バナナブレッドのプディング

神様と遊びなさい と言われてアルマは育ったそうです
遊び過ぎ?な私は日記をつけることにしました
夢や頭から離れないイメージを集めてます
どうぞ気長にお付き合いください
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投稿者:こうもり
 この物語のおそろしく澄み切ったかなしさの向うに、あなたが透けて視えるようです。
 そしてそれは硝子のように澄み渡った炎なので、不用意に手を伸ばした私は火傷をしました。
 忘れられたかなしい公園のすべり台に、午後が子供たちを連れてきたので、その肌触りはすっかり塗り替えられようとしていました。けれど、その古びた藤色の板壁の家は、やっぱり風景を静かに見下ろして居ました。
 それで、私は出来ればあの藤色の木造の二階屋を買い取って青い国の静かな森に移築したいと考えています。そしてその窓の向うにすべてを封じ込めるのです。水車小屋の水の流れが緩やかに乱す水面のゆらゆらとした趣や、鳥の鳴き声、紅梅と、まるで電車の窓から遠くに眺めた時のように心に触れる小さなベンチ。そしてそれを取り巻くものたちのすべてを、永遠に。
投稿者:ArkadiaのPolyphemos
これはフィクションでは無く本当の話なのですけれど...
私には、私が生まれる以前に亡くなった兄がいます。
 だから私は兄に会ったことはありませんが、結果的にはそのせいで、私は両親に溺愛され、そればかりか生きることの選択に大きな制約を受けることと成りました。本来次男であるはずの私が本当の次男であったならば如何だったろうかと私は考えます。私はそれを望まなかったにも関わらず私は社交性を要求され、見せかけの社交性を身に付けました。しかし私は彷徨を夢見、三月の雨に思いを馳せ、また雪のプラーグを夢見ます。Kew-Gardensの緑を闊歩します。
 これもフィクションなどでは無く死に包まれた私の生の現実は現実でありながら非日常であるために、私は時として夢に現実を求めたくなりもします。そうすることが殆ど不可能に成ってしまった私は「のたれ死ぬ」ことを夢見もします。わたしはマダガスカルのジャングルをさ迷います。
 それからローマ神話ではなくギリシャ神話に取り憑かれた私は夢の中でガラテアに片思いの恋をする一つ目の醜い巨人であって、その失われた恋の中で彷徨いもするのです。... ,,,,,, .... つづく.... 笑

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