2017/12/10  23:07 | 投稿者: 時鳥

朝から昼近くまで、窓際のひなたでうだうだだらだらと過ごし、
昼過ぎから電車に乗って外出する。
普段なら気にもかけないことがやたらと目に付く。
あ、これは感覚が開き過ぎているのだな、と気づいて、
頭の中にがま口を用意する。
感触と音をイメージして、ぱちん、と閉じると気に触るものが激減した。
自宅のような刺激の少ない場所で過ごしている時の感覚のまま
人ごみに出ると、こういうことが起きる。
逆に、自宅に戻っても閉じたままになっていることもあるのだが、
そちらは問題というほどの問題は起きない。
しばしば、自分でも気づかず放置されるが、閉じた状態が続くと
何となく風通しが悪くなり、気が沈みやすくなる。
開けるのも閉めるのも基本的には自動制御機能があるのだが、
うまく働いていない時は手動で開閉する。
開ける時も、やはり感触と音が伴う何かをイメージして開ける。
缶切りとか電灯のスイッチとかジップロックとか錠前とか。

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2017/12/9  22:27 | 投稿者: 時鳥

天気がよく、あちらでもこちらでも布団だのシーツだのを干せるだけ干している。
知らない道を歩きながら、癖のある干し方についつい感心する。

シーツの干し方をきっかけに尋ね人を見つけるって、そんな話はできないだろうか。
小督局が琴の音で見出されたように。
オー・ヘンリーの「アラカルトの春」が、タイピングの癖と誤字で恋人達を再会させたように。

峰のあらしか松風か 尋ぬる人の琴の音か
2回ひねったシーツの干し様
紛うことなき何がし某の隠れ家なり

(なんか仇討ちっぽくなっちゃった)


12/10追記:
誤記修正しました。
紅葉→松風
アガサ・クリスティ→オー・ヘンリー
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2017/12/4  21:47 | 投稿者: 時鳥

今年も残すところ、1ヶ月を切った。
最近、毎日のように「日本アニメーション映画クラシックス」のサイトに行っている。
日本アニメーション誕生100周年を記念して公開されたサイトで、
戦前の日本のアニメーションがたっぷり視聴できる。もちろん無料。

しかしこのサイト、今年の年末までの試験運用というかたちで
始まっているため、来年以降は見られる保証がない。
そこで今、駆け込みで次々に作品を見ている。
今は、村田安司の作品を片っ端から見ている。
切り紙アニメーションの作家で、1927年の「猿蟹合戦」がデビュー作。
このデビュー作がぶっとんでいて、そこからのめりこんだ。
蟹の子供は最初の場面から奇天烈な動きをするし、
蟹のお父さんは蟹走りで度肝を抜く。
猿蟹合戦がこんなにちゃんと面白いとは思わなかった。

動きを描くのが上手な人で、動物キャラクターが動き回る作品では
常に予想の斜め上を行く動きが用意されていて、とても楽しい。
「動物オリムピック大会」「漫画 おい等のスキー」がお気に入り。
切り紙ということは一枚一枚切り抜いているはずなのだが、
線が生き生きとしていて、切り絵だとはとても信じられなくなる。

日本アニメーション映画クラシックス
http://animation.filmarchives.jp/index.html

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2017/11/30  22:38 | 投稿者: 時鳥

鮫ヶ浦水曜日郵便局、開局準備中
との知らせを目にする。

宮城県東松島市にある旧漁港に水曜日だけ架空の郵便局を開く。
人々は水曜日の物語や出来事を手紙に書いて、その郵便局に送る。
集まった手紙は別の人に配達されて、かくして、水曜日の手紙を出すと
別の人の水曜日の手紙が手元に届く寸法となる。

12月6日開局で、12月5日までクラウドファンディングで資金を募集している。
資金を出すにしても手紙を出すにしても楽しそうな話なので、おすそ分け。

https://motion-gallery.net/projects/wed-post
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2017/11/27  6:51 | 投稿者: 時鳥

住所を眺めていて、ふと気づいた。
406号室は4百6号室ではない。4階の6号室。
だから、4まる6号室と読むし、漢数字で宛名を書くときにも絶対に四百六号室とは書かない。
数字が数であるときと、アルファベットと同じ文字であるときがあって、
誰もがそのことを無意識に知っていて、日常生活のいたるところで
適切な読み方を選択している。
英語で年号を読むとき、2桁ずつ区切って読むけれど、
あれは1800年代の63年って意味なのだろうか。
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2017/11/23  22:11 | 投稿者: 時鳥

ロバート・フォーチュンの『幕末日本探訪記』を読む。
イギリス人のプラント・ハンターが1860年から61年にかけて来日した時の記録だ。
団子坂で菊人形を見たり、向島の庭園をはしごしたり、染井村の植木屋で一日中
お買い物したりと満喫している。
神奈川宿に滞在している時も、周囲の寺院や農家を歩いて回って珍しい植物を集めている。
芝棟の存在にもちゃんと気づいていて、挿絵つきで記録している。
彼によると、農家の茅葺き屋根の多くは棟にイチハツが生えているのだそうだ。
寺院の屋根にはないとも書いている。
さすがはプラント・ハンター、目の付け所が違う。
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2017/11/21  21:18 | 投稿者: 時鳥

シェイクスピアの「リチャード2世」を観る。
1978年にBBCが制作したテレビドラマだ。
BBCはこの頃にシェイクスピアの全戯曲37作品を映像化していて、
私は2011年からぽつぽつと借りては見ている。
未見があと7作品あるが、見たい作品から見ているので、
実を言うと、もうあまり食指が動かない。
残っているのは、ヘンリー6世の第1部〜第3部、ヘンリー5世、ヘンリー8世、
コリオレーナス、タイタス・アンドロニカス。
タイタス・アンドロニカスは粗筋を読んであまりの酷さに敬遠しているのだけど、
残った中ではこれが一番面白そうなのも事実。

「リチャード2世」は、苦労知らずの王様が従弟の財産を没収したのを契機に、
その従弟によって王位を追われる話。
リチャード2世は3世とは違い、救いようのない悪人ではない。
凡人で、少々思慮が足りなくて、王となるには力不足と言うだけだ。
亡き父の兄弟である叔父が何人もいて、何かと言うと父親と自分を引き比べるし、
優秀な従兄弟がやっぱり何人もいて、臣下として微妙な距離にいるあたりを
見ると、結構気の毒な人だと思う。
王位を追われたリチャードは延々と長台詞で我が身の不幸を嘆く。
周囲を呪う。自分が悪いとは全然思っちゃいない。
その見苦しさがこの演目の見所と言っていい。
でも、替わって王位についたヘンリー4世が得意の絶頂かというと、
そんなこともないのだ。
誰もが自分を神のように頼り、視線ひとつで思惑を読み取った周囲が
王のためを思って勝手に動く。
王位について間もなく、聡いヘンリーはそのことに気づいて、早々と苦しみ始める。
子供の頃に王位についたリチャードにはなかった種類の苦悩だ。
臣下や民としては、王は賢くてよく気づく切れ者のほうがいいのだけど、
王本人にとっては、少々愚かで鈍いくらいのほうが幸せなのかもしれない。
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2017/11/18  7:47 | 投稿者: 時鳥

最近拾った言葉。

百学連環
encyclopediaの訳語。西周が作った言葉。

今では「百科事典」と訳すのが普通だけど、
「百学連環」の方がイメージの広がりがある。
西周が「百学連環」というタイトルの講義録を残していると知って、
図書館で取り寄せて読んでみたが、難しくてよくわからない。

同じ本に、大蔵永常という江戸後期の農学者の書いた「公益国産考」の
第一巻が収録されていたので、ついでに読んでみた。
豊後の人で、空いた土地を有効活用するためにはこんなものを植えるといいよ、
副業にも産業にもなるよ、とか、いろんな種類の農具を使ったほうがいいよ、
みたいなことが書かれている。

娘が嫁に行くときに、櫨の木を持たせる村の話が出てきた。
櫨の実からは蝋が取れる。
毎年、実を売って現金収入が得られ、嫁が自分の自由になる金を
手に入れられる仕組みだと言う。
枝が炭になるクヌギの木を娘に持たせる村もあったそうな。
今だったら、株券を持たせるところだ。
毎年、収入をもたらす生きた財産。
決まった時期にしか財産を産まないところが弱点。
着物や宝飾品は生きていないけれど、すぐに現金化できるのが強み。

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2017/11/15  20:41 | 投稿者: 時鳥

近所のスーパーで鏡餅が売られていた。
正月まであと45日ばかりある。
鏡餅の形をしたプラスチックのケースに入った餅だから
いたむことはないが、今買っても正月までに食べてしまうか、
年末までに部屋のどこかに行ってしまうかしそうだ。
よほどお正月が楽しみな人が買っていくのだろうか。

鏡餅のケースの周りに、いろいろな形のケースをつけて、大きな立方体にする。
ケースの中にはあられだの、煎餅だののおやつが入っていて、
食べながら年末の日々を過ごす。
おやつを食べつくすと鏡餅が現れて正月になる。
なんて商品があったら、ちょっと楽しそうだ。
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2017/11/9  22:08 | 投稿者: 時鳥

しばらく前に細いボールペンでかりかりと書いた往復葉書が、
受講票になって戻ってきた。
当日の持ち物として、30センチ定規と色鉛筆5色程度を
持ってくるようにと書いてある。
どの家にも必ずあるものではないと思うんだけど。それ。
2時間の単発講座のためにわざわざ買うのもなあ、と思いそうなものだが、
実を言えば、今のこの部屋になら、ある。

定規は、小学一年生の頃にもらった竹の定規を常備している。
裏にひらがなで名前が書いてあるものだ。

また、色鉛筆はずっと持っていなかったのだけど、
先週末に実家に戻った際、実家の学習机から十数本、
引っ張り出して持ってきたばかりだった。
先日のフロッタージュ体験の影響で、ちょっとやってみたくなったのだ。
まさか海図教室で必要になるとは、予想していなかった。
何かの縁が働いているのだろう。たぶん。

ということで、近々、海図を眺めに行くことになった。
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2017/11/8  21:32 | 投稿者: 時鳥

駅の時計を見上げる。あと2分。足を緩める。
そういえば、駅の時計が狂っているのを見た記憶がない。
「調整中」の紙が貼られているところはいつか見た気がするけど。
これだけあちこちにあるのに、1分たりともずれていないということは、
誰かがこまめに調整をしているのだろう。
駅の時計を合わせる役目の人がいて、毎日、駅の隅々まで歩き回って
いるのかもしれない。
狂っているところを先にチェックしてから、脚立を引っ張り出してきて
まとめて直す。
地味でささやかながら、重要な仕事。
電車が正しい時間に来ても、駅の時計が合っていなかったら
有難味が薄れてしまう。
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2017/11/3  19:14 | 投稿者: 時鳥

上野動物園でアイアイの子供を見る。
今年の5月に生まれた子だそうだ。
まだちびっこく、木を渡る動きが危なっかしい。

アイアイだって、練習しないと上手に木に登れないのだ。
当たり前のようだけど、これまで気づいていなかった。
何となく、サルなら生まれた時から木登りが上手なような気がしていた。
でもそうではなく、生まれつきの身体能力に恵まれていても
やっぱり練習は必要で、能力とは、練習が身になる早さとか、
練習で上手くなれる上限なんかを決めているだけなんだと思う。
能力は確かに必要だけど、練習のほうがもっと必要。
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2017/10/31  21:14 | 投稿者: 時鳥

三鷹市美術ギャラリーで高松明日香さんの絵画展を見る。
何気ない場面を描いた大小の油彩画の間をゆっくりと歩く。
映画のフィルムからひとコマを切り取ったような絵だ。
と言っても、決して重要な場面ではない。
ほんのつなぎの、誰一人覚えていないようなひとコマだ。
何ともどちらともつかない曖昧な時間と空間が浮かんでいる。

10人ほどの一群が会場に入ってきた。
老人と介助の職員らしき人で構成されていて、
絵を見て、戸惑ったような声をあげている。

どうやら、老人ホームの外出先として選んだらしく、
どうやら、古墳関係の展示だと思って来たらしい。

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2017/10/30  22:03 | 投稿者: 時鳥

土砂降りの雨の中、銀座の古いビルを改装したギャラリーに向かう。
この場所でフロッタージュ体験講座が開かれるのだ。

フロッタージュは、誰でも子供の頃に一度くらいはやったことがあると思う。
10円玉の上に紙を載せて鉛筆でこすると、紙に10円玉の像が浮かび上がる。
あの技法のことだ。
今回はそれを、10円玉ではなく、建物を使って行う。
建物の好きな場所に紙を当てて、7本の色鉛筆で好きなようにこするだけ。
写したら面白そうなところを探して、上から下まで見回す。
建物の見え方が変わってくる。
何もないようなところでも、やってみると意外な模様が出てくる。
無心に手を動かすうちに、時間が尽きた。

最後に全員の作品を集めて壁に貼った。
選んだ場所に各々の視点の違いが出ていて、とても面白い。
同じ場所を選んでいても、紙を当てる角度、筆圧、色使い、
フォーカスの当て方が人によって違う。
写真とも絵とも異なる面白さがある。
フレームで切るところまでは同じなんだけど、なんというか、
自分の手で描いているのに、自由にはならないところ、
写すだけで勝手に線を加えたりは出来ないところ、
そして、対象の手触りを感じながら描くところが独特だと思う。
ほかにもあると思うんだけど、まだわからない。
また今度、自分の部屋とかで個人的にやってみよう。

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2017/10/27  22:03 | 投稿者: 時鳥

今日がプレミアム・フライデーだということに、午後も遅くなってからやっと気づく。
縁がないから忘れていた。
そういう意味では、プレミアム・フライデーもラマダーンも大差ない。
自分にとっては普通の日、どこかの誰かにとっては特別な日。
ただ、その誰かというものが、身近なところにひとりもいないものだから、
今ひとつ現実味に欠ける。
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