2012/10/31 | 投稿者: ghost

17世紀に現在のペルピニャンに移ったのだが、南ラングドックの司教座は元はエルンにあった。その司教座聖堂だったのがサン=エウラリア=エ=サン=ユリア大聖堂。

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<サン=エウラリア=エ=サン=ユリア大聖堂>

長ったらしい名前なのは二人の聖人に捧げられているからで、聖エウラリアも聖ユリアも、共にローマ帝国後期に現在のポルトガル(当時はローマ属州ルシタニア)にて殉教したと伝えられる女性である。なぜ、ピレネーとイベリア半島を越えて丁度真逆の土地の女人が献堂の対象となったのかは、ちょっとよくわからない。

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<内陣裏から、ロマネスク建築としてはかなり大きな部類>

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