2010/7/27 | 投稿者: ghost

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

上掲写真は先の渡仏において、フィジャックのサン=ソヴール教会で出会った殉教者像(だと思う)。足元をクローズアップ(下写真)すると、一見して“竹”とわかる装飾と、漢字らしき文字が刻まれている。最初の一文字が“傳”なのは辛うじてわかるが、以降が読める写真を撮っていないのが残念。まぁ、本稿の本題とは関係ない。

不干斎ハビアン(副題:神も仏も棄てた宗教者,釈徹宗著,2009年新潮選書)読了。表題になっている不干斎ハビアンは1565年生まれの1621年没。かつ紛うことなく日本人である、とくれば、ハビアンが洗礼名であり、彼がいわゆるキリシタンであることがわかる。恥ずかしながら、ボクは本書を手に取るまでこの人のことを知らなかったのだが、その筋では知られた人物らしい。

クリックすると元のサイズで表示しますと言うのも、ハビアンは禅僧としてそのキャリアをスタートし、キリシタンに改宗の後は仏教・儒教・道教・神道を向こうに回してキリスト教への改宗を勧める教理書『妙貞問答』を執筆。さらに晩年はキリスト教をも棄教し、キリシタン側から“地獄のペスト”と恐れられることになるキリスト教批判書『破堤宇子』を書き、同書は明治期に国策によって復刊された……という壮絶な経歴の持ち主なのであった。副題に“神も仏も棄てた”とあるのは、彼のこの特異な宗教遍歴による。

続きを読む




AutoPage最新お知らせ