あのとき、気付いてしまったあのとき、すごい衝撃を受けて、私は泣いたのか笑ったのか覚えていません。
大体、私は胸がねじ切れるほど悲しいときや節操がないくらい可笑しいとき、泣こうとしてあるいは笑おうとして息を吸い込み、そして分からなくなることがあるのです。自分が次の瞬間、泣くのか笑うのか。
するともう感情に置いてきぼりにされて力が抜けていく。生きてることが馬鹿馬鹿しくなってしまいます。
そうそう、「あのとき」とは。
最古の記憶です。まだ幼稚園に入っていなかったと思います。ベランダの桟のところに座っていて、目の前には母がいて。そしていきなり気づいたのです。
私は生きている、と。
本当に、生きている!。あんなに驚いたことはありません。
考えてみればそれくらいの頃から自分を名前ではなく「私」と呼び始めたように思えます。そうやって私はフィクションとして生きだした(気づかなければ死なずに済んだのに)。
思い出すことがあります。
小学校低学年のとき、理由は忘れたけれど通っていた小学校とは違う小学校に放課後何回か行ったことがあります。その学校の飼育小屋の動物は豊富で、でも動物たちは網をかりかり引っかいて外に出ようとしていました。
私は慰めてやりました。「いつか自由になれるよ」とかなんとか。勿論通じるとは思ってませんでしたが、心から同情しました。閉じ込められてる動物たちの目は虚ろでした。
そしてある日、夕方。私は離れていたのですけど、飼育小屋で子供たちが集まって騒いでいました。「死んだね」「いつ?」「何歳だったのかなあ」途切れ途切れに言葉が聞き取れます。どうやら死んだ動物を囲んでいるようでした。印象的だったのは、
「目の色、どんなだったけ。埋めちゃう前に開けてみろよ」
という男子の声。私のこの件に関しての記憶はそこまで。
まだ思い出すことがあります。
小学校六年生。長い髪をして黒い服を着て友達なんかいなくてにらむように目ばかり見開いていた頃。
先生のいない給食の時間、脳震盪(?)だったかを起こし、失神してしまったのです。そして夢を見ました。以下、結構よく覚えているその夢。
私はすごく悪いことをした。それが何だかは分からない。でも、兎に角とても悪いこと。
砂の地面。近くには白いペンキが剥げかけた大きな家。ドアの右には屋根のひさしからぶらんこがぶら下がっている。
ぶらんこにはにこにこした人(たぶん男)が座っている。私は銃を向けて―いつの間にか銃を手にしていた―撃とうとする。心のなかで自分自身に
(ためらうな!)
と言い聞かせる。だって「すごく悪いこと」を見られてしまったのだから殺さなければならないのだ。
近づき、彼の額に銃口を押し当てる。
でも、まだにこにこしている。そして私に話しかける。
「ねえ、誰かいるんですか?」
はっとした。この人は盲人なのだ。
「誰かいるんですね。僕の目の前は真っ黒だから、分からないけど。どこかの本で読んだな、井戸に落ちて、しかもそこに獰猛な獣がいた場合、どうすればいいと思います?」
盲人ならば「悪いこと」も目撃されていない。殺すか?殺さないか?人を殺すのは気軽にできることではない。銃を握る私の手は震えだした。
「獣のね、目をじっと見るんですって。にらみを効かせるんですね。
僕だって昔は目が見えていたはずなんですよ。でも黒い目を見つめ続けたら視界が真っ黒になってしまった。
それでですね、たとえば井戸の上から『おーい』とか声が聞こえてつい上をみて視線を逸らすと獣に食べられちゃう。目をそらしてはいけないんです」
動揺しだした私は、自分を保つのに必死で、汗さえ浮かんできた。
(殺るか?)
私には人を殺すことができるのか?キーンと耳鳴りがして、それがぷつんと、多分私の正気と俗にいうものとともに、弾けた。
息を思いっきり吸い込んだ。泣くため、あるいは笑うため。
『おーい』
「おーい」
誰かに呼ばれて目が覚めました。まだ歯の根が合いません。目の前、私を覗き込んでいるのはやさしい顔の人でした。こんなに人ってやさしい表情できるの?というくらい。
と、一瞬気がつかなかったのですが、それは鏡でした。誰かが顔の前に差し出した、鏡でした。つまり私の顔だったのです。
あんなに長い夢だったのに、意識を失っていたのは些かの時間でした。
まだまだ思い出すことがあります。
入院していたころ。病状が悪化し、まあ集中治療室みたいな小部屋に入れられて泣いていたら点滴を入れ替えにきたKさんという普段からタメ口で気のいい看護婦さんが、
「明日くらいにはこの小部屋出れるよ。だって一週間もこの部屋にいるわけないじゃない!そんな人いないよ?今日中は・・・駄目かな。でも明後日にはもう出ていて元の六人部屋にいるはずだから。」
と言ったのです。そして、私がその小部屋を出れたのはそれから三ヵ月半後のことでした。まともだとありえないことです。本当に言ったのなら。
こんなにくっきりした記憶(のはず)なのに、やはりKさんの言動については私の頭が勝手に改ざん、創作していたのでしょう。Kさんはそんなこと、言わなかったのでしょう。
でも、やさしさってそういうことなのではないでしょうか。これから全てに見放されても、それでもK看護婦を獲得した私には(狂気と呼ばれても)「救い」があるって信じられます。
Kさんのことはいつだったか別の小学校の校庭で小屋に閉じ込められた動物たちを慰めた自分と繋がります。自由。私も死んだ動物の目、見せてもらえばよかった。
そして井戸の中の獣の目は、たぶんぎょろぎょろ目を見開いていた私にとって現実の象徴だったのです。「目を逸らすな」。
そう。失神から覚めて見た私自身の顔は、慰めてくれた―と妄想した―ときのK看護婦に、そっくりでした。
そうして未だに、笑おうか泣こうか、迷っているのです。

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