2016/1/7

マニアトーク  
 しばらく前に、ネットのおたくコラムについてぼやいた日記を上げたけど、その後ふと思い出した追加ぼやきなど。

 私が子供の頃(ミロクンミンギアがまだ海に沢山いた時代)萩尾望都の書いたコラムで「ファンとマニアの話」ってのを見かけました。ちゃんとしたタイトルは失念、ごめん。

 漫画家に会った時、サインを下さいっていうのがファン、絵を描いているところを見せてくださいっていうのがマニア。
 自分は絵かきだから、ついマニアのほうに肩入れしてしまうし、話をしていてもこちらが一方的に話題を提供するんじゃなくて、ちゃんと展開した話題を返してくれるマニアの方が、喋っていて楽しい。

 ってそんな話。まだ世間に「おたく」という言葉がなかった時代だから、多分先生の話すマニアという人たちは、描き手としてのおたくなんだろうと思います。
 でも商売として必要とされているのはファンのほうだと思うし、今現在メディアが「おたく」と定義づけているのも、このファン層だと思うのね。
 マニアな人たちももちろん商品を買うからファンの中に含まれるけれど、全体の一部だと思うし、カミングアウトをはばかるのもこの層だと思う。人の書いた作品を楽しく読んで萌えるだけじゃなくて、自分でもいささか後ろ暗い妄想をしちゃってる訳だから。

 それにしてもやっぱり気になるのは、ものをつくる人と消費する人の分別さえせずに「社会の事象としてサブカルを研究しています。」という人たちの認識の浅さだYO!

 表現の手法としてのまんがが、生活の中にあってとっつきやすいという環境は、論理的に表現するよりも感覚的な手段のほうが得意、というタイプの人にとってとても幸せな状況だと思う。
 だから描き手の層が日本ではとても広がっているし、そのノウハウが他の国に飛び火していくのもいい事だと思う。
 だけどそもそもその環境を開拓していったのは、一部のとても物好きな行動的なマニアの人たちであって、少なくとも学問畑やマスメディアは、攻撃こそしても協力はしてこなかったよね?(フランスで日本文化として認められるまで)

 なんとなく「理解はしてやりたくないが、規模が大きいから研究対象として魅力的」みたいな頭の悪そうな上から目線を感じて、やなんだよねえ。

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