曲を口ずさんでいて、今歌ってる次の歌詞は頭では思い出せないんだけど、歌うと不思議に歌えてしまう。そんなことってないですか?なんだか人生みたいですよね。次に何をしたらいいのか分からないくせに体が心が精神が、勝手に動いていく感じ・・・。
小学生の頃の絵日記をめくっていたら、
「きょうわたしのドールハウスにジョーカーがいました。わらってしまいました」
と書いてありました。
ジョーカー?四年前の私なら分かるかもしれない。でも今はもう思い出せません。
それはトランプの一枚?悪魔の顔をした人形か何か?膨らむ風船とか?びっくり箱みたいなもの?
思い出せません。そういえば昔、初めて出来た友達が
「さみしい。ドールハウスに住んでるみたいなの」と言っていました。
そのころの私はというと自分がドールハウスそのものになったようなさみしさを感じていて、今思えば友達が住んでいたドールハウスって私だったのかもしれないな。
そんなことを連想しました。昨日の夜その子に久しぶりに電話しようかと布団に寝転んで逡巡していたら眠ってしまいました。
私の寝室には病気がきつかった時の私を描いたデッサンが飾られています。父が描きました。かなしいのかうれしいのか分からない表情。そのデッサンの下でいつのまにか眠ってしまいました。
夢をみました。
洒落たレストラン。気だるく黄色い明かりが灯ってる。幾つものテーブル、ピアノ。
ベールをかぶった女がピアノの前まで歩いて行き、一礼しました。そしてソプラノで歌いだしました。佇まいや仕草はどこか不安げ。ベールで顔は見えない。
私は思いました。
(あの女はまだ歌うという行為に慣れていないんだ)
オペラの曲のようです。レストランの観客はだんだん魅せられていく。
(あの女には自分の声が聞こえていないんだ。自分が歌っているのがどんな曲なのか、分かっていないんだ)
観客は次第に熱狂し、花が一本投じられたのを機に花束がピアノの方に幾つも投げられ、ブラボー!ブラボー!と騒ぎ出しました。私は女を見ていると苛々して、立ち上がって女のところまで行き、女のベールを乱暴に取り上げました。そして蒼ざめました。女の顔は、寝室に貼ってある私を描いたデッサンそのものでした。
女は、言いました。
「これじゃあまるで悪夢みたいだわ」
そこで目が覚めました。
視界は黒。一瞬理解できませんでした。気がつくと汗をかいている事がわかって。暗闇にだんだん目が慣れていって時計を見ると夜中の二時でした。そして女の言ったことを思い出しました。
『これじゃあまるで悪夢みたいだわ』
「まるで」とか「みたい」と言っていたということは、あの女―苦しんでる私―は自分が立っているのが悪夢ではなく現実だと思っていたのです。もう絶対的な前提として。
立ち上がり部屋の電気を点けました。見回すといつもの寝室、のはずがどこか違う。家具の一つ一つがよそよそしい。そうか、ここは、ドールハウス。壁に貼ったデッサンを見ました。そして思いました。
これが、私の、ジョーカー。
忘れようと決めた、苦しみ。
父は優れた画家だけど、このデッサンには足りないものがあります。それは、涙。そう、描かれていた時たしか私は泣いていた。
でも、今は泣きません。だって絵日記に書いてあったんです。ジョーカーを見て「わらってしまいました」と。だから夜中なのに、ジョーカー(デッサン)の前でちょっと笑った。ドールハウスみたいな部屋で。
それからまた寝て、今は昼時。なくしたMDを見つけ、明後日だけど教室で絵のモデルしない?と父に訊かれ「うん、いいよ」と答えてる。
私はもう歌そのものになったような気がするのです。その歌では「私」という主人公がなくしたMDを見つけ、明後日だけど教室で絵のモデルしない?と父に訊かれ「うん、いいよ」と答えている。そういう歌。
じゃあ歌い手は誰?なんて思ってはいけない。はっと歌い手が気づき、歌うのをやめてしまったら私は消えてしまうから。
今はただ思うだけです。
これじゃあまるで現実みたいだわ、と。

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