2016/4/23 | 投稿者: ghost

<<前回のお話

法華経第二十三章“妙音菩薩”は、いきなり釈迦の必殺技から始まる。

さて、ここで世尊の釈迦牟尼如来にして、尊敬されるべき正しい覚りを得たお方は、そのとき、大人の相である眉間の白毫相から光を放たれた。その光によって、東方におけるガンジス河の砂の数にも等しい百千億那由他の仏国土が輝き照らされた。

いきなりの白毫ビームである。これにツッコみだすとキリがないのでサラッと流す。物語は、同じく唐突に照らされた側、すなわち、浄華宿王智如来なる仏陀のおわす浄光荘厳世界へ移る。

ちょっと脱線。

もちろん、法華経を書いたのは紀元1〜2世紀頃にインドで活動していた“仮称”法華経教団の人々であるのだが、体裁上は、法華経の説法に出席した釈迦の直弟子の一人、多聞(たもん/要するに耳学問の能力)第一とされる阿難(あなん)を介して伝えられたもの、とされている。まぁ、これは法華経のみならず多くの仏典に共通することなのであるが、そういう体裁である以上、その物語は、阿難の認識可能範囲内に収まっていないと、本来はおかしい。

が、法華経ではしばしばそこからの逸脱が見られる。

かの光(白毫ビーム)はその妙音菩薩摩訶薩の身体を照らし出した。そのとき、妙音菩薩摩訶薩は座から立ち上がり、ひたすらに右の肩の衣をぬいで右肩を顕わし、右の膝を地に着けて、世尊の方に向かって合掌し、かの世尊の浄華宿王智如来・応供・正等覚者にこのように申し上げた。「世尊よ、私は、世尊の釈迦牟尼如来・応供・正等覚者に親しくまみえ、礼拝し、供養するために、また、かの文殊師利法王子に会うために、かの薬王菩薩に(中略)かの娑婆世界にまいりましょう」。

これまたツッコみどころ満載なのだが(貴兄はいくつツッコめるだろうか、試してみよう!!)ここで問いたいのは、上引用の情景を観察し報告したのは誰なのか、という話である。実に野暮なツッコみではあるが、天台大師や日蓮はこれを疑問視しなかったのだろうか、というところも、これまた疑問である。

続きを読む




AutoPage最新お知らせ