回廊彫刻大博覧会

2012/10/31 | 投稿者: ghost

17世紀に現在のペルピニャンに移ったのだが、南ラングドックの司教座は元はエルンにあった。その司教座聖堂だったのがサン=エウラリア=エ=サン=ユリア大聖堂。

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<サン=エウラリア=エ=サン=ユリア大聖堂>

長ったらしい名前なのは二人の聖人に捧げられているからで、聖エウラリアも聖ユリアも、共にローマ帝国後期に現在のポルトガル(当時はローマ属州ルシタニア)にて殉教したと伝えられる女性である。なぜ、ピレネーとイベリア半島を越えて丁度真逆の土地の女人が献堂の対象となったのかは、ちょっとよくわからない。

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<内陣裏から、ロマネスク建築としてはかなり大きな部類>


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<身廊から内陣を望む>

創建は11世紀で、14〜5世紀に大規模な補修がおこなわれたようなのだが、ゴシック化を免れたようで、ロマネスク風の単純アーチが綺麗に残っている。

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<全体の構造がわかる模型>

上掲模型写真でもわかるように、本堂に隣接して回廊が設けられている。この回廊は創建時からあったものではなく、百年ほど遅れて建て増しが始まったものらしいのだが、ここの回廊彫刻はこれまで見て来たものにも増して興味深いものであった。

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<回廊を俯瞰した様子>

ロマネスク回廊と言えば(現代の我々からすれば)奇怪な柱頭彫刻なのであって、当地のそれもご他聞に漏れず不可思議な異形の者共が居並んでいる。

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<異形の彫刻群>

一見して、サン=ミシェル=ドゥ=キュササン=ジェニ=ドゥ=フォンテーヌと同モチーフであることがわかる柱頭彫刻。特に三枚目左のものはサン=ジェニの“ヨガ”彫刻が実は人魚であることをボクに知らしめたものである。総じて、ここの彫刻は他地のそれに比して極めて精緻であり、何を表象したものかがわかりやすい。

ただ、当地の彫刻が興味深いのは、単に精緻であるからだけではなく、これまでに見てきたロマネスク回廊彫刻には見なかったモチーフが含まれるからである。

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<多分、受胎告知>

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<多分、エジプト逃避行>

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<多分、イエス降架>

いずれも新約聖書に取材した彫刻である。無論、新約聖書を題材としたロマネスク彫刻が皆無なわけではないが、回廊の柱頭彫刻では個人的には初見であったので新鮮だった。それにしても、題材がイエスの誕生と死に偏っているのは、ここも同じのようである。

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<回廊壁面の二つのイエス昇天彫刻>

造りから見て柱頭彫刻よりも後の時代に作られたとみられる壁面レリーフ。同一題材のものが並置されているのもどういう事情によるものか訝しいが、どうも製作者の微妙な題材に対する解釈に違いがあるような気がする。

上のものは、見上げている人物が一人多いのだが、これは十二使徒に加えて中央に女性がいるからで、間違いなくこれは聖母マリアである。昇天するイエスは人の姿をしていて天使を伴っている。対して下のそれは、聖母の姿はなく、昇天するイエスは鳥(おそらくは鳩)として抽象化されていて、さらに、この鳥と十二使徒それぞれが、何か紐のようなものでつながれている。

あくまでも私見なのであるが、下のそれはいわゆる“聖霊”に重きをおいた表象ではないか、と思う。鳩はヨハネによるイエスの洗礼の場面にも登場する聖霊のシンボルであり、その聖霊が十二使徒すべてに注ぎ込まれていることを、両者をつなぐ紐が示しているのではないか。とすれば、このレリーフの主人公は、イエスの正当な後継者としての十二使徒である。逆に上のそれは、昇天するイエスと見送る聖母、この特別な二人が主人公であって、十二使徒はその史実性を証しするところの目撃者に過ぎない。

この捉え方の相違は神学的にもかなり大きな違いであるような気がするのだが、それだけ隔たりのあるものが同じ回廊に備えられているというのが、なかなか微妙だ。中世にしては珍しく異見に対して寛容であったのか。あるいは、誰もそこまで真面目に考えなかったのか。

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<こんな柱頭彫刻もあった>

これも絶対にそうだ、とは言い切れないのだが、おそらくモチーフは他ならぬ献堂の対象者、聖エウラリアと聖ユリアの殉教だろう。どちらがどちらかは判ずる術もないが、剣を携えた男二人に捕らえられた女性(中央)と、ムチか何かで打たれる女性(右隅)を認めることができる。これもやはり、柱頭彫刻の題材としては珍しい。

いわゆるロマネスク回廊は修道院における瞑想の場であった、と言われるのだが、冒頭にも書いたように、当聖堂は、世間と隔絶した修道士が篭る修道院ではなく、一般の信徒が集う司教座聖堂であった。ひょっとすると、この回廊の増設を命じた司教は、ここを文盲の平信徒にとっての聖書+聖人伝図書館にしたかったのかも知れないな、とか、自身も瞑想しながら思ったのだが、真相はよくわからない。

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<瞑想しながら当時の司教の真意に思いを馳せるボクちゃん>



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