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投稿者:ghost
ご案内のエピソードについては、論争の相手には相手の言い分があるかも知れませんのでコメントを差し控えます。貴兄は、直に会って見れば戯れに喧嘩を売りたくなるようなキャラクターではない(少なくともボクは貴兄と喧嘩したいとは思わないですなぁ、絶対勝てそうにないのでwww)ですから、それでも敢えて貴兄に何かを言って来る人には、何かその人なりの(その適否はともかくとして)申し分があるのかも知れません。

> ロクに行動しないで文句ばっかり言ってくる連中がどうしても許せない

> 誰かが攻撃を受けているときにフォローするのが下手

何か確信があって申し上げるワケではありませんが、表裏一体の上記2つについては、貴兄が背負い込む必要はないと思いますよ。

ロクに行動しない(本当にしていないのかどうかはよくよく見極めましょうね)で文句ばっかり、な人というのは、行動できない、という時点で既に裁かれてしまっている残念な人たちですから、そこへ貴兄がさらに追い討ちをかけるまでもないはずです。誰かが攻撃…ネット上ではせいぜい口喧嘩ですよね…については、どちらかに加勢などせずに、全体を笑い飛ばしてやって、そもそもその論争が深刻に思い悩むほどのことではない、と雲散霧消させてしまえばよろしい。

と、上の段を読んで、もし貴兄の心のうちに「でも、誰かがヤツらをギャフンと言わせないと!」とか「誰かが彼らを守ってあげないと!」みたいないささか感情的な反論が思いが浮かんだとすれば、それはおそらく貴兄の中の暗黒面なのでよくよく注意が必要です。まぁ、そんなことはないとは思いますが念のため。
投稿者:沖ノ鳥島
ネット上の話ではないのですが、無理解な人たちとのあんまり良くない思い出があります。

例によってNゲージの大きなジオラマ製作の時のことです。
そのジオラマ自体はかなり大きな物で、エリアごとに担当者を一人ずつ決めて作っていきました。
製作はサークル単位での参加で、1つでは人数が足らなかったので2サークル合同の作業でした。
その中に模型を作ったことがない後輩が2人いて、その2人は担当エリアを持たないアシスタントという扱いでした。

当然、後輩も最初のうちは「自分には無理です作れません。」っていう感じだったので、じゃぁまずは自信を持ってもらおうと沖ノ鳥島秘伝(?)の塗装方法を伝授しました。
これは仕上がりがかなり実感的になる塗装方法で、塗っててとても楽しい工程でした。
それがウケてくれて、後輩が「他に塗る物無いですか?」と自分から言ってくれるようになったのはボクも嬉しくなった記憶があります。
それからトントン拍子でジオラマは完成していきました。

んで、ボクらのエリアだけ妙に早く完成していくもんだから、他のサークルの人から目を付けられてしまいました。

沖ノ鳥島は後輩を二人も独り占めしているんだそうです。
いや、おめーらちっとも後輩に指示出してなかったじゃん!「あとはオレがやるから良いよ」ってほっぽり出してたじゃん(=ω=;

なんか沖ノ鳥島がえらい嫌われてしまいまして、ボクは免疫ついているんで良いんですけど、後輩二人には嫌な思いさせちゃったなぁという思い出があります。



今ははやぶささんに窘められたことですが、こういう経験もあってボクは自分のブログで無理解な人たちへの毒を吐きまくっていました。
ghostさんの仰るとおり、件のジオラマ製作にしろVRMにしろボクにも確固たる理解者がいてくれます。これは本当にありがたいことだと思っています。それ故に、ロクに行動しないで文句ばっかり言ってくる連中がどうしても許せないのです。

ボクは無理解に対して自分で免疫つけて耐えてきた人間です。だから誰かが攻撃を受けているときにフォローするのが下手というか、どう行動して良いのかわからないのです。 

http://train.ap.teacup.com/okitori/
投稿者:ghost
(下からの続き)

ここらへんのバランス感覚はとても難しいですし、ある理論に従って判断すれば必ず正解に辿りつく、といった類のものではありません。敢えていえば、解決策は存在しません。むしろ、そのことに悩み試行錯誤し続けることに倦まないこと、が解決策だ、とすら言えるでしょう。

もし貴兄にとってその道が真に自身の目的にかない価値あるものと思えるのであれば、まずは、その悩み試行錯誤し続けること自体を楽しむこと、です。まずは自分にとって楽しくないと趣味として本末転倒ですし継続できません。それに、自身に無理をかけてまでやることではないです。ある意味トートロジーですが、楽しむことが出来ないのであれば、きっとそれは、貴兄が本来すべきことではないのかも知れません。真に為すべきことであれば、楽しいはずです。

そして、それでも敢えて楽しみながらやるのであれば、敢えて自身の悩み悶えている姿は他人から隠して、一般的な周囲の視線からも貴兄自身が楽しんでいるように見えるよう演出すること、そのように心がけること、が肝要かと思います。これは言い換えれば、貴兄の真に目的とするところは、あなたが今感じている悩みに対する不特定多数の他者からの共感、ではないでしょう?という問いです。

まぁ、ぶっちゃけしんどい話なんですけども、少なくとも貴兄がそうあろうとしていることを、少なくともボクは知っているし、先のオフ会に集った人たちも遅かれ早かれ知ってくれると思います。つまり、貴兄には確固たる理解者がいます。多少の無理解は(もちろん常に克服すべき課題とはなっても)思い煩う必要はありません。たちまちには、それで十分ではないでしょうか。
投稿者:ghost
ご承知のこととは思いますが「貴方は恵まれた境遇にいる」というレトリックは、自分は一方的かつ絶対的に救済されるべき被害者である、という立ち位置にしか自身の正当性の根拠を見出せない人たちによって、大昔から繰り返し使われてきた共感と議論を拒絶する決まり文句ですから、必要以上に真に受けて悩まなくても良い、ということだけは申し上げておきます。

その上で、このエントリにも書いたことと通じるのですが、思うに、貴兄の真に目的とされるところは「貴方は恵まれた境遇にいる」みたいな究極的な切断をしてしまう人を回心させること、ではないはずです。むしろ、そういう人を対極として、そういうレトリックに安易に流されず、また、見下すワケでもなく無視するワケでもなく堂々と議論し、自らの信じる有り様を実践で示せた、ということは、ボクは価値のあることだと思いますし、少なからず一連の流れに目を通したであろう声なき人たちには確実に何かを伝え得たんじゃないでしょうか。

もちろん、上記もまた、絶対的な無理解に衝突した際に自身を慰める使い古されたレトリックだ、と言えばそれまでなのですが、貴兄もボクも決して無敵・不死身ではないので、そういう無理解に徹頭徹尾悩み続けるのは、VRMの値段を下げろと叫び続けるのと同じくらい不毛であり、そういうことで自身を消耗させるのは賢明ではないです。だからと言って、ボクは貴兄を賢明ではない、とは思いません。むしろ、安易に自身を慰めず、最も困難な部分に注目していることに共感と敬意を表します。

自身を無駄に消耗させない、という前提において、そのような無理解に対して何らかの手を打ちたい、いつか、そういう無理解をも打ち破ってみたい、という思いを抱き続けることには価値があります。と言うか、趣味というものは、そこまで行けて初めて普遍的な価値を持つものです。が、その度が過ぎれば、つまり、常にそういう無理解を仮想敵として自身の中に設定し続けてしまうと、日々の表現にその仮想敵に対する言い訳が積み重なってしまって、仰るとおり「伝えんとすることを霞ませる要因」になります。

(つづく)
投稿者:沖ノ鳥島
>自分自身が、怖さとうまく付き合っているところを身を以って示してあげる。みたいな感じでしょうか。

ボクには良い示し方が思いつかず、なかなか伝わらないなと思っていることがあります。

ghostさんが去った後、「VRMの発展のために!」という名の下でVRMの値段下げろとばかり会議室に書き込まれていたことが一時期ありました。
なんか昔の自分を見ているようでアレだったので(=ω=;勢い余って「そういうことばかり書いていてもエネルギーの無駄だよ」みたいなことを書き込んだことがあります。

書き込んだ後、そのスレ主さんはいなくなってしまったのですが、その後第三者のユーザーさんから「貴方(沖ノ鳥島)は古参ユーザーでネームバリューもあるのだから、そうやってビギナーユーザーの意見を潰すな」と言われました。
その後その人とバトルになっちゃいまして、今ではやり方がマズかったなと反省している次第です。

その口論の中で一番印象に残っているのが「貴方は恵まれた境遇にいるのを理解してください」みたいなことを言われたことです。

自分自身が身を挺して怖さとうまく付き合っている姿を見せても、結局それは沖ノ鳥島みたいな恵まれた境遇にいるヤツだけができることであって、オレらには無理だと思われているのがとても寂しく感じました。

・・・・
ボクは「見せ方次第でこんなヤツでも目立てるよ!」ということが言いたくてブログにVRMレイアウトの製作記を書いてきました。見せ方自体は上手くいったようで、いつしかボクのことを「VRMの大御所」と呼んでくれる人まで現れました。
そのことは満更でもなのですが、それが本来ボクが伝えんとすることを霞ませる要因になってしまうのです。

製作記の連載からもう長いこと経ちますが、この解決策が未だに出てこないのです。

http://train.ap.teacup.com/okitori/
投稿者:ghost
(下からの続き)

そういう前提で、ではそういう問題意識を抱いているボクや貴兄に何が出来るのか、と問うと、自分が出来る範囲でよいので、自分以外の人(必ずしも自分よりも若年とは限りません)にそういう機会を提供することではないか、とボクは思いますし、そのように言動して来たつもりでいます。まぁ、完璧では決してないですし、逆にボクが叩いて歩いてることもあったような気もしますが。

なにはともあれ、怖がるなと煽るのではなく、怖がってもいいのだと気付かせてあげる。叩かれることから守ってあげるのではなく、たとえ叩かれてしまっても、それが致命傷にならないようにだけフォローを入れてあげる。そして、自分自身が、怖さとうまく付き合っているところを身を以って示してあげる。みたいな感じでしょうか。

思うに、仕事の分野であれ趣味の領域であれ、貴兄だけがそれをしてあげられる人たちが必ずいる、あるいは現れると思います。そのときに、貴兄がボクがそうありたいと望むように振舞ってくれるととても嬉しいですし、貴兄自身も仕事や趣味により大きな喜びを見出せる、と信じる次第です。
投稿者:ghost
とても真摯で実直な視点だと思います。その上で、貴兄に対しては釈迦に説法であろう、と思いつつお返事します。

他人に理解されないかもしれない、否定されるかも知れない、に対する怖さ、というのは、死ぬのが怖い、と同じレベルにおいて本能的なもので、むしろそう感じない方がおかしいです。ボクだって怖いです。アレ、嘘っぽいですか?

逆に「叩かれるのなんか怖くないよ」とか嘯く人がいるとしたら、もうその人は他人の意見に真摯に耳を傾ける感性をも失っている、という点でかなりヤバい状態です。

つまり“叩かれるのが無性に怖い”は、自然なことであって、恥じる必要もないし、否定しなくても良い、ということです。ときには、その怖さこそが自分が愚かな行為をやってしまうことに対する最後の歯止めであったりするワケで。

一方で、怖いことは何もしない、というのは、とてももったいないことです。むしろ、怖さを感じつつ、それを乗り越えていくことに人は喜びを覚え、それを通じて人は大人になっていくのだ、と言ってもいい。

でも、そういう力を身につけるのは、もう場数を踏んでいくしかなくて、そして、世代を下るに従って、つまり、若い人ほど、そういう機会に恵まれていないんじゃないか、というのは認めざるを得ません。

(つづく)
投稿者:沖ノ鳥島
こんばんは、沖ノ鳥島です。
先日のオフ会では色々なお話ありがとうございました。

ボクがトレイントレインで活動していた頃の思い出話ですが、2名ほどの中高生くらいの子がボクに「〜して良いですか?」「〜するのってアリですか?」って一生懸命聞いてくれたことがありました。
内心「オレに聞くなよw」という思いでしたが、聞いてくれた中高生の気持ちも痛いほどわかりました。数年前までボクも中高生側の人間でしたから。

まだ上手く言葉にできないのですが、目立ちたいという感情はあるのだけれど、誰かに叩かれるのが無性に怖いのです。
ゆえに自分の趣味思考を晒すというのは非常に不安なことでして、その時は人にしろ思考にしろ何かにすがりたいのかなぁと思うのです。

そのため「○○の発展のために!」などといった叩かれにくい(本来の目的とはズレた)目的を掲げて、それに合わせて行動してしまうのかなとボクはそう考えています。


・・・ちなみにボクは「叩くヤツは何をしても叩いてくる」という事に気付いてから色々と吹っ切れました。
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