2017/5/25

立命館大学の論文の話  
 立命館大学の、PixivからR18小説を有害例として引用・晒した論文の話題を読みました。

 論文のテーマは「ドメインや文脈によって単語の意味が変化することに着目し、有害な表現を含む情報をフィルタリングする手法を新しく提案する」という事らしくて、まあ規制をするために表現の幅を知ろうという試みですね。と親切に言ってみた(検閲のための言葉狩りデモンストレーションなんて言わないYO!)
 それでPixivのR18小説から文章を引っ張ってきて、エロシーンを指してここの行為がこんな表現とかあんな表現とか指摘した上で「有害な表現」「暗喩した卑猥な表現」を搾り出すと。

 いやここまででもう、おたく的にはしょっぱいやらいたたまれないやらで悶え苦しみそうだけど、しかし真面目な部分では、この論文の文学(とあえて書いちゃえ)に対するあまりに底の浅い認識とか、使われている文章や表現を、自分ひとりの主観によって「有害」と確定する軽率さのほうが、むっちゃ恐いと思ったYO!

おそらくエロシーンを一切の暗喩や感覚表現なしに書こうとしたら、医学書みたいになると思うのね。そしてすべての行為はだいたい同じ表現で済むはずなのよね。
そうならないのは、結局は多くの書き手が主観客観半分ドリーム織り交ぜて、言葉の体積を増やした結果が、沼だのシチュだの萌えツボだので分類される広い表現世界な訳じゃないですか。甘くみんなボケ。

 フィルタリングの幅を広げれば有害なものを覆い隠せると信じていることに関しては、ツッコミたいけど畑違いなのでやめておきます。きっと水族館のオットセイくんや猿沢池の写真が検索できなくなるって話なんだろう。
 また18歳以下の人が年齢たばかってPixivのR18小説が読めてしまうというのは、書き手の表現の問題とはまた別の話なので、一緒くたにされるのは論外かと。

 でもこれだけは流して欲しくないんだけど、書き手に無断で作品を転用・開示することが、何のはばかりもなくまかり通ってしまうことは異常だと、書き手側は言い続けなけりゃいけないと思うんだ。
 権利ってのはこういう理不尽が起きてから、被害を受けた側が鎧として作り上げていくもんだから。

 今までできていなかったのは残念なことではあるけれど、ここで問題をちゃんと提起してPixivだけじゃなくネット上での創作物の権利と保護の線引きを作っていく時期なんじゃないかな。もうじきおっかない法律も出来てしまいそうだし。
 実際槍玉に挙げられた書き手さんは作品さげて、今後小説の投稿はやめるかもとの見解を出してるから、ある意味「目障りな活動をする人間に対する効果的な攻撃」になりうる事を証明した感じ。

 ものを作る(書く)ことで救われている人間が恐らく他の文化圏よりはるかに多い日本で、そんな状況になることがどんだけ社会のマイナスになるか、研究してますって人の何割が考えて向き合っているのか、そこんとこの方が私は知りたい。

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