2014/9/1 | 投稿者: ghost

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最早現地取材することに何か意味があるのか?という気分にはなってはいるのだが、この話題に関するボクの入れ込み度を示すパフォーマンス、ということもあって石清水八幡宮に行って来た。

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<石清水八幡宮>

同八幡宮寺の開山となる僧、行教の筆になる『石清水八幡宮護国寺略記』によれば、西暦859年に八幡神の「吾近都に移坐するは王城を鎮護せんが為なり」との託宣を受け、勧請がおこなわれたことになっている。

時はまさに藤原良房の孫となる清和天皇が、母系の異なる兄たちを抑えて即位した直後であり、また、行教が良房の政的ライバルであった紀氏の出自であること、石清水=男山にはもともと紀氏の氏寺があったとみられること、以降石清水神宮寺の実権を紀氏が世襲すること、から、上記託宣は後付けの説明であって、実態としては、石清水八幡宮は、藤原氏と紀氏が清和帝の強引な即位に際して交わした裏取引の材料の1つである、と政治史的には見られている。

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