<<前回のお話
ここまで本連載では、法華経の書き手がさも当たり前のように書き記すところの輪廻転生観、すなわち、人間(あるいはすべての生命)は、その実体が何であるかはともかく、死んでは生まれ、生まれては死ぬを繰り返すのであり、また、我々の五感では把握不可能ではあるものの、連続する生死は何らかの因果関係によって結ばれている、とする考え方、を無批判に受け入れてきた。
改めて言うまでもなく、少なくとも現代の我々は、この輪廻転生観もまた、
“方便”として読むべきである。
ここでいう方便は“嘘”という意味ではない。仏教の本義(便宜上こう言うが、ボクはこの物言いが好きではない、と付言しておく)から言えば、輪廻転生観に対しても無記、すなわち、その命題が真であるか偽であるかは人間にはわからないし、その真偽は人間の生にとって決定的な問題ではない、とするのが原則である。真偽不明の命題であるが、我々が何がしかの考え方を理解し、それを我々自身の行動や思考の原理として採用する上で、その命題が有用であるならば活用しよう、という意味においての“方便”である。
これを前提として、もう少し法華経第十九章“常に軽侮しない”を読み進めてみよう。
さて、得大勢よ、そのとき、その折、かの菩薩摩訶薩を軽蔑し、侮辱した彼ら衆生たちはだれであろうか、という疑惑、疑念、不審をそなたはもつかもしれない。
常不軽菩薩が、他ならぬ釈迦の前世(の一つ)であったとされることを前稿において見た。すべての人に対し「すべての人間はその内在的可能性を尊敬されるべき存在である」と信じるのみならず、たとえ周囲の無理解を受けようともそれを実践を通して示すことが仏陀の成道の因となった、と法華経教団は考えるに至ったワケだが、続いて言われるのは、遂には常不軽菩薩に帰伏したとはいえ、当初は無理解を示すのみならず、暴言・暴力で応じたとされる“増上慢”がどうなったか、という話になる。上引用の表現が、常不軽菩薩は私(釈迦)であった、と表明される際の修辞と対になっているのは一目瞭然である。
これについても、読者諸兄には一旦本稿を読み進めることなく、この後どのようなことが語られるか想像してみて欲しい。……想像しましたか?
では続きをどうぞ。