2018/2/11  21:33 | 投稿者: 時鳥

歯医者に行く。
診察台の椅子が後ろに倒され、視線が上がる。
蛍光灯と天井の掃除が欠かせない場所のリストを考えるとき、
歯科医院というのはリストのかなり上位に位置すると思う。
働く人には見えないけれど、来客には見える。
一般住宅で言うなら、ドアホンやノッカーなんかが相当する。
掃除する人は使わず、使う人は掃除しない。
2

2018/2/8  6:58 | 投稿者: 時鳥

本が広げられないほど混んでいるので、仕方なく側に立っている人のコートを観察する。
千鳥格子のコート。英語では"hound's-tooth check"。犬の歯のチェック柄。
何度見ても犬の歯には見えない。見ようと努力すれば、千鳥が飛んでいるようには見える。
でも耳みたいなものが飛び出ているから、むしろ蝙蝠のシルエットに似ている。
dandelionは、たんぽぽのぎざぎざの葉っぱをライオンの葉に見立てた命名で、実際のライオンの歯並びと比べると首を傾げざるをえないが、言わんとすることは分かる。
ヨーロッパってなんだかんだとライオンのマークを使うけれど、野生のライオンっていつまで生息していたんだろう。
古代ローマ時代のイタリア半島なら、何となくいてもおかしくないイメージ。

とか考えるうちに、目的の駅に着いた。

本がなければ世界を読めばいいじゃないの。

と、どっかの王妃様みたいなことを考える。
本は本で必要で、世界の観察からだけでは読み取れないものがたくさん詰まっていて、
何より好きだから読むけれど。
2

2018/2/2  5:43 | 投稿者: 時鳥

ルー・ハリソンのガムラン・コンチェルトを聴きに行く。
ルー・ハリソンは1917年生まれのアメリカ人の作曲家で、ガムランのための曲やガムランと西洋楽器によるコンチェルトをたくさん作った。
今回は、ピアノとジャワガムランのための協奏曲をメインに、サクソフォン、トランペットとの合奏が1曲ずつと、バイオリン+チェロの二重協奏曲を取り上げた演奏会だった。

初めて知ったのだが、ガムランには標準ピッチが存在しないのだそうだ。
ガムランの楽器セットは、青銅製打楽器を中心に十数種の楽器を集めた一種のオーケストラと呼べるものだが、楽器セットごとに音高が異なっていると言う。
楽器セット内では調和が取れているのだろうが、楽器セット間では調和が取れない可能性がある。
例えばあの楽器セットのグンデルと、この楽器セットのグンデルを並べて、同じ場所を叩いても違う音がしてしまう。
同じ種類の楽器なら必ず同じ高さに調律される西洋音楽の世界からすれば、耳を疑うような話だろう。

それでも、弦楽器のように演奏者がその場で音の高さを決める楽器ならガムランと合わせることは出来る。
だがピアノは、最初から決まったピッチで調律されている。
普通に考えればそんなピアノとガムランが一緒に演奏しても合うわけがない。
ただし、ガムランに合わせてピアノを調律しなおすなら話は別だ。
今回は、共演するガムランセットに合わせて、ピアノを調律変更したそうだ。
こんな音楽が聴ける機会はめったにない。わくわくと開演を待つ。

聴いたことのない音がピアノから飛び出した。
中間色の割り切れない音。普段のピアノとは違う、東洋に歩み寄った音だけど、それでもガムランとは溶け合わない。
油膜のようなものが両者を分離している。
でも、ドレッシングのように混ざり合っている。

ガムランの中央には、クンダンという皮張りの太鼓がいて、これの朴訥な音に導かれて金属の楽器が賑やかに歌う。
旋律とリズムが繰り返される。それは、めぐる時間を思わせる。
冬の後には春が訪れる。毎年が同じで、毎年が新しい。
ガムランの音楽はそんな風に、何度も同じ場所を通っているように聞こえる。
時間が回って、元の場所に戻るように。輪廻の輪のように。
年年歳歳花相似たり。去年とは違う花が咲いて、去年と同じように春が来る。
同じ旋律がまたやってきて、前の旋律の上に螺旋を描きながら積み重なり、空間をこんこんと満たす。

そんなガムランの音の層に、ピアノが切り込む。
ピアノの音は、西洋音楽の音は、前へと進む。
さっきと今は違う時間で、音はどこまでも個人のものだ。
時間と自他についての考え方が、ガムランとは根本的に違う。
二種類の違う時間が同時進行し、お互いを引き立てあい、引き寄せあう。
空想をそそる、お伽話のような音楽がそこには生まれていた。

3

2018/1/30  22:14 | 投稿者: 時鳥

去年1年に見た短編アニメーションは、200本を下らないはず。
ちゃんと記録していないから、正確な本数は不明。

まず5本。
「I Have Dreamed Of You So Much」Emma Vakarelova
「What Is Your Brown Number?」Vinee Ann Bose 2015年
「A love Story」Anushka Kishani Naanayakkara
「イメージを作る」ニーナ・サブナニ 2016年
「大丈夫だよ」鈴木沙織 2017年

次の4本。
「ロープ・ダンス」ライムント・クルメ 1986年
「15秒デミ〜ル」水野早希 2017年
「サティのパラード」山村浩二 2016年
「OBSCURE MEALS」河野成大 2017年

1月のうちに、タイトルだけでも滑り込ませる作戦。
1

2018/1/28  22:06 | 投稿者: 時鳥

この1週間というもの、東京を寒波が襲っている。
毎日、最低気温が氷点下を記録し、毎朝、土のあるところには霜柱ができている。

真冬日が始まって2日目ぐらいには、ネットニュースに日比谷公園の鶴の噴水が掲載された。
鶴の噴水は、雲形池の真ん中に立っている鶴の彫像だ。
翼を広げ、天を仰いだくちばしから水を吐いている。
こう寒くなると鶴の翼に氷柱が下がって、宝塚の男役かエルビス・プレスリーみたいになる。
日比谷公園の冬の風物詩として有名な構図で、以前にも写真で見たことがある図だから、ネットニュースで見かけただけではほとんど興味をそそられなかった。

気が変わったのは昨夜、たまたま日比谷公園のカモメの噴水のそばを通ってからだ。
どうも、氷柱が下がっているように見えるのだが、暗くて定かではない。
そういえば、この公園には他にも噴水や池があるが、そちらはどうなっているのだろう。
一度気になりだしたら、自分の目で確かめてみたくなる。
こんなに寒い冬は珍しいし、今回を逃したらプレスリー化した鶴も、二度と肉眼では見られなくなるかもしれない。

そんなわけで、2018年1月28日の朝8時台に日比谷公園を歩き回って、主に水周りの様子を観察した。

1)カモメの噴水
西側の角にある噴水で、中央に数羽のカモメが連なった像があり、その周囲を水の噴き出し口が囲んでいる。
噴水が低い水の壁を作り、中央をカモメが飛んでいると言う具合だ。
カモメは噴水の水を浴びるので、彫刻の間に氷柱が下がっていた。
噴水池自体には氷は張っていない。

2)鶴の噴水
雲形池の中央に立つ鶴の像。
笑っちゃうくらい凍っている。
雲形池自体も、表面積の半分以上が氷で覆われ、指先で押したくらいではびくともしない。

3)大噴水
日比谷通り沿いのほぼ中央にある大きな噴水。
噴水は特に面白いこともなく稼動している。
噴水池は表面に氷の薄い欠片が浮いている。

4)心字池
東側の角にある池。北側が日本庭園、南側が菖蒲池となった細長い池で、中央のくぼんだところに亀の噴水がある。
噴水の水を浴びる辺りには、盛大に氷柱が下がっている。
菖蒲池側は凍っていないが、日本庭園側は半分くらいが凍っている。
カモが十数羽、池の表面にたむろしている。
池が凍って困っているようにも見える。
お互いに密集した状況が気に喰わなくて、小競り合いが勃発しそうにも見える。

5)ペリカンの噴水
バラ園の入り口にある四角い水槽に、2羽のペリカンの像が向かい合わせに立っていて、口から水を吐いている。
こちらは水面にも噴水にも異常なし。つまんないの。

6)日比谷の濠
日比谷交差点に出て信号を渡り、お堀を覗きこむ。
ひろびろと氷が張っていて、あっけに取られる。
日比谷の交差点から馬場先門まで、約300メートル、幅も50メートルくらいあるが、手前からおよそ半分、少なく見ても3分の1は凍っている。
水面に波がまったくないので、どこまで凍っているかが一目で分かる。
これは、予想外の光景だった。
3

2018/1/27  23:10 | 投稿者: 時鳥

銀座のメゾンエルメスで「グリーンランド/中谷芙二子+宇吉郎」展を見る。
中谷宇吉郎は世界で初めて雪の結晶を人工的に作ることに成功した物理学者で、
芙二子さんは霧の彫刻で知られるアーティストだ。
芙二子さんは宇吉郎の次女にあたる。

ここのギャラリーは二つの部屋とそれを結ぶ短い廊下からなっていて、
上から見ると「官」という字からウカンムリを取ったような形をしている。
エレベーターに近い側の部屋には芙二子さんの霧の彫刻が設置されている。
毎時2回、部屋の奥に置かれたマシンから霧が盛大に吐き出され、
あれよあれよと言ううちにそこいら中が真っ白になる。
生き物のように動く霧、触れるのにつかめない霧が面白い。
力強いのに頼りない。

もう一部屋には、これまでに作られた霧の彫刻の記録映像のほか、
中谷宇吉郎の雪の結晶写真や資料などが展示されていた。
展示品の中に、掛け軸があった。
「雪は天から送られた手紙である」という中谷宇吉郎の有名な言葉が
書かれていて、周囲には雪の結晶の絵がいくつか描かれている。
墨の線だけで描かれた雪の結晶は単純だけど角柱型や鼓型なども
きちんと描かれていて、研究者らしい。
文字は生真面目で、ちりばめられた絵はかわいらしい。
芙二子さんが8歳のときに贈られたものだそうだ。
と言うことは中谷宇吉郎は40歳そこそこ。
きっと、研究熱心なお父さんが娘のために精一杯描いたのだろう。

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2018/1/22  19:22 | 投稿者: 時鳥

大雪警報発令中のため、いつもより早く仕事が終わった。
すでに電車の遅延が発生していて、ホームは人がぎっしりと立ち並んでいる。
最前列に立つ人には雪が積もり、コウテイペンギンのお父さんみたいになっている。
表情もよく似てる。忍の一字。
零下何十度もの気候下でこれを40日もやっているのだから、コウテイペンギンって凄いと思う。
2

2018/1/19  22:15 | 投稿者: 時鳥

建築関係の展示が3つ。

パナソニック汐留ミュージアムは、ここ20年以内の日本の住宅を扱った展示で、
20人くらいの建築家による面白い家が集められていた。
施主と建築家が密に対話してできた家たちで、
この家でなら、施主が望む暮らし方ができるにちがいないと思わせてくれる。

東京国立近代美術館は扱う年代の幅がもっと広くて、戦後70年間の日本の家を
対象としている。
流石にこちらの方が規模が大きく、広く深い。
暮らしやすそうな家もあるけれど、建築家が暴走したと思しき家も間々ある。
この家を背負っちゃったばかりに人生変わりました、っていうパワフルな家もあって、
暮らしやすいばかりが家じゃないし、人に家が合わせるのではなく、
家に人が合わせるって言うのもありなんだな、と妙に納得してしまった。
荒ぶるエネルギーが愉快。

LIXILギャラリーは、記録魔・西山夘三による、写真より細かい住宅スケッチが
狭いギャラリーに目白押しで、わんわんと唸っていて、楽しいことこの上ない。
記録魔は人類の宝。


生活工房ギャラリーでは、日本各地の忘れられた歌に息が吹き込まれていた。
歌手の松田美緒さんは土地の歌を集め、自分の中に取り込んで、紡ぎなおしている。
移民の歌、木挽き歌、長崎のキリシタンの歌。
ほこりをかぶった古い歌も、彼女が磨きなおすとまるで雨の後の雑草みたいに
生き生きと呼吸をしはじめる。
つい先週末も、両国のシアターXで松田美緒さんと土取利行さんによる
コンサートを聴いてきたばかりだ。
「唖蝉坊演歌とブラジル移民の歌」と題して、明治大正の演歌と、
移民が作った替え歌をたっぷり聴かせてくれた。

北野恒富は、戦前の大阪で活躍した日本画家だ。
これまで意識して見たことはなかった画家だけど、東京国立近代美術館にも
収蔵されているから、見たこと自体はあった。
女性像を得意とした画家だけど、京都の松園の高雅とも、東京の清方の粋とも
まったくベクトルが異なっていて、言ってしまえば凄艶。
艶かしくて、人間臭くて、きれいに塗った顔の下にあれこれ隠している。
体温、というか、体臭の感じられる女性達だ。
香りの強い大輪の花みたいで、癖はあるけれど、そこが大層魅力的。
和服美人のポスターなんかも多く描いている。
ちゃんと生身の肉体を持つ美人が、豪華な振袖をまとっていて、
一目でひきつけられる華やかな魅力がある。
毒がないから、凝視していると飽きるけれど、ポスターとしての役割は
十二分に果たしている。
1

2018/1/17  21:29 | 投稿者: 時鳥

2017年に見に行った展示の類は、ギャラリーやちょっとしたスペースでの展示や、
何回も見に行ったものまで都度数えるなら245、
同じ展示を複数回見た場合も1回とし、美術館や博物館だけを数えるなら72だった。

ベスト10
ポーラミュージアムアネックス「青木美歌 あなたに続く森」(1月)
府中市美術館「ガラス絵 幻惑の200年史」(2月)
国立新美術館「ミュシャ」(4月)
東京国立近代美術館フィルムセンター「人形アニメーション作家 持永只仁」(5月)
パナソニック汐留ミュージアム「日本、家の列島 フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」(6月)
生活工房ギャラリー「クレオール・ニッポンの旅」(6月)
東京国立近代美術館「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」(9月)
埼玉県立近代美術館「駒井哲郎|夢の散策者」(9月)
LIXILギャラリー「超絶記録!西山夘三のすまい採集帖」(10月)
千葉市美術館「没後70年 北野恒富」(11月)

次点
渋谷区立松濤美術館「クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム」(6月)
ATELIER MUJI「無印良品と明和電機をくらべた」(8月)

順序は初回訪問日の順。

ポーラミュージアムアネックスは、青木美歌さんの個展で、
森の地中に潜んでいる細菌たちがガラスと化したみたいな作品たちが大勢いた。
透明で硬くて冷たいくせに、生き物らしい生々しさを持っている。

ガラス絵は、長谷川利行の作品が本当に良かった。
凄い速さで無造作に描いたのではないだろうか、雑なようでその瞬間の動きや呼吸を
的確にすくいとっている。
ガラス絵は、時間がたっても絵の具の色彩があせず、いつまでも生々しい。
考え抜いて地道に描くガラス絵もあれば、長谷川利行のようにその場を、
シャッターを切るように切り取るガラス絵もある。

持永只仁展は、人形アニメーションに使った人形達がほっこりした雰囲気で、
あたたかく、見ていてついつい微笑んだ。
晩年の1作以外は白黒アニメーションなのが、つくづく惜しい。
これはカラーで見たかった。
1

2018/1/9  23:00 | 投稿者: 時鳥

1ヶ月ほど前に、「日本アニメーション映画クラシックス」について書いた。
戦前の日本のアニメーションを公開するサイトで、2017年末までの試験運用とされていた。
2018年以降の動向はその時点では不明だったのだが、年が明けてからサイトを訪ねると、今後も運用を継続することになっていた。
まずは万歳。
2017年に公開されていた64作品のうち、49作品は視聴可能、15作品は各種調整中とのことで視聴が出来なくなっている。
でも万歳。

さて、「日本アニメーション映画クラシックス」は、東京国立近代美術館フィルムセンターのサイトにつながっている。
ついでにフィルムセンターで近々何が上映されるかもチェックすることにする。

1月末からは、「発掘された映画たち2018」の特集上映が始まる。
ラインナップを眺めていると、「個人映画特集1:阿部正直コレクション」という見出しが見つかり、びっくりする。
阿部正直。別名、雲の伯爵。備後福山の元藩主の家に生まれた気象学者で、昭和初期に御殿場に「安部雲気流研究所」を創設し、富士山麓の雲形と気流の研究に励んだ。研究には映画フィルムを活用し、またプライベートでも撮影を好んだ。
とまあ、そんな人。
今回は、阿部正直が自ら撮影した17本のフィルムを一挙上映するようだ。
内容は富士山観測記録もあれば、家族ムービー、旅行アルバムもある。年代も1913年から1954年までと幅広い。
私は一昨年にインターメディアテクの特集展示でこの人のことを知ったけれど、世間一般にはほとんど知られていない人だろう。
渋いし、娯楽性は高くなさそう。
でも、「昭和十六年 皆既日食 台湾」や「吊し雲の雲機巧に関する氣流實驗」なんて魅力的なタイトルがちらほらしていて、興味をそそられる。
カラーが4本混じっているが、すべて無声。
あくまでも眼の人だったのだろう。
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2018/1/8  19:51 | 投稿者: 時鳥

2017年に読んだ本を数えると、201冊だった。

ベスト10
『無私の日本人』磯田道史
『イノセント・ガールズ』山崎まどか
『運命の女たち』海野弘
『忘れられた女神たち』川本三郎
『カンパン夫人 フランス革命を生き抜いた首席侍女』イネス・ド・ケルタンギ
『ピーターの法則』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』小林弘人、柳瀬博一
『きものとジャポニスム』深井晃子
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『クモの糸でバイオリン』大崎茂芳

次点
『それをお金で買いますか』マイケル・サンデル
『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』嵯峨景子
『さわり』佐宮圭

自然科学に関する本も読んでいるのだけど、ベストを選んだら
不思議に歴史ものばかりになった。

『イノセント・ガールズ』、『運命の女たち』、『忘れられた女神たち』は、
いずれも女性の列伝。18世紀から20世紀の欧米に生きた女性を取り上げている。
『さわり』は琵琶奏者・鶴田錦史の伝記、『カンパン夫人』も女性の個人伝記。
『無私の日本人』は江戸時代に生きた市井の人々を描いた3つの中篇で、
主人公たちの清廉な人柄と歴史家の著者の筆致があいまって、清い熱意にあふれている。

『ピーターの法則』は、あまりにも身も蓋もない法則なんだけど、
大変に的確で、身に覚えがありすぎて、笑うしかない。
こうもすっぱり言われると、なんかもう、物事がうまく進まない時にも諦めがついてしまう。

『きものとジャポニスム』は、欧米におけるキモノの受容と、
その影響で生じた新しいファッション、室内装飾など諸々を追いかけた本。
図書館の新刊コーナーで見つけて、瞬間的につかんでいた。

『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』は、かつて読んだ本の話がたくさん出てきて
楽しかったのはもちろんだけど、自分が読んでいない時代のことを通史的にたどったり、
当時の裏事情を今更ながら知ったりして、いろいろと腑に落ちることがあった。
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2018/1/7  18:55 | 投稿者: 時鳥

去年観たのは、映画と呼べるのが95本ぐらい。
チャップリンの短編映画をカウントするなら、もう10本あまり増える。
ほかにオペラやバレエや歌舞伎の映像が20本ぐらい。

見た順にベスト5本。

「この世界の片隅で」2016年 片渕須直
「ウェディング・バンケット」1993年 アン・リー
「女だけの都」1935年 ジャック・フェデー
「逢びき」1945年 デヴィッド・リーン
「イリュージョニスト」2010年 シルヴァン・ショメ

次点
「ベトナムの怪しい彼女」2015年 ファン・ザー・ニャット・リン
「グッバイガール」1977年 ハーバート・ロス
「レモネード・ジョー 或いは、ホース・オペラ」1964年 オルドジフ・リプスキー

映画以外では、
ボリショイ・バレエの「明るい小川」
歌舞伎座の「女殺油地獄」「籠釣瓶花街酔醒」
なんかが印象に残っている。

「レモネード・ジョー」は、確信犯の荒唐無稽にくらくらしながら大笑いした。
西部劇をおちょくり倒したチェコ映画。
白馬に乗った凄腕ガンマンが酒の変わりにコラロカ社のレモネードをがぶ飲みし、唐突に歌って踊って殺し合う。
同じ監督&脚本コンビによる「アデラ/ニック・カーター プラハの対決」も見た。
こちらは探偵もののパロディ。
個性的な人食い植物が出てきて、ああこれは、と思ったら、やっぱりヤン・シュヴァンクマイエルが作っていた。

「ベトナムの怪しい彼女」は、ヒットした韓国映画のベトナム版らしい。
元の作品は見ていなくて、これだけを見た。
70歳のおばあちゃんがいきなり二十歳に若返って騒動が起きる、という、
どっかの漫画で見たような展開なんだけど、口が悪くて傍若無人で顔だけ可愛い
おばあちゃんのキャラクターが強烈で、物語を力強く引っ張っている。
面白い人だ。近くにいたら凄く迷惑だし、殺意が芽生えそうではあるけれど。

「この世界の片隅で」と「イリュージョニスト」はどちらも長編アニメーション。
前者は戦時中の広島・呉に嫁いで来た女性が主人公。
丁寧に描かれた毎日の生活のすぐ隣に、空襲や飢餓や原爆がある。
やわらかで、厳しい。
後者は1950年代のアイルランドが舞台で、落ちぶれた手品師が主人公。
ジャック・タチをモデルにした手品師をはじめ、一人一人の人物が、街の空気が
とても濃やかに描かれている。
優しくもほろ苦い、ビターチョコレートのような味わいのある物語。

「逢びき」は主演女優の視線の演技が本当に素晴らしかった。

「ウェディング・バンケット」は、台湾人の祝宴にかけるエネルギーの凄まじさに圧倒された。
まじでこんななんですか、彼らの披露宴って。
1

2018/1/4  19:41 | 投稿者: 時鳥

今年のゴミ収集は今日から始まる。
年末年始でたまったゴミを皆が一斉に出すせいで、ゴミは普段の倍近くある。
鳥除けネットに納まりきらなかったゴミ袋をカラスがつつき、穴を開け、中身をほじくり出している。
このあたりを縄張りにする夫婦カラスが鳴き交わしながらつついた後、スズメたちがちょろちょろと出てきて、おこぼれに預かる。
彼らにとっては、今日がお正月らしい。
3

2018/1/3  21:37 | 投稿者: 時鳥

バイオアートの本を探していたら、岩波洋造さんの本が見つかった。
探していたのは、バイオテクノロジーの技術を使ってアート作品を作る
近年のアーティストたちを紹介した、2016年に出版された本だったのだけど、
見つかったのは1991年に出版された『バイオアート 生命のデザイン』だった。
著者はアーティストではなく、植物を研究する大学教授らしい。
これはこれで面白そうだったので、借りてくる。

岩波洋造さんは花粉の生理学を専門とする大学教授(当時)で、毎日のように顕微鏡を使って研究を行っている。
ある日、学生が片付け忘れたプレパラートを何気なく顕微鏡でのぞいてみたところ、そこに思いがけない不思議なかたちが見つかった。
以来、何十年もかけて、これぞという顕微鏡写真を集めた。
後には、組み合わせてモンタージュ写真を作ったり、色を塗ったりしたアート作品も制作しはじめた。
この本は、そうしたバイオアート作品の画集である。

パウル・クレーやモンドリアンの抽象画のような作品がある。
ワンピースや壁紙にしたら面白そうなパターンがある。
曼荼羅か仏画にありそうな模様がある。
知らない国の文字みたいなのは、ヤブカラシの巻きひげ、
カーテンに採用したいパターンはトウモロコシの実表皮、
千代紙で見たようなのはグミの葉の毛。
顕微鏡写真が、こんな風に面白く見えるものだとは知らなかった。
ご本人の作風なんだろうけど、やっていることは尖っているのに、
作品の印象は実直で古びた趣があり、どこか懐かしい。

ネットで検索すると今もご存命のようで、Facebookのページが見つかった。
https://www.facebook.com/iwanamiyozo/


神さまが隠した絵を顕微鏡の中に探して、広めて数十年。
真面目に真剣に楽しんでいるライフワーク。生涯の仕事。

2

2017/12/31  15:28 | 投稿者: 時鳥

メノッティのオペラ「領事」を見る。
10年以上前からずっと観たいと思っていた作品だ。
東京文化会館の音楽資料室で新着ソフト一覧を何気なく眺めていたところ、
このタイトルが目に飛び込んで、瞬間的に飛びついた。

1950年フィラデルフィアで初演され、その年のピュリッツァー賞を受賞した。
台本は英語で、作曲者自身が書いている。
舞台は現代ヨーロッパのどこかの国。
主人公は反政府活動家ジョン・ソレルの妻、マグダ。31歳。姑と赤ん坊の息子との4人暮らし。
夫が秘密警察に追われる身になったところから話は始まる。
夫は隣国に亡命し、マグダは大使館に保護を求める。
必死に窮状を訴えるが、大使館の秘書はいたって事務的な対応しかしない。
待合室には、待たされて待たされて、絶望的な顔つきをした人間があふれている。
その日からマグダも一因に加わった。

今日も世界のどこかで起きていそうなことだ。
この秘書が、特別に酷い人間と言う訳ではない。もうすこし親切でも罰は当たらないとは思うが、この人はただの事務員なのだ。困った人の役に立ちたいと思ってこの職に就いたのではなく、書類仕事を片付けるために就職したのが、不運にもここだったのだ。
彼女にとっても、訪れる人にとっても不運なことだった。
ただの事務員なのに、毎日毎日、切羽詰った人に詰め寄られて、頼みの綱とばかりにすがり付かれる。重い身の上話を聞かされる。
そんなこと言われたって私には何の権限もない、と言いたいだろう。
いちいち親身になっていたら、身が持たないだろう。
事務的に処理する彼女を、私は一概には責められない。
こうして、待合室には諦めと絶望と、かすかな希望が充満する。

待っている間も、事態は転がる。悪いほうにばかり。
息子が飢えて凍えて死に、姑も死んだ。
ひとり、待合室で待ち続け、たまりにたまった胸の思いをついに秘書に向かってぶちまける。
この作品の魂とも言うべき長大なモノローグは気迫に満ち満ちていて、血を吐く様な叫びが胸に迫る。
流石の秘書も心動かされて、マグダは領事と面会できることになるのだが、領事が直前まで面会していた客と言うのがあの秘密警察の男だったことを知って、気絶してしまう。

マグダの先行きは暗い。待合室で待っていたほかの面々も、大なり小なり似たようなものだろう。
紙切れで人の運命が動く。
切羽詰った人には、このシステムをどうすることも出来なくて、神経をすり減らしながら待って、駆けずり回る。
システムをどうにかできるかもしれない人は、切羽詰っていないし、システムを変えるのは大変だから、手を出したりしない。
そうして何十年もたった今、この瞬間にも世界には無数のマグダがいて、八方ふさがりの中でもがいている。
こんなオペラはさっさと時代遅れになればいいのに、ならなければいけないのに、そうなる気配はちっともない。

「領事」1963年収録
指揮:フランツ・バウアー=トイセル
マグダ・ソレル:メリッタ・ムゼリー
ジョン・ソレル:エバハルト・ヴェヒター
母:レス・フィッシャー
秘書:グロリア・レーン
秘密警察:ウィリー・フレンツ
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