ポアティエの道、への道

2015/5/18 | 投稿者: ghost

こんなペースで書いていたらいつまで経っても終わらないんじゃないか、と不安に思いつつある今日この頃。何せ、原則として行った順に書いているのだが、まだ現地4月28日の話の途中なのである……ま、いっか。

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<サン=ソヴー修道院跡@シャロルー>

よくこんなものを解体もせずに街の真ん中に放置しているもんだな、と今更ながら呆れる物件。まぁ、フランスにしては珍しく、柵がされているだけまともではある。向かって右の遠目にも目立つ塔を残して、本来あったはずの礼拝堂部分が崩壊している。塔は街のシンボル的な意味合いで残されたものだろうか。

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<これはこれで味わい深い>

ポアティエからピレネー山脈に向かって南下するルート上となるこの辺りは、かつてはレコンキスタの軍士たちが、後にはサン=ティアゴ=デ=コンポステーラへの巡礼者たちが辿った“ポアティエの道”と総称されるエリアで、ロマネスク建築が密度高く現存している地域になる。今回は、この辺りまでで南下を打ち切って東進したのだが、遠からずポアティエの道をピレネーの麓まで探訪する旅をしたいと思っている。


同じくポアティエの道上となるシヴレーは前述のシャロルーから西へ8Km、今回の旅の範囲の南西端になるのだが、勢いでここまで遠出した甲斐のある凄いものに巡りあえた。

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<サン=ニコラ教会>

ボクらの旅では毎回1〜2件は遭遇するお約束パターンとなっているが、生憎当教会は中央尖塔部および祭室後背が補修工事中だったのだが、不幸中の幸いと言うか、見たい部分はすべて見ることができた。何はさておき、ファサードなのである。

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<ファサードの主役(?)、タンパンとアーキヴォルト>

タンパンは天の座にまします栄光のキリストと四大福音書記者の図案。石材の色味の違いからすると、タンパン部分は補修が入ったものと思われるが、むしろここで注目すべきはそれを取り囲むアーキヴォルトだろう。

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<比較のために、ファサードむかって左側のアーキヴォルト>

アーキヴォルトとは、扉上部を支える装飾を兼ねたアーチ部分のことであるが、一般的には上掲のそれのように、アーチを構成する1つ1つの石材に独立した共通の文様を施すことが多い。上掲のものは、実は1つ1つの石材の文様が異なっていてまことに凝っているのであるが、中央タンパン周辺のそれはさらに精妙である。

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<タンパンとその直上アーキヴォルトのクローズアップ写真>

この凄さがおわかりいただけるだろうか?

ここのアーキヴォルトの図案は、アーチを構成する複数の石材を跨いで配されているのである。技術的に、アーチを組んでからこれらの彫刻を施すことは困難であるし、実際、上掲写真が示すように、石材の継ぎ目部分において微妙に図案に歪みが見られることから、これらの彫刻がすべてアーチ組み前の部品段階で彫られ、それをアーチ状に積み上げたことは明らかである。これは想像する以上に高度で、手間のかかる技術だが、その上に1つ1つの彫刻の精度も極めて高い。

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<合間の柱頭彫刻も素晴らしい>

いずれもかなり磨耗しているが、逆に言えば、これらはすべてオリジナルである、ということで、これほどの美術的価値を有するものが、素手で触れることのできる状態(実際触れてみた、とにかく感動する)で楽しめるというのは、フランスの懐の深さと言うべきか。

手の届かない(当たり前だが)上段のファサードも、これまた偏執狂的に凝りに凝った造りである。

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<ファサード上段>

特に上掲最下段、ファサード上では向かって左上になるのだが、中央部の騎馬像……これは元来キリスト教を公認したローマ皇帝コンスタンティヌスだそうだ……の損壊が激しいため目立たないのであるが、やはり周囲を取り巻くアーキヴォルドの天使像が恐ろしく精巧で、ボクらはしばし教会前でポカンと口を開けたまま、立ち尽くすほかなかったのである。

さらに空恐ろしいことに、当教会は内部もこれまた凄いのであった。

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<これまた偏執狂的なまでのフレスコ画群>

19世紀中葉に大規模な補修がなされたとのことで、厳密にはオリジナルそのものではないらしいが(それでも上掲下2つの聖人画は、ほぼ原典そのもののように思われる)何があなたたちをしてそこまでさせたんですか、と、製作総指揮者を一日問い詰めたいほどの高密度ぶりである。

無論、これらを為さしめたのは“ポアティエの道”の集客(?)力に他ならないのであって、そういう言い方をしてしまえばミもフタもないのであるが、それでも、たとえば日本のいわゆる由緒寺院の門前町などを想起すればわかるように、単に賑わっているだけの場所と、良かれ悪かれ本物の信仰が根付いている場所は見ればすぐに見分けられるのであって、当地が後者であることは明らかだろう。

いずれにせよ、今回は旅程の都合でこの方面の探索をここで折り返したのであるが、繰り返しになるが、ポアティエの道は後日改めてみっちりと巡りたい地域となったのである。



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