2015/11/29 | 投稿者: ghost

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『立正安国論』を読んだことがない人は、日蓮が蒙古襲来を予言したと聞いて、彼が「オレの言うことを聞かないと外国が攻めてくるぞ」という風に北条時頼に迫った、とイメージしているかも知れない。もちろんそのような要素がないとは言えないし、おそらく時頼自身もそのように受け取っただろうとは思うが、厳密に言うとこれは正しくない。

ここまで安国論を頭から読んできてお気づきの通り、第九問冒頭で客が主人に礼を尽くすことに端的に表れているように、日蓮主観においては第八問答までで国主の説得は完了しているのである。そして、ここまでの内容は、大雑把に要約すれば、現在我が国は種々の災難に襲われているが、これは法然の専修念仏説(広本も含めれば法華経に違背するすべての宗派)に起因するのであり、これらの“謗法”を排除せよ、ということに尽きるのであって、未来の出来事に対する言及は一切なかった。

では、“予言”とされている内容はどのように登場するのか。この辺りから読み進めてみよう。

但し人の心は時に随つて移り、物の性は境に依つて改まる。譬えば猶水中の月の波に動き、陣前の軍の剣に靡くがごとし。汝、当座に信ずと雖も後定めて永く妄ぜん。

第九答は、客が自説を受容したことを喜ぶ主人の(現実ではない、という意味において虚しい)賛辞に始まるのであるが、その直後に上引用が来る。曰く、(客は主人の説に納得したようではあるけれども)人の心というものは移ろい易いものであるし、環境が変れば物の性質すら変化するものだ。それは、水に映る月が波に揺らめき、戦場の優劣が些細なことで一変するようなものである。客はしばらくは主人の説を信じるだろうが、少し時が経てばまた迷いを感じるようになるだろう……ほどの意味になろうか。

これを読むと、日蓮が、確かに楽観的原理主義者でありつつも、存外冷徹な現実主義者の一面も合わせ持っていたことがわかる。彼は、論争の相手が一旦自説に納得したから、というだけでは安心しないのであり、たとえ日蓮主観における“正しい教え”に恭順したように見えても、真に困難であるのはそれを継続することだ、と捉えていたのである。

これは、法然や親鸞が、現世に対しては徹底的に悲観しつつも、阿弥陀仏の本願に決定すれば往生疑いなし、と楽観していたのと、ある意味において対照的ですらある。同様に、同じ原理主義者でもクリスチャンファンダメンタリストな人には、たとえば、(彼らが信じるところの特別な)洗礼を受けたからもう救済間違いなし的な、極めて形式主義的な一面がしばしば見られるのであるが、日蓮はそういう見方をしていない。

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