2019/2/23

ファンタジーとコリオレイナス  
 個人的な好みの話なんだけど、物語の中でものすごく判り易くゲスい敵に主人公が虐げられて、しかし実は世界最強な主人公は見事逆転を果たすっていう、カタルシス系のファンタジーが苦手なんだけど、今日ふとシェイクスピアの「コリオレイナス」を思い出してそうだアレだ!と合点した次第。

「コリオレイナス」はローマの有能な軍人で、戦場では大活躍したんだけど人気が高まったので政治家へ転身することになる、だけど軍人気質が禍して、人々からの信用をなくして破滅してしまう、主人公がかわいそう系の話(だけじゃないとは思うんだけど端折りすぎでごめん…)

 途中、軍人の息子を賛美する母親、銃後で耐え忍ぶ妻、戦争の英雄が受ける理不尽な仕打ちの主張が強すぎて「反戦主義者の攻撃」に都合よすぎる作品ってことでちょいちょい批判も多い作品だったそうな。

 それで私がこの話を始めて知ったのが中学時代に見たBBC製作のドラマシリーズだったのだ。シェイクスピアの中ではわりかしマイナーなんで話もまるきし初見、役者さんがとても魅力的で、なんというかほんとにかわいそかわいいおっさんコリオレイナスでした。
 主人公が魅力的であればあるほど、身の程知らずのモブ(その世界の中の人)が憎くなる、そのテンションで「恩知らずな反戦主義者め」ってプロパガンダに使われやすかったんだなと、後から歴史的評価を聞いて納得。

 それで物語のキャラに感情移入して憎む相手を見つけるっていうのは、鑑賞する側から見ればかなり気持ちいい感覚だと思うのね。
 その気持ちよさを「感動」として再生産していくカタルシス作品は、やっぱ見たり読んだりする時に、ちょびっと自覚的になった方がいいんじゃないかと思うのだ。

 ちょっと前に軍服コスプレが問題になったとき「第二次大戦中のドイツ軍やナチ親衛隊の軍服は(行為の可否はヨコにおいておいて)デザインは文句なしに美しくカッコいい」っていうの、本当だと思ったのね。
 あのデザインはわかっちゃいてもすごくカッコいい。だからこそ純粋に楽しみを提供するために活動してるアイドルなどのカッコよさと同一視しないように、知識をもって自覚的に扱わなければいけないものだと思うのだ。

 ファンタジー作品をつかまえてしょっぱい事を言うのは野暮だと判ってはいるけれど、そして好き嫌いをヨコにおいて言えば、作品自体を叩くつもりはないんだ。でも作品を受け止める側が学ぶ姿勢を持たないで、気持ちのいい被害者意識だけを膨らませているとしたらそれはちょっとやばいんじゃないかと思ってるよ。

 
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