2009/8/31
「なが〜れる〜きせ〜つに〜♪」
出掛ける時間には
しらしらと降っていて
あ こりゃぁ気付いたらびしょ濡れ系だな
とはわかっているものの
なんだか傘などさしたくない気分だったので
しょめしょめと降られながら
駅までの10分
駅からの10分
全身で包まれて受け容れて
気持ちのいい 無の時間
最近はこの 無の時間が
ただ何となく増えていて
ココロはぱっくり開いていて
けどばっちり閉じていて
ぽっかり って
こういうのをいうのかな
なんて感じで
特にこれという感情もなく
無だけど無じゃないような
けどほぼ無なような
ぼんやりと
紀伊国屋で買った文庫を
ゆっくり
埋めるように読んでいたけど
遂に読み終えてしまって
それについての感想を
思い巡らせては空しく
上っ面の無の時間は過ぎていく
こんなゆとりのありあまる日々も
ときにはあるものなのだろうと
うすぼんやりと
淡い血を通わせてみたりする
で
だからそれが
なんなんだ
自意識過剰がゆえの
自分への無関心さが浮き彫りになる
それでも日々を笑って
楽しく過ごせている
やるべきことと思うものは
山のように感じるし
休日の予定も
何もない日が少ない
自分が汗して闘った証だが
先立つものも定期的に訪れる
結構なことじゃないか
わがままか
姫か
姫なのか
点滅し続ける蛍光灯のように
点いたり消えたりの
まばたきを繰り返し
言いたいと思っても躊躇していた言葉を
ぽろっと言ってみたときの
それが受け容れられたときの
じんわりとひろがって
たしがだが
ほのかなよろこび
手放しでは喜べなくなっている
根強い恐怖心
やっぱり言いたい本人にしか言いたくないな
っていう再確認
ココロの中で呼ぶ名は
いつも同じ
そこを通して自分をみていたんだ
まだ反芻は続いている
いまさら時間をかけたって
もうどうしようもないものに
いまさら向き合ったって
もうどうしようもないものに
ポン!と飛ばしてパリン!とやってしまう術は
きっといくらでもあるはずなんだろうに
どっちむいても勇気勇気勇気
あぁ 面倒
けどどこかでまだ待っている
けどどこかでまだ探している
そっか
きっといまが
自分を磨く って言う
絶好のタイミングなんだろうな
未だに溢れて
染み出してくるものを
ここに記す
これがすべてではない
これが自分のすべてなわけではない
しかしきっとじつはもっと単純で
簡単なものなんだ
生きていくうえで本当に必要な荷物のように
驚くほど少なくていいものなんだ
ふうん
いいよ
好きなだけ飽きるまでやんな
その日がくるときにはくるから
自分に置いてけ堀になってたって
急ぎすぎて見失ったって
それはそれ 仕方ないよ
焦らず自分のペースでやんな
その日を安堵の色で迎えられるよう
健康には気を付けてね
終わりなき旅を続けていくには
健康でなければいけないよ
一人で生き直すためにね

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