通勤電車 

月刊『アイ・エム・プレス』の発行などを通じて、過去30年以上にわたり国内外の「お客さまとの“対話”に基づく企業活動」を取材・リポートしてきた西村道子が、日常の中で感じたこと、考えたことを、“オン”と“オフ”をつなぐ「通勤電車」のノリで紹介しています。

 

カレンダー

2018年
← September →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

過去ログ

QRコード

ブログサービス

RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:impress
なおきさん

コメントありがとうございます。
恥ずかしいの語源、知りませんでした。外れるなんですね。なるほど。

免許証の写真は、日本の免許更新時の撮影システムに問題があるような気がしますが、海外の人はそうしたシステムでも笑顔が作れるのでしょうかね。

肖像写真のことでは、昔、おばあちゃん家の和室の壁面に先祖の肖像写真が飾ってあったのを思い出しました。この場合、全員が故人です。<笑>
投稿者:なおき
他社との関係性について、そういえば、言われて思い出しました。

「恥ずかしい」の日本語の語源は「はづ」で、これは口語表現で「外れる」です。つまり、「外れる」ことは、日本人にとって「恥ずかしい」のです。ブログ人口もTwitter人口も増えれば、だんだん恥ずかしくなくなるかも・・・

出展(こちらの本に書かれていました。)
http://mediamarker.net/u/naokis/?asin=4121502027

Twitterにしてもブログにしても、自己ブランディングツールと考えればいいんじゃないですかね?私生活の行為でも、自己ブランディングに役立つと思えばつぶやく、でなければやめておく。

手料理を作っておもてなす行為は、ビジネスの武器になりうります。武器として使うのなら、あえて手料理を暴露する。

私の場合、読んだ本をたまにつぶやいています。同じ本を読んだ人がいれば、なにかコメントを返してくれます。同じ問題意識を持っている人を捜し当てることができます。上の本棚サイトも、そのためにさらしています。訳本の場合、英語でつぶやいておくと、海外の人がコメントくれますよ。俺の本棚見てくれ!と、全部英語の本棚を見せられたこともありますが・・・

顔写真の有無も、肖像画に対する意識の差の表れかもしれません。米国の免許証の写真は、みんな笑顔です。日本人はムスッとしています。米国では、家中、肖像写真が飾ってあります。日本では、どちらかというと、スナップ写真です。

なんだかエンドレスになりそうなので、ここいらでストップしておきます。

http://twitter.com/naokis
投稿者:impress
なおきさん

もうひとつ、米国人は自分の顔写真を使いますよね。日本人はペットの写真とか風景の写真とかイラストとかを使いがちなのに対して・・・。
投稿者:impress
なおきさん

コメントありがとうございます。

私もFacebookにしてもTwitterにしても、外国人は実名使用のケースが多いということには気付いており、なぜだろうと先日来、疑問に思っていました。

自分に対する意識の違いと、英語と日本語の文章の構造の違い。鶏が先か卵が先かはよくわかりませんが、確かにそうしたところに原因があるのでしょうね。

言い方をかえれば、日米では他者との関係性への意識というか、持ち方が違うような気がします。

このブログを立ち上げた4年前には、それはそれで恥ずかしい気持ちを乗り越えて、記事を書き始めたと記憶していますが、ブログの場合は文字数が多いので、個人的な事柄でもビジネスに結び付けて書くことができます。

例えば私の仕事は、お客さまとの関係づくり、すなわちインタラクティブなマーケティングがテーマなので、私自身が1生活者として体験したことを、マーケティングの観点から紐解いたりすることができます。

でもTwitterだと、文字数が少ないので、そうしたことはやりにくく、事実の羅列=私生活の暴露になってしまうというところでしょうか。最もこれは、現在、私がTwitterを「個人的」に使っているからであって、ビジネスとして使うのであれば、今日はどのセミナーに行ったとか、誰に取材したとか、ネタは変わってくると思います。

ただ、なおきさんが言われる「個人とビジネスと垣根が低くなる」というのは、わかります。「なくなる」わけではないけれど、「低くなる」とは思います。そのビジネスを担っているのがどういう人なのか、その人となりを公開することが、ロイヤルティにつながる側面はあると思います。

ただ、芸能人じゃあるまいし、私生活がすべて弊社のお客さまにバレバレというのは、やはり抵抗があるし、お客さまにしても、私が肉じゃがを作ろうが、掃除を1時間で終わらせようが、そんなことには興味もないと思うのです。

まとまりませんが、まあビジネスでTwitterをやる場合には、目的があるわけですから、目的とおよそ関係がないことは書かないといったところでしょうか。
投稿者:なおき
Web2.0マーケティングというのは、恥ずかしさに耐えることかもしれない、と思いました。

というのは、日本人界隈のWeb2.0は、2chにしろMIXIにしろブログにしろ、匿名が基本です。一方ビジネスユースは、実名が基本です。実名でなければ信用は得られません。

一方、アメリカでは、そもそもWeb2.0は、ブログにしろ最大のSNS Facebookにしろ、実名が基本です。

この彼我の差はどこから生じているのか?

それは「自分」に対する意識の差の現れです。

日本語は、主語がなくても成り立ちます。英語は主語が必須です。必然的に「私が・・・です」という語り口調になっています。和文を英訳する際よく困るのが、元の和文の主語が分からないことです。

自分の意見なんだけど、口語表現では自己主張であることを控えつつ主語無しでしゃべる、匿名のWeb2.0世界では堂々と意見を述べることができる、それに対し、ネット実名世界では尻込みをしがちです。

Web2.0の世界では、個人とビジネスの垣根が低くなります。Web2.0をビジネスで使いこなす必須条件は、私生活の暴露という恥ずかしさに耐えうること、いや、それを快感と味わえること、にあるのかもしれません。

http://twitter.com/naokis
投稿者:impress
なおきさん

コメントありがとうございます。
私生活暴露シリーズで恥ずかしいですが、
なおきさん、フォローさせていただきますね。
投稿者:なおき
西村さん、こんにちは。

MIXIマーケコミュからやってきました。

企業(あるいは提供者)と消費者(あるいは利用者)との双方向の関係性というのは、Twitterに始まったことではありません。インターネットの普及を起点とするならば、QAサイト、ブログ、SNSなども、双方向の関係性を構築できます。あえてTwitterの特徴を挙げれば、その「緩さ」「手軽さ」「敷居の低さ」でしょうか。

Twitterは日本では長らくギーク(主にIT技術者・ITオタク)のツールでした。本国である米国では、ビジネスツールとして先行しています。日本でのビジネスツールとしての夜明けは、まだこれからです。マーケコミュでの反応の見方は人それぞれでしょうが、1年以上前からTwitterを使っている私にとっては、思いのほか反応が悪いです。

何をつぶやくか?ですが、何も私生活を暴露する必要はないと思います。

個人的には「情報は、情報発信した者に集まる」ということを信条にしています。集めたい情報に関する事柄を自ら発信するというのが、企業ユーザやマーケッターが始める第一歩です。

http://twitter.com/naokis
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ