2017/8/31

鳥籠定位置  
今日の鳥さん。

鳥籠のお引越しをしてみました。すぐ隣の遊び場の棚に置き換えただけなんだけど。

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 なんか向きが違ってヘンですよ!

と、朝から苦情がでております。
 まあ籐籠がどうしても餌殻まみれになっちゃうから、拭きやすい木の棚に移動してみただけなんだよ。籐籠の方が軽いからひっくりかえして掃除しやすいと思ってたんだけど、やっぱこまかい所に殻が入り込んじゃうから。

 で、遊び場を籐籠の上にタオルを敷いて設置してみたんだけど…水が飛ぶから要改善。
 前にテーブルクロスにしていたマットコート布を切って敷いてみるかな。
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2017/8/29

ホレボレ  
 借りてきたDVDを最後まで観ました〜。2クール+映画版、こってりファンタジーな「GARO炎の刻印」です。なんか話の重さと絵の明るさ怖さと、尺がぴったり合った感じで滅法面白かった〜。
 これ最初に二次創作を見て「王道っぽいファンタジーだ面白そう!」と当時1話をネットで無料配信してたのを見たんだけど、

今みたら絶対、今描いてるファンタジー描きあがらない!!!

と確信したんで、しばらくお預けにしてたんです…やっぱりさ、重量のあるいい作品で近いジャンルって、ぜったい見たら引きずられるじゃないですか。ちょうどFOUNS描きはじめたとこだったから…

 封殺鬼の平安パロ描いてる時はとりあえず「陰陽師」は新刊でても近寄らないようにするとか、SF描いてる時はうっかり金ローでSFバトルひっかからないようにとか、畑の近い大物には期間限定で近づかないっての、自分はよくするんだけど…アリ?

 やっぱ重力の法則って創作にもあると思うから。似たようなエピソード描いてしまうのはまだいいんだ、近づいてすいません!て離れようとするあまり、自分でも訳のわからん展開に暴走してしまうのが怖いんだよー。
 とにかくオリジナルはこの夏の話で大体方向が固まったから、舵が効かなくなる事はないかなってことで。

 それはさておき1話目、面白かったんだ。続きが気になってもやもやしてたから、今回見られてやっとすっきりしたYO!
 あと話だけじゃなくて絵もすごくきれいだったんだ。アクションもだけど背景がどえらい綺麗!!
 わりとどうでもいい街中の建物の隙間とか、野辺の道の朽ちかけた木の柵とか、再建された町の建物の脇で、一旦伐られた大きい木がまた芽吹いてるとことか。すごく細かく美しい〜〜
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2017/8/28

ダメだと言われたら  
 しばらく前に「漫画家や声優になりたいという子どもをツブす方法」みたいな記事がニュースに流れてて、それに対して「なんでや」「こんなんが教育者として30年も?」とか反発意見がおたく界隈や文筆家なんかの、ものを書いたり作ったりな畑からあがっていました。

 私もたいがいぶーぶー言ったクチだけど、実際自分の子どもとかそのツテで知り合った子どもたちを見てて思ったんだ、叩かれてもほっとかれても、やる奴はやるし去っていく子は別の畑で伸び伸びやる。
 記事に対して反感を抱いたのは、必要も効果もうっすい「子どもへの暴力」を、特権みたいに自慢しいしい語る、その教育者の人品がやらしいからだったのかもなと。

 先週になってやっぱりSNSで「学校の先生が生徒に教室から出て行けといい、出て行ったら叱る、ってどうなのよ」って話題があがってました。
 同じような話を、今は成人した親戚のお嬢さんが部活で経験したって話を思い出したのよ。
 顧問の先生を校門で見かけたので、部員が全員でおはようございますって挨拶したんだけど、ちょっと先生独特の方でまるっと無視されちゃった。仕方ないか、とみんなで部室に入ったら、先生が飛んできて挨拶の返事を待たないとは無礼だって言って、部長さんを呼び出して部活時間中ずっとねっちりからんで説教してたって。部員が心配して様子を見に行くたびに先生は怒鳴るし部長さんも仕方ないからいいよ、と言って、活動終了後みんなで部長さんを迎えに行って先生に謝ってやっと帰宅。でも部活に顧問は必要だから仕方ないと諦めてて、部員同士はものすごい団結して仲がよかった。

 いやいやいやいい事があったとしても、そんなんおばちゃんすごくとさかにくるわー。

 こういう立場の違う相手に対する暴力っていうのは、部活だけじゃなくて家庭でも学校でもあるところにはあるし、大人と違って罪が重いと思うのは、若い時代にそんな理不尽を受け入れる素地を作りすぎると、大人になってもいざという時逃げられなくなる点じゃないかと思うんだ。
 だから逃げ場所ってのはひとつでも多いほうがいいと思っているよ!

 それこそ家でも学校でもない、おたく仲間でもいいと思うんだ。体力のいるヤンキーや財力がないと厳しいギャルよりは、資本が小ぶりで済むしな。
 自分の場合も、家や学校でけちょんけちょんにけなされた絵を、よりによって出版社に投稿してレスポンスを貰ってやっと救われたクチなので。
 ダメと言われたら自分を磨く努力ももちろん要るだろうけど、とりあえず目先を替えて新規開拓するのって大事だと思うんだ。
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2017/8/26

献本話・続  
 昨日は怖い献本レスポンスの話だったけど、それとはまた別の話。

 最近の二次ジャンルで「献本とはナニ?」というくらいそういう発想がまっさらナッスィングな畑にも出会いました。
 でもなんか判るんだ、そういうジャンルは基本作る本の数をぐっと抑えて在庫を残さないで、今一番描きたいものをがっと描いて出す!1イベントで発行・完売が基本!っていうはっきりしたテンションなのね。

 昔のおたくだって、振り返ったら絶対最初は「新刊30冊って作れないかな」と印刷マニュアル見たはずなんだよ。
 それができなかったから、長期戦で在庫を持つ覚悟を締めて、結果戦友に自己紹介する意味合いで、献本が始まったんじゃないかと思ってるんで。読み手と描き手の覚悟の距離は、かくも遠く離れていたんだなあ。

 今はSNSで本の冊数だけじゃなく傾向や対策やリクエストなど、事前にどのくらいの規模で何が求められてるかデータを集めて作ることができるから、目をつぶって思いのたけをぶちこんで盛大に自爆ってことは少なくなってると思うのね。オンデマンドで小部数印刷もたくさんあるし。

 でも先月、よそジャンルのアンソロ企画に対して、身内だけで何かしてるとか描き手として呼んでもらえない疎外感を感じる人が絡んでくるって話題が出てたんだ。
 それってみんなが情報を共有できるSNSで(上記のようなデータ集めもしやすい)描き手とそれ以外の人を差別しないで欲しいっていう苦情だと思うのね。
 だけどそもそも「描き手は描くために闘ってるんだよ、読む人は本が出来てから参加してくれよ」って話が通じにくくなっているってことだね。

 SNS上ではすべての活動がだだ漏れ一律に閲覧できてしまうから、「描き手になる条件はこの闘いに参加できる奴のみだぜ」っていうSNS上では見えない戦闘スキル(期間内に決められた条件で作画をあげる)を持つって意味が通じにくいんだと思うんだ。
 多分昔の献本ってのは、その線引きをはっきりさせる役割もあったんじゃないかな、としみじみ思った次第。
 本は、描き手にとっての戦歴なんだよ。
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2017/8/25

献本話  
 好きな漫画家さんのSNSで、献本のトラウマ話が載っていて衝撃を受けたんです。
 新刊が出た後、友人に本を送っていたら、あなたの本は前から読みたくなかった、返事をしないのに送り続けられて不快(これでもオブラート)みたいな返信が届いて、文面のキツさにとてもへこたれてしまったとのこと。ううん、それはほんとに怖い。

 私は昔ながらのおたくなので、わりかし献本や新刊の交換は、もうこのへんの畑での文化だなと思ってるクチです。で、ジャンルからもう足を洗うって時に「このジャンルでは本出さないから献本は辞退するね」とかよその畑でも気になる書き手さんの場合は「マジお金払うから買わせて」とか、まあそれまでのやり方を変えたりもする訳だけど。(合意の上、相変わらず献本続ける友達ももちろんいる)
 わざわざ攻撃するという感覚はわからない…というかそれは献本云々より、個人に対する甘えの発露(過剰な気配りの要求)に思えるな。
 どつかれた作家さんには、ほんとに元気をだしてーって思います、ほろり。

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