また小部屋の話になりますが。
入院してからも最初は六人部屋で具合が悪いなりに必死で絵などを描いていました。
例えば水彩絵の具で描いた門、そこに細いマジックで描かれた女の人が佇んでる絵とか。今更気になって画用紙の裏を見てみると鉛筆で
「その花の女は温室に住んでいます。一日に一回霧吹きからの水を浴びて生きています。
外では二つの国が戦争していて、誰もこの花のことを覚えてはいません。
王様だけが、毎日ここを訪れるのです。
王様は霧吹きで水をやりながら、今日殺した敵国の人々を想うのです」
と書いてあり病院という高層の暖かい地獄で、手紙さえ禁じられ保護者の面会だけを楽しみにしていた時期を思い出しました。たぶん描いたときはその温室のシチュエーションを自身に重ねていた。
外では現実があってテストやら仲違いやらなんやら戦いが繰り広げられているのだと感じながら何も出来なかった日々。
父が面会から帰ると私は紙切れにその日の会話を書き出しました。忘れるのがこわい。その一心で。お父さんは実在する。そう確かめるために。
私の記憶というもののイメージは何故か水門です。開かれた水門。私はその「こちら側」にいてボートに浮かんでいて、周りにはいろんなものが浮かんでいる。それが水門をくぐって「あちら側」行って見えなくなると、忘れた、ということになる。そう思っていました。
実はその面会の度たまった紙はたたんで小さな巾着袋に入れて今でもありますが、読み返したことは一度もないのでした。
そうしているうちにだんだんみんな退院していって、そのなかの一人はお餞別に庭から切ってきたという若い花をくれたりしました。私はそれをジンジャーエールの空き缶に挿しておいて特に可愛がりもせず水はやっていましたが、ほとんどどうでもよかったのです。花なんか。
それからまもなく病状が悪くなり小部屋に入れられたのです。身体も動かせないとき不思議にその花が脳裏に映し出されました。もう水は干からびただろう。葉は萎れ、茎も朽ち、花は褪せていくだろう・・・。死んでいく花を克明に想像していました。
そんな毎日。「私はもう駄目なんだ」という現実と「私は平気なんだ」という現実を行き来していて、でもどちらかの現実にいても自分の立ち居地は「こちら側」でした。だって自分のいるところがいつも「こちら側」と呼ばれるのですから。そして今まで(もしかしてこれから)「あちら側」にいたことに戦慄するわけですが。。そういえば空想の王様の国の戦争では二つの国が争っていた。きっとどちらの国も敵国を「あちら側」と呼んでいたのに違いない、と考えたりもしました。
兎に角ある日、点滴を取替えに来た看護婦さんが「六人部屋の花、満開ですよ。Jさんが女性部屋まできて世話をするので困ってるんですけど」と言ったのです。驚きました。話したことはないJさんは、背の高い、喫煙室で変わった香りの煙草を一日中吸っていて、目つきが底なし、という感じの謎の人でした。花などとは無縁に思える男性です。
私は思いました。温室の花。水をやる王様はJさん。温室の外では私が病と戦っている・・・。大きな戦争でした。とりあえず無事だと聞くと、それきりその花のことは思い出しませんでした。
やっと小部屋を出たとき、まずJさんにお礼を言わなくちゃ、と思いました。もうさすがに花はなくなっていましたが。そこでジンジャーエールの空き缶を眺めていたらあれっと気づきました。花。花は、何の花だったのだろう?確か庭の花だった。薔薇のように仰々しくなく、向日葵の季節でもない。何だったのだろう。
そうか、あの花は、水門をくぐって「あちら側」に行ってしまったんだ。
でも残念ではありませんでした。あの花は「あちら側」で咲き誇っている、花粉を蒔いて増えていって花のくにをつくっているに違いない、と思ったからです。もう、何を忘れても恐くない。そう思えるくらいに。
花のくに、といえば。
祖母が私が4歳(!)のときとの会話を記録してくれていました。引用させていただきます。
私 「ねえ、ばあば、このお花(散った花びら)どこから来たの?」
祖母「さあ、どこから来たのかしたね、どこだと思う?」
私 「わかった、きっとお花のくにから来たのよ」
祖母「そうね、お花のくにってどこかしら」
私 「お花のくにはね、えーと、えーと、ア、戸塚(註・私の住んでいるところ)なの」
祖母「そう、戸塚なの?、じゃああなたはお花のくにから来たのね」
私 「そ、でもね、文庫(註・祖母が住んでいる金沢文庫のこと)もターばあちゃん(註・山形にいるもう一方の祖母)とこも戸塚なの」
祖母「あら、文庫もターばあちゃんとこも、戸塚なの?」
私 「そう、だってみーんな同じ言葉を使っているでしょ、だから戸塚」
祖母「なるほど、みーんな仲良しだものね」
私 「でもね、これはヒミツよ、あたしと、ばあばだけのひみつ」
祖母「ひみつってなんでしょう」
私 「本当のね、ほんとの〈花のくに〉はね、お母さんのおなかのなかだけよ、おなかの中だけ」
祖母「まあ、そうなの!」
私 「そ、でもぜったいヒ、ミ、ツ、」
忘れたものは、水門をくぐって流れてお母さんのおなかのなかに行くのでしょうか。。
いつか、私も水門をくぐるときが来るのでしょう。そしてそれは死を意味するのでしょう。
水門の「あちら側」では色んな懐かしいものが待っていてくれる。きっと。
・・・話がそれました。兎に角Jさんにお礼を言ったときのことです。いきさつは覚えてないんですが、夜中、看護婦さんの目を盗んで入った喫煙室でした。Jさんは私がもじもじと説明するのを見てにやっと笑い、
「記憶のイメージかぁ。僕の記憶は僕のなかで自殺するよ。だから火葬にしてやってこうやってその煙を吐き出すわけ」
とおどけて言って澄んだ暗闇に煙草の煙をゆっくりはきだしました。うねる、青白い煙。お香みたいな匂い。そしてJさんはすうっと夜を吸い込みました。
今ここまで書いて例の紙が入っている巾着袋を引っ張り出し、全て読み返しました。初めて。
隣に生きたお父さんがいる今、その紙に書いていることがらは既に死んでいます。そしてJさんの吐き出した煙を思い出し、この紙は火葬にしてやろう、と思い立ったのでした。
これを投稿したら、マッチで火をつけて、流しで燃やします。
お弔いですね・・・。

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