「歩いても歩いても」を見る。
成人した家族が集まった時のぎこちなさや、遠慮と無遠慮の奇妙なバランスがきめ細かにすくい取られている映画だと思う。
何気ない一言が地雷を踏んで、場が凍りつく。
慣れない人が爆発を恐れてそろそろと身を引く。
と、無意識に投げられた別の一言が、あっさり場を解凍する。
年取った両親と長女と次男、子の連れ合いと子供たちが集まった夏の日が隅々まで丁寧に描かれる。
何の変哲もないやり取り、見慣れたあれこれに囲まれた時間は、愛しくもあり、煩わしくもある。
時を惜しむ気分はあるけど、こんな時間は早く過ぎ去ってくれとも思う。
後になってこの日を思い出したとしても、多分、懐かしいいい想い出としてではない。
きっと、何かしらほろ苦い、心残りに似たものとして思い出すことだろう。
裏と表は死ぬほどある。
あたたかな心遣いが、角度を変えた途端にひやりとしたものを帯びる。
強張りが瞬く間に溶けて、笑いをかみ殺すのに必死になる。
皮肉、とぼけ、あけすけな物言い、含み、複雑な不文律。
大人の家族や親戚が集まれば、裏表はあって当たり前だからそれは一向に構わない。
本当に始末に悪いのは、裏も表も全部本当ってことにある。

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