Let Me Talk about Greg Egan #5

2015/4/12 | 投稿者: ghost

注)本連載はグレッグ=イーガン作品のネタバレを含む恐れがあります。本稿を読んでもイーガン作品を楽しむ邪魔にはならないと思いますが、ご自身でボクと同じ(または異なる)解釈に至りたい方は読まない方がいいでしょう。

<<前回のお話

正直なところ、作り出した時点では「本当に全5回を貫徹できるだろうか?」と我ながら疑問だった本シリーズだが、終わってみれば週刊ペースを維持してしまった。やるじゃん、オレ(ぉぃ)。


<Let Me Talk about Greg Egan #5>

そもそもテーマの選定に難があったような気がしないでもないのだが、それはともかくとして、英語で喋るビデオを作るのが想像した以上に楽しい、ということがわかったので……英会話の練習としてはあまり有効でないことが、図らずも来日したサミュエル母子のお陰で判明したのであるが……そう遠くないうちにまた何か作り出すかも知れない。

こうしてやってみた結果から思うのは、一本当たりの長さについて、である。今回の動画は、技術的にはボクの中ではFSX動画の延長線上にあるものだが、元来余計なことをよく喋る性格が祟って、誰かに見られることを前提にしたとき、素人の喋りとしてはちと長過ぎたな、ということは反省している。まぁ、今回のテーマに限って言えば、よくぞ各話を8〜9分にまとめられたものだ、と自分で思わないでもないのだが、前述したように、これはテーマが間違っていたに違いないのだ。

まぁ、新しい暇つぶしの方法を発見した、という一点のみでも、ボク的には価値のあるトライアルではあった、と総括しておくことにする。まぁ、釣り針さえ垂れておけば、また面白げな人と知り合えるかも知れないし。


<動画原稿日本語訳>

意識をもつ存在のいる宇宙は、塵の中にそれ自身を認識するか……それとも認識しないか、どちらかなんだわ。その宇宙は、自己完結した全体として、それ自身の意味をそれなりに見出すか……でなければ、まったく見出さない。神は決して存在しえないし、これからも決して存在しない。
『順列都市』 第32章より

グレッグ=イーガンについてお話しします。このビデオシリーズを通して、私は繰り返し、イーガンの物語は数学の範疇に収まっていると言い続けてきました。しかしながら、何事にも例外はあります。本日の最後の話題は、それについてです。

『順列都市』の物語には、マリアとポール以外に二人の主要登場人物がいます。一人はトマス=リーマンであり、もう一人はピーです。今からお話しすることが、イーガンの意図に通じているか、について私には確信がありません。が、私には、この二人の登場人物が数学の範疇から飛び出しているように思えます。

トマスは儀式の手はずを整えた。クローンをダラムの手に渡し、自分が生身だと信じていたクローンに、死を超えた不可知の世界で別の人生を送る、ゼロに近いチャンスを与えた。
そして、もしすべてがまちがいだったとしても、それを取り消す手段は、いまや、ない。

『順列都市』 第22章より

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まず。トマスについて考えてみましょう。TVC宇宙に参加した他の人々は、永遠の生命、言わば楽園をそこに望んでいました。トマスが望んだものは、正反対の煉獄でした。トマス'、すなわち現実世界のコピーである彼は、ポールに彼自身の罪を償うべく未来永劫に焼かれるべくプログラムされたクローンを届けました。かくして、トマス''は、贖罪の無限ループの中に閉じ込められました。

TVC宇宙はセル・オートマトンであり、決定論的に振る舞うはずです。つまり、《エデンの園配置》に含まれていることは必ず起こるし、含まれていないことは決して起こりません。しかしながら第29章において、救済が彼に訪れます。物語はその理由を明らかにはしませんが、我々はそれについて、そこに至るまでの彼の独白から想像することはできます。彼の殺人は原罪の象徴であり、彼の救済は、罪の自覚と自らへの赦しによってもたらされます。数学は決してこのエピソードを説明しません。つまり、これはキリスト教における救済です。

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いいや。おれがかれらになるんだ。千人でも百万人でも、おまえの好きなだけ。おれは《唯我論者国家》になる
『順列都市』 第31章より

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もう一方の人物であるピーについて考えてみましょう。彼と彼のパートナーであるケイトは、TVC宇宙への密航者であり、順列都市の人々と一切のコミュニケーションを持たない純粋な観察者です。彼らが都市の融崩壊の始まりを目撃したとき、彼らはこれから何が起こるかを確認するために、《減速》につぐ《減速》を決断しました。その結果、彼は百兆年が経過したことを知ります。

そんな馬鹿な。マリアとポールが、崩壊に始まりTVC宇宙からの脱出に至るまで、長くとも1日しか経っていません。ピーとケイトがその間にこれほどの長い時間を経験することはないはずです。これは何を意味するのでしょう。彼らはTVC宇宙の崩壊が始まった時点で、既にTVC宇宙の外にいたのではないか、と私は考えます。やや飛躍があることを認めつつ、トマスのケースと比較するとき、それは仏教の悟りを象徴しているのではないでしょうか。

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トマス''は無限ループに閉じ込められ、何者かの恩寵によって救済されました。これはキリスト教の救いのように思われます。これに対して、ピーは自らの意思で無限ループに入り込み、自らの知恵で以って何処かへと飛躍していきました。これは、正確ではありませんが、涅槃であるとか、輪廻からの解脱と言われているもののように思えます。

冒頭の引用において、マリアは「神は決して存在しえないし、これからも決して存在しない」と言っています。この言明は、たとえ彼らの物理宇宙からの脱出という計画が如何に我々の視点からして突飛であろうとも、我々、つまり、科学的な普通な人々を代弁しているものと考えられます。そこには、数学が常にあらゆるものの根底にある、という彼女の信念が見出されます。おそらくこれは、イーガンのそれでもあるでしょう。では、トマスとピーの逸脱は何を意味するのでしょうか。

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クライマックスにおいてマリアは、次の宇宙において、TVC宇宙の崩壊を招いたプロセスの解明へ向けてさらなる一歩を踏み出すことを誓います。彼女の求める答えは数学の範疇外でしょうか。私はそうは思いませんし、おそらくはイーガンもそのはずです。数学の範疇に収まっていることと、我々がそれを把握できることは、必ずしもイコールではありません。

有名なゲーデルの不完全性定理が言うように、それ自身は数学の範囲内にありながら、数学では汲み尽くせないものが必ず存在します。それが、トマスを救った何かであり、ピーが辿り着いた何かであろう、と私は思います。それが何であるか、彼らが何処へ行ってしまったかは、誰も知らないのであって……レトリックとして言えば、神のみぞ知るということになるのでしょう。作者であるイーガンすら知らないはずです。

これが、前回私が『順列都市』は宗教文学でもある、と言った理由です。

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あなたには、自分が何者かを好きなように選択する力がある。過去の人間を束縛していたものは、もうなくなった。過去の重みに押しつぶされたくないなら……つぶさせなければいいのよ! あなたがほんとうに死にたいなら、あたしには止められないわーでも、ほかに選択肢がないとだけはいわないで
『順列都市』 第32章より

良かれ悪かれ、『順列都市』の次作長編となる『万物理論』において再び宗教的思惟をもてあそんだ後は、特に『融合世界』シリーズや『Orthogonal』シリーズにおいて、彼の作品は数学の範疇により厳密になっていったように思われます。個人的には、彼独特の数学を基礎とした世界における宗教的な思惟をもう少し読みたかったので、少し残念に思います。あなたはどう思われるでしょうか?

良い小説に求められるもの、とは何でしょうか。私は、その答えの1つとして、読み直す度に新しい何かを見つけることができる、を挙げたいと思います。『ディアスポラ』と『順列都市』は、少なくとも私にとってはその要件を満たしているように思います。特に順列都市は荒削りな仕上がりで、少なからぬ人がそう言いますし、実は私もそう思いますが、むしろそこがいいのであって、これはまさに私の偏愛するところなのです。

長くお付き合いいただきまして、ありがとうございました。もし、イーガンの小説を読んだことがないのであれば、すぐに入手して読み始めましょう。あなたは我々の時代において重大な機会を逸しています。既に読んだことがある方は、すぐに読み直し始めましょう。きっと、今回も新しい何かが見つかるはずです。それこそが私の最も喜びとするところです。と言ったところでこのへんで。ありがとうございました。



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