2012/12/11

これにて一巻の終わり  
 今日は記念事業の反省会で学校へ〜。いよいよこれで活動もシメですな。
 各部からそれぞれ、活動内容・反省点を話して、資料を本部に提出しました。

 当日はけっこう学校の先生方がテンパっていたようだから、やっぱり表舞台で忙しいのは先生方だねえ。でもそれも、一人の先生ががめつく仕事を抱え込まないで、学年ごとなり担任ない先生なりにきちんと振り分ければいいのに〜…と思っていたら、やっぱそんな意見が担当の先生から出されました。

 部長親分はふだんどんなに吼えても、公の場所では理性ばりばりのオトナな発言になるので、ぶっちゃけ今回もスケジュールだけ言ってお疲れ様でした。で終わるのかなあと思っていました(心のタケは文書で書いたろうし)。
 だけどやっぱり、この運営のやり方だと実際に生活している児童の父母の作業としては不適切だったYO!という問題を淡々と報告してくれて、いやほんとにマジGJ!!!

 気になったのは式典当日、係りの人が控え室でお茶のんでいる間中、かわりに受付案内をさせられまくった相方さんたちに、当の係りの人たちが「大人の判断で働いてくれてありがとう」とかフツーに言ってるのだ。よそごとながらついカッツィーン!としてしまったよ!
 なにその「よきにはからえ」的な上から目線!

 それで思い出した、会社勤めしていた頃、友達が悪女についての定義を話してたんだ。

 真の悪女ってのは男にたかって女を軽蔑するようなへぼいワルじゃないんだって。
 利用された人間が「あの人も精一杯やったけど至らなかったから仕方ないね」と思わせながら、要領よく無償で人を利用する人のことだそうな。
 それって、ただの要領いい人であって男でもありうるんじゃ?ときいたら、男はいい結果を求めるときにその手を使うから、後で相手から「利用された」ってバレるけど、女は結果に関わらずその場をしのぐのにその手を使うから、利用した後も心象を崩さない、だから悪女ってんだYO!とのことでした。
 え〜、深いなー、でもそれ、人の好意の協力を求めるのとどう違うの?
 それは単純に、きちんと感謝するか、ただあったこととして流されるか、の違いだね。
 デメリットの少ない被害ってことだね。
 そう思って甘く見てると、大事で足をすくわれるから気をつけなさいよ。悪女のミソは被害者の被害にあるんじゃなくて、加害者が罪悪感なしに行動することだよ。結果に深刻な被害が出ても、悪女は他人事で「かわいそうだね」と言ってのけるよ。

 会社って怖いなあ、と思ったタメになる話でした。
 よもや会社を離脱して十年以上たってから思い出すとは思わなんだけど、悪女というからなんかしめっぽいイメージになるものの、これは本来ちゃっかり者っていうんじゃないのかな。と思った次第。

 ちゃっかりしてるんじゃねえええ!!!
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