2018/8/27

知の場所  
 大学の人文学科の是非についての話をネットで見かけたんだけど

http://before-and-afterimages.jp/news2009/2011/12/post-149.html

ざっくり「過去の偉大な学者のマイナス面をどう評価するか」

その個人そのものを否定的に語れば大きなポテンシャルをなかった事にすることになり、逆にマイナス面をなかったことにするのは社会的に許されない。
 その是非を語り合うことは、部外者にとってはいわゆる地雷案件であって公の場(TVや新聞誌上、ネットなど)でされるべきものじゃない、学校、それも高校程度でも厳しい。
 扱いに繊細さが必要な意見の交換には大学って場が、そこだけが知のシェルターとして許されるんジャマイカ。

 って私は受け取ったんだけど、正しいか場違いなのかはよくわからない。リスクフル・シンキングって言葉も初めて聞きました。

 昨今は大学が4年制の専門学校みたいになって、というかそういう状態でないと存在が許されないような日本になってしまっているけれど、もとのインテリジェンスを育てる場所として再び機能してくれるようになって欲しい。
 国を壊すのに一番効果的なのは、社会を荒れさせて(基本のインフラを酷使する)教育環境を破壊する(世代の成長を止める)なんだな…どんなに世代を重ねて培ってきた社会も10〜20年でここまで荒れてしまうのか。
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