2013/1/24 | 投稿者: ghost

2013年の正月を、ボクは極めて憂鬱な気分で迎えたのだが、それは年末年始恒例の職場近辺でのホテル待機の暇潰しに、よりによって本書を選んだため、というのが大きい。

クリックすると元のサイズで表示します『文明崩壊』(ジャレド=ダイアモンド著,楡井浩一訳/2012年,草思社)は、先に紹介した同じ著者の『銃・病原菌・鉄』の事実上の続編に当たる。

前著で遠回しに先進諸国民が共有するところの、現在の(後進諸国に対する相対的な)繁栄は当然である、とする態度を批判した著者は、本書において、さらに一歩踏み込んで、歴史上の種々の「文明崩壊」を引き合いに出しつつ、読者にある種の「悔い改め」を迫る。ボクは前著を、著者が切にこうであって欲しいと願う世界に血肉を与えるべく綴られた物語であるという意味で「神話」だ、と評したのだが、同様に評するとすれば、本書はジャレド=ダイアモンド博士の語る先進諸国民に対する「黙示録」であり、かつ「免罪符」である。

前稿末尾において、神話というものに「かの真理に従わねば地獄に堕ちるぞ」との脅迫的言辞が大抵伴っているのには結構有用な意味があるのかも知れない、と書いたのはそのためである。前著には、そういう切迫したメッセージが(少なくとも表面的には)なかった。本書はまったくその逆で、基本的にとことん脳天気な性格をしているこのボクをして憂鬱たらしめる「地獄に堕ちるぞ」的言辞に溢れている。

いや、それはちょっと正しくなくて、これも表面的には、諸々の文明崩壊について知的好奇心をくすぐる軽快な筆致で綴られているので、たとえば反戦反核のピカドン鎮魂詩集的な陰鬱さがあるワケではない。ないのだが、それだけに、一歩引いて冷静に内容を咀嚼すると、冷や汗がスーッと背筋を這うような薄ら寒さがじわじわ来るのである。

いやいや、多分、ボクが憂鬱な気分になった直接の原因はそれではないのだ。この世界に今後碌なことがないだろう、などという認識は当の昔に済ませている。著者は希望の兆しが見えたからこそ、妻とわたしは十七年前に子どもをもうけることに決めた(文庫版下巻p.455)と書いているのだが、ボクはまったく逆の理由で子どもをもうけようとしていないのだがら。いや、別に、博士とボクの認識のどちらが正しいか、などということを問うつもりはない。ボクが憂鬱を覚えたのは、その博士の言う「希望の兆し」の中身、に対してである。

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