2015/12/27

正義の分際  
 先日見たニュースの中で、イチローが珍しく名前を冠した少年野球のプチ大会に参加して、コメントを寄せていました。
 いやあちょいちょい白髪もまじって、いい感じなおじさんになっているな!

 うちの実家ではおかんが大のイチローアンチで、活躍中もいろんな賞を辞退していたときも、ずいぶんいろいろぶっこかれているのを見てきたけれど、ちょうど逆の意味で私はイチローが好きになっていたので、外野の意見というのはまことに人それぞれだなあと思っていました。

 とにかく話を聞くにつけ、イチローさんは野球のプレー自体が好きなんだな、そのために努力は惜しまないけれど、人の期待とか他者の権威とかを自分の「好き」に纏いつかせられたら、ぶっちゃけ重くて迷惑だから、自分が野球できるうちは放っておいてほしい、全部終わってまだ評価がもらえるならその時にお願い、みたいな事をちょいちょい言ってたのが気に入ったのだ。
 護るべき「好き」というものは当人にとっての「正義」だと思うのよ。
 自分の正義は自分のもので、他人から「俺もそう思っていた」とか「俺がお前の正義を守ってやる」とか言われても、恐れ入りますがすっこんでいてください。と言い切るのは、自分の正義の分際を知っている人じゃないとできない事だと思うので。

 正義は万能じゃないんだよ、立つ場所によって正義は逆になるんだよ。
 だから軽々しく絆とか言わないで。

 そりゃアンチも生まれるわな、と思うけど、でも個人的に一番カッコいいと思うのがやっぱり「分際」なのよ。
 みんなが分かり合えるはずというのは、言葉としては美しいけど現実的じゃないよNE!
 分かり合えないけど自分と他者の分際を分かり合おうと努力することが、本来の人間関係ってもんじゃないんかな。努力した挙句残念な結果になることだってよくあるんだから、そういうがっかりも含めてハラをくくっていかなきゃいけないんだろうな。

 ところで一番初めにイチローをかっこいいなと思ったのは、はるか昔のことだけどプレーや言動以前に、あまりの美尻に目が釘付けになったのが原因だったなあとふと思い出した。守備位置から戻る時のショットが楽しみでしたなあ、しみじみ。

 
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