2013/3/11

2年目  
 震災から2年、去年はとにかく手探りの1年間を振り返ってでいっぱいいっぱいだったけど、今年はいいも悪いもいろいろ変化が出てきているんだな、と感じました。
 地域や職種や個人の運で、いろんな差が出てきてしまう時期だもんね。
 今から5年くらいの間が一番辛い時期かもしれないけれど、見守りたい力になりたいって願う人はわりとたくさんいると思うのよ。「いまさら」とは決して思わないで、どんどん声を上げていってほしいです。

 ニュースで何度か出た言葉で
「津波被害の当時者だったのに、今は記憶が薄れてきてるのに愕然とする」
ってのがありました。
 記憶ってCD-ROMみたいな記憶媒体がアタマの中に蓄積するんじゃなくて、経験したことをアタマの中のいろんな箇所に電気通して「記憶」させるんだって。ちょうどコンピューターが0と1だけで全部の情報を表現するような感じで。

 何度も思い出す出来事は、思い出すたびに電気が通るから思い出しやすい。
 夫の浮気の言い訳とか幼い日のいじめっ子のドヤ顔とか、思い出してはギリギリ〜とかやっていると、ほんとに忘れられなくなってしまうんだそうな。

 でも津波の思い出は、気安く思い出す出来事ではない、思い出しかけるとあわてて打ち消そうとしてしまうくらい、大きな苦痛だったろうから、時間がたって脳の細胞が入れ替わってきたら記憶が薄れるのも当然だと思う。
 当事者が「思い出したくない」と「忘れたくない」を両立するのはそれだけで大変かと思うけど、だからこそその記憶を外に向かって喋って語って吐き出して、社会の共有の記憶にしていけたらなと思います。

 以前、阪神淡路大震災の後に出た被災者の経験談をまとめた本を読んだとき、語る人はそれぞれ別の経験をしたのに、なにか共通の空気というか「都市の中で孤絶したやるせなさ」にすごい距離を感じたのだ。
 何かできたら、と思う人間にとって「自分のわからなさ加減を知る」っていうだけでも、当事者の声は力があると思う。


 ところで税金を払い込んで通販を発送しました。忘れないようメモメモ。
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