2003年の映画『コーヒー&シガレッツ』を見る。
11の寸劇で構成されているけれど、それぞれはまったく別の話で、出演者もかぶらない。
どの話にもコーヒーと煙草がでてくること、1話1場で話の途中で場所が移動しないこと、その場所がカフェやラウンジなどの家庭以外でコーヒーを注文できる場所であることだけが共通している。
ある時は待ち合わせ、ある時は最初から二人、またある時は一人で座る客に従業員が話し掛ける。
何だか有名な人がでているらしいが、映画をほとんど見ないし、芸能界には疎く、更には人の顔を覚えるのが恐ろしく苦手なので、ロベルト・ベニーニ以外、出演者が誰一人として分からない。
そういえば見たことあるような顔がいたような気がするが、誰かは勿論、本当に見たことあるのかさえ自信が持てない。
これまでの経験によると、違和感のある○○さんと思ったら、それは九分九厘別人なので、自分の「見たことある気がする」は信じないことにしている。
閑話休題。更に閑話。
思ったよりも面白かった。
基本的にはテーブルについて会話するだけなんだけど、その会話がどの組も微妙に、もしくは大幅にかみ合っていない。
傍からはコーヒーカップの辺りにある溝が目視できそうな勢いなので、温泉卓球を観戦するくらいのリアルな緊張感と気楽さをもって見ていられる。
モノクロの画面で交わされる会話の端々に、ちょっとした苛立ちだの、打ち明けられない本心だの、ちくりと刺す皮肉だのが閃く。
コーヒーの飲み方、煙草の扱い方にも、その人の性質が表れる。
人物の動きは少ないが、会話の風向きはくるくると不安定に変わり、時々沈黙も落ちる。
ラリーが続かなかったり、平凡なラリーが延々と続いたりするところも、温泉卓球そっくりだ。
97分の作品だが、1時間を越した辺りから食傷してきた。
どちらかといえば好きな部類でも、これだけ動きが少ないのを11本連続されると少し辛い。
全部を真面目に見るより、斜に構えてコーヒーでも飲みながら見るのに向いた作品なのかもしれない。
喫茶店で後ろや隣の会話を何となく、そこそこの熱意を持って聴くような感じで。
11話のタイトルは以下の通り。
「奇妙な出会い」イタリアなまりの男と落ちついた男の初対面の対話
「双子」黒人の男女の双子と、従業員のお調子者の男の対話
「カリフォルニアのどこかで」 音楽を生業にする二人の男の、さほど親しくない対話
「それは命取り」親しい間柄の老人男性二人による、ざっくばらんな対話
「ルネ」一人の時間を楽しむ女と、構いたくて仕方のないウェイター
「問題なし」近況を知らないまま、異国で数年振りに再会した友人同志の対話
「いとこ同志」有名人と売れない歌手の、女性のいとこ同志がホテルのラウンジでする対話
「ジャック メグにテスラコイルを見せる」発明者の男と、そのガールフレンドの対話
「いとこ同志?」生まれて初めて会う、中年男性のいとこ同志の対話
「幻覚」二人のDJと、店のウェイターによる浮世離れした対話
「シャンパン」二人の老人による、現在とも過去ともつかない対話

0