2020/11/11

ベアテ・シロタと漫画の話  
「冬の蕾」(樹村みのり著・岩波現代文庫刊)読了。
 日本の憲法草案に携わったベアテ・シロタのお話。
樹村先生って本作を描いた90年代の初めごろ、真面目な女性の同性愛とか死刑についての作品も描かれていたな、それこそ世間がおもくそ浮かれている時代でさえ。

 淡々と易しく描いてあるから真面目に若い人へのテキスト向きかと。という訳で連想したことなぞをだらだら並べてみます。

 個人的には若い人より朝ドラ作ってる人たちにぜひと思うんじゃ。
戦前の女性を描く時の、あの戦後のフリーダムな建前をうっかりはめ込んで描いてしまう作品がすごく多いから。内心思っている人がいたとしても、外でそれを喋るのは不自然でしょうって考証として。

 それからなぜかジャンプ漫画で連想する事が多かったんだ。やっぱりいろいろな意味で少年ジャンプの作品は描き方のエッジが効いてるんだなあとしみじみ。

 まずはベタに鬼滅の刃、これ読むと炭治郎が持ってる長男の責任感とプレッシャーがちょびっと判るかもね、家長(父)が亡くなれば母にも娘にも一切の権利はなく、長男が家長を継ぐから。

 ちょっと前にSNSで「大正時代は長男は家を継ぐしかなかったから、教育を受けられた次男以降の方が幸せ」みたいな話がでていたんだけど、それはよっぽど裕福な家庭の場合だよな…。
世代交代による富の分配の否定は、個人よりイエを重んじた時代の決まり事で、そこからはじかれた多くの社会不適合者が、結果社会的な不和や市民生活の脅威を作ってしまったって、戦後ハンナ・アーレントが言ってたっちゃ。
 またもしも次男が教育の恩恵を受けられる家庭だったとしても、娘たちにはその機会は与えられない(女だから)せいぜい地域や経済状況によってはよい嫁ぎ先に行ける為というレベルなんだろうからわりと深刻なのではと。

 炭治郎は少年のうちに父を亡くして、家長を継いだから「長男だからがんばれた」んだろう、だけど事件に見舞われたときイエを失ったことより家族を殺されたことを悲しみ、残されたのが女の子(妹)でも何が何でも守るって行動に出たのが、逆に現代的な反応だなと思ったのよ。プライドやプレッシャーより愛情が勝ったあたり。

 もうひとつ連想したのが、ジャンプ作家の北条司氏の漫画。
「キャッツ・アイ」とか「シティ・ハンター」の作者でジャンプの上手い絵作家の草分けかと。
 基本的にエンタメ話を描くのがすごく上手い作家だと思ってたんだけど、なぜか話の最後がいつもひどい。いきなりヒロイン殺したり記憶無くしたりしてエンドなんで、最初は打ち切り対応か!?まさか!?と思ってました。

 でもこれはアレだ、ネットでよく見かける「恋人でいたい・主婦にはなってほしくない」男子の夢だったんだな。
あれは男のクソなエゴだと思っていたけど、思えばそういう嗜好に対応する女の子たちの言葉を私は何度も聞いてたんだよ

「30代になった自分がこの世にいると思えない」。

 多分それは私達よりひと世代前までは普通だった、子供の頃は男女一緒に学んで生活しているけど、結婚したら女の子の人権は大きく制限される、人によっては魂の死に至る。
 ほんとうに命がなくなるっていうんじゃなくて、結婚したら自分の自由は失われるから、それは「この世にいない」ようなものって感覚なんだろう。
たぶん北条氏はそれを漫画って形に残る媒体に乗せてしまったから、一部の読者からぎょっとされてしまったんじゃないだろうか。
私は北条氏の嗜好には心から反対するけれど、でもそういう考え方があるってことをはっきり形に残してくれたことにはすごく価値を感じてます。感謝。

 振り返るとマジで長いな。年寄りは話が長い。ゴメン
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