私には子供がいないのだが、最近良くニュースでみかける給食費不払いの問題。あの問題だが行政はあんなに悩まなくてはいけないのだろうか?
私は簡単なことだと思うんだが、支払能力があるのに給食費を払わないならその児童の給食を停止すればいいだけのことではないか。「給食費を支払わないなら、給食は利用できませんよ。自分でお弁当持ってきてください」と言えばいい。TVに出てた不払いの母親達は「お金とるならもっとマシなものを出せ」といって笑っていた、だったら給食の利用をやめて自分で子供の昼食を用意すれば良いだけのことである。もしくは逆にハイクオリティなランチを出せるくらい高額の給食費を払おうという運動でもするかだ。
さして成果もあがらない給食費の集金なんてことに市役所等の職員が夜中に時間外勤務してまで個人の家に給食費を取り立てに行く必要はないのだ、職員の残業代は今や大変貴重となっている税金から出ているのだし。自分の子供に「食い逃げ」のようなことをさせる非常識な人間のために税金を使うのはやめていただきたい。給食制度を利用するかしないか、保護者は自分の判断で決めればいい。給食を利用する子とお弁当持参の子が一緒に昼食をとったって別にいいと思う。保護者に支払能力が無い場合には義務教育の間、給食費を免除すれば良い(そこに税金使っても誰も怒らない)。
私が子供の頃、給食費は集金袋に入れて子供が学校に持って行き担任の先生が集めていた。たまに親からもらった給食費をランドセルに入忘れたりしてちょっとハズカシイ思いをすることもある。まあ翌日持って行けばいいだけの話だが、子供にとってはちょっとした出来事であった。
そして私は特に低学年の頃、好き嫌いが多くとても給食が嫌いだった。当時、給食はパン以外は基本的に完食しなければならず、嫌いなメニューのときは涙目になりながら決死の思いで給食に臨んでいた。そんな私をして、今では給食というのはなかなか楽しい思い出となっている。大人になって給食について語り合うとそれぞれの出身校によってあっと驚く独自のメニューなどがあって面白い。
モノのない地域や時代には子供達の貴重な栄養源となり、今の日本では子供が栄養バランスのとれた食事をとることができるということもあるだろうが、きっと働く母親の助けとなっている役割が大きいのではないかと思う。中学生や高校生になれば「今日はお弁当作れないからパンかお弁当買ってね」という日も作れるが、小学生ではそれはできないだろう、毎日欠かさずお弁当を作らなくてはならないとなったら働く母はかなりしんどいんではないだろうか。私だったらかなりしんどい。
そういう風に給食の意味を考えれば、「しらばっくれて払わなくて済むなら、払わない方が得」とは考えられないと思うのだ。同じ自分達の税金使われるなら不正な不払いの子たちの給食なんかさっさと停止して、そのお金で給食が生命線になってる国の子供達にいつもよりいっぱい食べさせてやりたい。もしくは本当に給食費も払えないほど金銭的に困っている家庭の子供達の朝食や夕食も支給してあげたい。
それに実際「払わないなら給食停止」という制度になったらあのTVに出てた親達はきっと給食費払うと思う。別のニュース番組では近所の人や担任が現金で集めてるところは給食費の回収率が高いって言ってたし。「わかったわよ。だったらウチはお弁当にするわよ!」とは言わない気がする。そこまで言ったら「ある意味」スジが通っているけどね。でも今まで払ってない分は「食い逃げ」だけど。
いじめなんかも問題になってるけど、まず大人がちゃんと大人にならないとね。
生まれたときから「弱いものいじめなんか絶対許さん!!」という家庭で育ったら、イジメをするにもちょっと勇気がいるということになると思う。すごいマイナス方面の勇気だけどね。

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