眠れない日々が続いてました。
その日は雨でした。知人―お洒落で化粧がうまく、前日エクステをつけた、とメールで言っていた人―と待ち合わせていました。約束の場所には早く着いてしまい、高いビルから大きな窓ガラスから外を見下ろしていました。人々は傘をさして街に沈殿していました。眺めていたら、傘で守られず、ずぶ濡れ(よく見えないけどたぶん)のサラリーマン風の男性が急ぐ感じでもなく歩いていました。ふと、
「人は信じているものにしか守られえない」
という言葉を思い出し、信じてないって身軽そうだなと思いました。そんなこと言っている私だって何も信じてないんですけど。
・・・信じていない?
そう。かたくなに。
信じてないことを信じてる、かたくなに信じている私はいつか、死ぬでしょう。「百万回生きた猫」の最後の人生のように。「落下する夕方」の華子のように。
でも信じてないことも信じていない人は、死なない。(意識のうえでは)
ああ、ギリシア神話に出てきたエンディミオンという羊飼いの青年がいたな。
恋人の、月の女神セレーネが、不死にするため永遠の眠りをさずけた青年。
彼は「死」にさえも守られていない・・・。
そんなことを考えていたら雨もやんでいました。
知人もやってきて、彼女はいつもより太くアイラインをひいていました。そして言いました。
「目の腫れぼったさを隠そうと思って・・・。この一週間、脱水症状が出るくらい泣いていたの。雨雲みたいにね。」
雨雲。私はひとつくらい雨雲がほしい。毎朝コップで貯めて新鮮な水を飲み、洗面所に連れて行ってそれで顔を洗い、心細い日は頭上に浮かせて外出したい。濡れたっていい。そのとき私は、雨に守られてることになるでしょう。あのサラリーマンとは逆に。
休ませるときは裏庭に井戸を掘ってその上に置いておく。穴の暗闇は、雨を吸い込む。
そして雨雲(つまりその知人)を神話の森に連れて行ってエンディミオンの体を雨(知人の涙)で洗ってあげたい。眠っている彼の夢・・・、それはこの「私」になって生きる夢かな。だから眠れなかったんだ。私が眠るときはエンディミオンが起きるとき。
ずっとこの「私」という夢を彼は見てるんだから。
夢に終わりはないけど、やっと、眠れるような気がする。
知人は話すうちに明るくなって、笑い顔はまるで無邪気な少女でした。
だって彼女、まだ14才なんですから。
下に引用するのは、森博嗣の短編集「まどろみ消去」から、「純白の女」最後の部分です。
星川教授は、ハモニカをユリカに手渡した。
まだ、14才になったばかりの少女に。
ユリカ、知っているかい?
君は、まだ子供なんだよ。
黙っていたけれど・・・。
僕だけが、それを知っている。
私だって14、という数字を目の前に押し付けられても、本当の意味では未だに「知って」はいない。
そう、エンディミオンだけが、知っている。

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