2006/8/22

宣言する理由  

メディアに売り込むと同時に個人での売込みに限界も感じたので所謂「プロダクション」にも勿論アプローチした。

結果は言うまでも無く駄目であった。

音源でどうのこうのと言うよりもステージ全体をやっぱり見てもらわないと難しい。

しかし
そこまでアピール出来る術も無い。

自分のステージの特徴のひとつに「紙芝居」がある。
紙芝居といっても本格的なものではないがスケッチブックを活用し譜面台に立て
演奏しながら捲っていくのだ。

これを文字にするのは難しいが代表的なものを幾つか紹介する。

●劇画オバQ

藤子不二雄SF短編集に「劇画オバQ」という漫画がある。
何十年ぶりに人間の世界に戻ったQちゃんだが
正ちゃんや仲間はスッカリ大人になってしまっていた。
ある日、仲間で同窓会を開く。
大人になったハカセ君が「新しい事業を始めたのだが…」といつもの調子で仲間の参加を呼びかけるが頭が良い故に失敗ばかりしているハカセ君の話には誰も乗らない。
子供の頃に無人島に自分たちの島を作ろうとした話になったときにハカセ君は「大人だからといって子供の頃の夢を捨てなくてはいけないのかー!」と熱弁。
仲間は酔った勢いで盛り上がるも次の日にQちゃんが正ちゃんに「あの話は?」と聞くも正ちゃんは今の生活の方が大事なのだ。
会社に出かける正ちゃんに奥さんが耳打ちする…「子供が出来た?」喜ぶ正ちゃん。
Qちゃんは「もう正ちゃんは子供じゃないのか…」と人間の世界を後にする。

作品そのままの歌を作ってスケッチブックには「劇画」のQちゃんを見せている。
歌が架橋に入った時、スケッチブックを捲っていくと後姿で去って行くQ太郎が描かれている。
その去っていく姿を「動画」にして捲ることによって臨場感を出している。


●ハラカラ

漫画「プロレススーパースター列伝」の「BI砲」の回での有名なエピソード「ヒンズースクワット3000回」を歌にしている。
曲間で力道山が3000回命じる様子を紙芝居で表現
曲中に馬場・猪木、両人の台詞を交え、演奏しながらヒンズースクワットを本当に敢行する。

●刈り込みマシーン

自分がアルバイトしている公園の剪定の片付け。
その仕事に「刈り込み機」という機械で植え込みを刈るものがある。
ギターを刈り込み機に見立てて
曲中に「親方」と「自分」のやり取りを紙芝居で表現している。




ライブ会場でコレらの曲を演奏する時
「笑い」に包まれながらも「熱く」見守るという現象が起きる。
「面白い」んだけど「真剣」であるという、この両極的な空気が会場を包み込む。
コレは絵的には面白いのに曲の内容がシリアスだからだ。

最後には笑いながら何故か感動している。


こういうことを普通のライブハウスで共演者に挟まれて演ってしまうとどうしても浮いてしまうのである。
居場所がないのである。

「R-1ぐらんぷり」の資格者に「面白ければなんでもいい」とある。

コレにピンと来た。

「笑い」の度合いで言うと確かに他の芸人さん達には適わないかも知れない。
しかし
「面白い」と「笑える」というのは必ずしも一致しない。

ピン芸人さんを見回した時、俺のような芸風は居ないのである。

これは狙い目。

あくまでも決勝に残ったらの話ではあるが
●テレビに映り
●知名度を上げ
●業界やプロダクションにもアピールし
●視聴者のライブ会場への足運びにもなる
●500万円まで貰えるかも…

自分の今、足りない部分を大よそ補える企画。

全力で行かない手は無いのである。


次回からは
「R-1ぐらんぷり」そのものを分析していきたい。

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2006/8/17

活動履歴  

歌い始めたのは30歳の時(現在35です)。

それまでは何をしてきたのかというとプロフィールにある通り「漫画家」を目指していた。

目指したと言ってもガンガンと描いていたのは10代で20代というのはその「惰性」であった。

上京すれば生活する事を一番に持ってこなくてはならない。
いつしか描けなくなってくる。

その「完成までの道程」に飽きてきて
手っ取り早い、直ぐに反応が出る「ステージ」というものを選んだ。

漫画描いてた時も漫画ばかりではなく
小説も書いたことあるし絵本もやろうとした(絵本は完成しなかったが…)。
詩も書いていたし脚本の勉強もした事がある。
プロレス誌の読者ページでランキング優勝した事もある。
投稿チームを結成して当時の読者ページを賑わした事もある。
深夜ラジオのネタコーナーに投稿して読まれたことも数度(ま、この辺は素人の域から出ませんが)。


「表現できればなんでも良い」という基本理念みたいのは生れつきのようだ。

ただ「人前に出る」のを躊躇したために歌を歌うというのは凄く遅くなった。

歌い始めてからも歌自体、楽器自体の修練よりも
「いかに名前を広めるか」という事に専念した。

そのお陰でライブハウスの方達にはかなり迷惑をかけましたが。
ステージに立つという「気構え」は学びました。

最初は「チラシ」には力を入れた。
毎回、投稿してた頃のネタの漫画を書き直してチラシにしていた。

ネットに関してもパソコンを買う前は携帯用のHPを使って色々と工夫して「告知」する事よりも
知り合いを作り、人間関係を作ってから引き込んでいくやり方をした。
何人かは引っ張りこんだが効果的ではない。

最初のお店の情報誌には漫画も描かせて頂いた。

デビュー3年目からは当時勤めていた豆腐屋を退職し
時間的な自由が効くようになったので
複数の店に出るようにした。

流行り出していた「オープンマイク」(チャージのみで歌うことの出来る…参加型のようなイベント)にも複数出たし
アマチュアの人達で手作り的な「無料ライブ」のイベントにも参加した。

とある店では「投票性」(参加者全員でその日の優秀者を選ぶ)のイベントでのチャンピオンが集まるグランドチャンピオンにも輝いた。

グランドチャンピオンのベルトを巻いたのが2004年の末。
2005年に入り
メディアの進出の手がかりをなんとか掴もうとする。
3月に行なった「ワンマンライブ」の為に地方のミニFM、ネットテレビのゲスト、ネットラジオでの音源のオンエア等でアピール。

ここまでは確かに「追い風」が吹いた。
「手応え」もあった。

その後も自らの企画ライブや今までの常識を無視した「新東京歌謡プロレス」というイベントの立ち上げにも参加…

名前もそれなりに広がった。

ライブ数もゲスト的なものを含めたら2005年は約130本。

露出し続けるという点では己の肉体だけでかなりの事はしたつもりではあった。

しかし足りない。

やはり都内のライブ活動だけでは偏るのである。

個人レベルでのメディア進出を超えようという企みもかなりやった。
これから先は「未遂」ではあるが…
●オンエアバトル
NHKの勝ち抜き番組。
番組発足当初に応募するも連絡無し。

●北野ファンクラブ
芸能人をアポなしでクイズに出演させるというもの。
毎回『「あ」の付く有名人』など名前を絞って交渉していて公式サイトでは「出演者募集」もしていた。
「へ」の付く芸能人も募集していたので「変身忍者・佐藤豪」で応募。
「へ」の回はオンエアされたか分からないうちに番組は終了。

●欽ちゃんの仮想大賞
「劇画オバQ」という紙芝居を使った自分の曲をなんとか「仮想大賞」風にアレンジして出来ないものかと四苦八苦するも思いつかず断念。

●笑っていいとも!
月曜日の企画で一発芸的なものを募集していた。
一瞬のネタ見せでレギュラー出演者が気になると10秒の札を出し
その合計数の秒数だけネタを見せられるというもの。
最高の時間でも1分ほどで「時間的」な問題で断念。
売れてない芸人さんの為のコーナーになっていた。

●プロレス団体
「ハラカラ」という曲中にヒンズースクワットを行なう荒業を見せる曲があり
どうにかリングで歌えないものかとあたりを付けた団体にビデオを送るも一切連絡は無し…



結局「地上波」の出演というのは「募集」系のものしかない。
「地上波テレビ」というのは未だに力がある。
思いつく限りの事は目論んだがやはりテレビで歌うというのは個人の力では難しい。

そういう点でもこの「R−1ぐらんぷり」というのは一番狙い易いものではある。

「待てよ」と突っ込む貴兄もおられるでしょう。
『「R−1」というのはネタ見せの勝ち抜きイベントであって歌うわけではないでしょ?歌っていっても「はなわ」のようなコミックソングではないんでしょう?』

次回は「何故にR−1に狙いを定めるのか?」そこら辺を書きたい。
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2006/8/10

ご挨拶から  

このブログになんらかの形で入ってきて読まれている方もいらっしゃるようなのでまずは挨拶から。

ステージネームを「変身忍者・佐藤豪」といいます。
こんな大仰な日記のタイトルで何かとお思いでしょうが

普段はライブハウスを中心に弾き語りのライブ活動をしております。

弾き語りとはいうものの
若干、貴方の想像するスタイルとは異なります。

ギターと歌と言うのは同じですが
スケッチブックに絵を描いて「紙芝居風」のステージを展開しています。
内容は自分の曲に関するものもあり
シリアスであったり笑いであったりします。

時にはこの紙芝居の方を中心に据える事もあります。

なにはともあれ
リンクから
公式サイト「金魚のフンコロガシ」か「プロフィール」を参照していただきたく思います。

音楽ジャンル的には「パンク」が一番近いでしょうか。
「ひとりでフォークというよりパンク」なステージ。

そんな
俺が何故に「R−1ぐらんぷり」に挑戦するのか?

簡単であります。
「現状打破」
コレに尽きます。

弾き語り業界と言うのは非常に厳しいです。
勿論「集客」です。

集客能力のある、名のある演奏者ならワンマンライブも可能ですが
通常では2組〜4組の出演者で一日のライブが構成されます。

最近では「ノルマ無し」なんて店も増えましたが
偉そうに構えているお店は大抵「チケットノルマ」というのが存在します。
大体が5枚〜10枚ですね。
それ以上の集客が無い場合はバックもされず逆にノルマを払うのが現状です。
では何故に大枚はたいてライブするのか?
理由は人それぞれでしょうが偉そうなお店は店自体に名前が通っている場合があります。
そこで歌う事のステータス、みたいのもあります。
店のスタッフも音にかけては「プロ」です。
自分ひとりでは考えようもなかった視点からのアドバイスも時にはある事でしょう。
ノルマを立てられると嫌でも集客しなくてはならず
ノルマ無しの店でロクに宣伝もせずに活動するよりかはノルマがあった方が励みになることがあるかもしれません。

しかしそれも月イチとなるとキツくなってきます。
まずはお友達でも呼んで盛り上がったりしますがお友達も毎月来ることはありません。
友達と言うだけで好きでもないフォークソング聴かされても堪りません。

では他の出演者のお客に向ける…

大体ブッキングライブなんてのはコレといって繋がりの無いような4組の出演者が出てきちゃ歌うだけです。

他の出演者だって友達呼んだりしてます。

友達の出演が終われば客としての役割も終了です。

そそくさと出て行くことが半々くらいでしょうか。

勿論
そういう流れを作らないように頑張っているお店も存在しますし
ノルマ無しの店だって音響も良い所はあります。

しかし
「足を運ばせる」

この人を行動させる事がいかに難しいことか。

「出演者のオマエがつまらなければ来ないでしょ?」

そう
まさにその通り。

どんなに懸命に歌ったってお客さんに響かなければ次は無い訳です。

そして
幅広く世に聴かせる作業をしなくてはならない。

その一環としての挑戦だったり…

なんて大義名分は良いとして
とにもかくにも名前が売れなきゃ聴いてもくれぬ。

ただそれだけだったりします。

次回は
俺なりにやってきた活動を少し書いてみます。






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2006/8/9

まずは  

テスト。
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