、下の者がやっておく。
 だったら上の立場の人間は忖度をされても気が付かないのが当然で「自分は忖度されてない」っていう文法はなりたたないんだな。
 いろんな政治問題が出てくるたびに、秘書が妻が事務所が支援者がって話になっていたけれど、本気で問題意識を持っていなかったなら、それは本当に深刻な情報弱者が権力を持ってしまっていることになるなあ。
 最近は上記4者以外にメディアとか教科書作ってる会社とか製造業とか、そんなとこまで?ってレベルで忖度要求が広がっているような気がするから、多分この言葉にひっかかる人がたくさん出たんだろうな。
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2017/3/28

ドラクエクッキー  
 今日ちびちびの友達が遊びにきた折、USJのお土産に冒険の書をくれました。
 
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 すごい凝っているよー!ちゃんと背表紙にタイトルも入っている。

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 一応中身はクッキーだ。いろいろ書いてある文が違っていてかわいい。
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2017/3/26

同人誌ねた。  
 去年そうさく畑Final行って、同人活動の事をちょろちょろ考えたのでまとめてみた。

 即売会って場を維持するのは、大きいイベントでも小さいオンリーでも大変なことだけど、きちんと続けてくれているイベンターさんはすごいなあと。
 免許も資格も持たなくても、アマチュアが自分の好きな事を形にしたものを表に出す場所として、同人誌ってものがあるのをとてもありがたいと思ってきたからさ!

 若い人にはとかく発言権がなかったし、何かを作ったり表現するにしても技術や言葉が足りなくて拙いものばかりになってしまうもんだけど。だからすっこんでいろってなりがちだけど、その拙い時期、年齢でなければ伝えられない大事なことって世界にはたくさんあると思うんだ。

 そういうことをフィクションの形でも萌えにブーストしてもらってでも、表に出す場所があるっていうのは、すごく大事な場所だと思うんだわ

 今世紀になって日本の漫画やアニメがいきなり公でもてはやされたのは、前世紀末にフランスでがっつり評価を得たからで、それ以前は耳や目を貸す価値のない幼い媒体として無視(または蔑視)されていたもんね

 でもそれが商売になるとわかった途端、効率的に売り込もうって方向に社会が進んだとしても、そもそも同人誌に描かれていることはすべて個人の腹の中のものであって、売れる場合もコケる場合もある、効率的な製造がたとえできたとしても、今の伸びやかな創作活動にはならないと思うんだ。
 なにしろ、ここまで経済効率を蹴倒しながら成長していった集団って、あんまないと思うのね。もちろん世の中には175さんや転売ヤーもいるけど、ぶっちゃけ好きで描いている人たちの勢いを凌いだことはないんじゃなかろうかと思う

 自分の話になるけれど、私はもともと状況を報告したり要点をまとめて人に伝えるって事がものすごく苦手だったし、人を説得するなんて信じてなかったくちでした。
 でも理解したりしてもらうことを諦めなくてすんだのは、文字や絵で描いて細々形にしてきたお陰なんじゃないかと思っているYO。
 これは訓練として学ぶ訳じゃないし、経済活動として働いた訳でもない、自分の為に続けていたことだけど、それが経済に役立つから続けろとか、社会的に不道徳だからやめろと外野に指図されるのがとても嫌だ。


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