1年を計ることができる、大きな砂時計が島根にあるという。
毎年、大晦日の夜に翌年の年男年女が集まって、砂時計を回転させるのだそうだ。
頭の中で砂を落としてみて、不思議な気になる。
砂時計の中には1年が詰まっていて、完結している。
砂時計がある限り、同じ砂が上から下に流れて1年を刻み、ひっくり返って次の1年を刻む。
10年経っても30年経っても、砂時計の中では何も増えたり減ったりしない。
今年の10月3日正午と、去年と来年の同日同時刻に砂時計の写真を撮って並べると、まるで連写したかのようなまったく同じ砂時計が写っている。
それなのに、今年の10月3日正午に落ちた砂は去年の同日同時刻に落ちた砂とは違っていて、例えば去年の4月14日17時21分に落ちた砂だったりする。
当たり前といえば当たり前のことなんだけど、それが無性に不思議に思える。
島根に限らずこの世のどこででも、もしくはどこでもないどこかで、今も、時間の粒が一粒ずつ落ち続けている。
時間の粒は大きさと重さは均一だけど、色や質はそれぞれ違っていて、しかもランダムに落ちているんじゃないだろうか。
何の根拠もなく、ぼんやりとそんなことを想像する。
ガチャポンのケースみたいなとりどりのケースが砂時計の細い隙間を滑り落ちていくところを頭の中に描く。
落ちたケースは衝撃で、ぱかんと開く。
ケースを卵に置き換える。
毎日毎日、ひとつずつ卵が落ちて、割れる。
卵には何かしら予想外のものが詰まっている。
例えば合鴨や釘や品川巻や花火や安全靴やコインロッカー。
明日、何色の卵が割れて何が出てくるか、誰にも予測はできない。
毎日毎日、落ちてくる卵を見ている。
熱心に見つめる日もあれば、別の事をしながら耳だけで卵の落下を察知する日もあり、一瞥で興味を失って翌日の卵を待つ日もある。
また凝視するにも、割れた卵そのものを見ている時と、卵から出てきたものを見ている時がある。
≪一年計の砂時計の在り処≫
仁摩サンドミュージアム
島根県大田市仁摩町天河内975
http://www.sandmuseum.jp/
追記:そういえばこの砂時計、閏年はどうするんだろう。