2006/11/29

ネタ  

未だに発表がありませんが来週あたりにはエントリーの情報も出てくる事でしょう。

これで「2007はありません」ってなったらコケるなぁ…。

さて
エントリーはするとして肝心の演目をどうするか…。

自分には歌と同時に紙芝居もする訳ですが、完全に紙芝居だけのネタもある。
そのネタだけで勝負するか?
それとも新しく、完全なる、お笑い用のネタとして用意するか?

色々と悩んだ部分ではありますが…
「他ジャンルで勝負する」という概念で行けば、お笑いに同化せず、やはり今まで通りのスタイルで行くべきだと思う訳です。

色々と過去に参加した方達のブログ等を見ると制限時間は3分ほどのようです。

短い曲で「漫画」を使った、ちょっと面白いモノ…

条件を満たす曲が3曲ありました。

どの曲も2分程度なので曲を強調する付加価値を付けてみる。

まだ思いつきではありますがこんな感じで行こうかと思います。
一応、曲の解説つき。

●牛殺し
空手着を着用して登場。
「今日は〜大山先生を呼んでおります…大山先生に人生相談をしてみましょう」と、なんやかんやひとり芝居。
大山増達の漫画を表示。
「先生!せんせ〜い!」と曲を始める。
曲は先生に相談するのだけれど先生はどんな悩みでも「キミィ空手を習いなさい」しか言わない内容。
最後にレンガを出してレンガ割を披露。
レンガの割り方にも工夫して面白く出来そう。


●刈り込みマシーン
作業着を着用して登場。
「いや〜、参ったなぁ、今日も剪定だ」
等と植木屋の感じでひとり芝居。
親方が漫画紙芝居で登場。
親方のやり取りの後、曲を始める。
曲はギターを刈り込み機に見立てて演奏しながらシュールな詞を歌う内容。
途中、漫画紙芝居により親方との非常なやりとりがある。
なにかオチを用意してオシマイ。


●劇画オバQ
パンクロッカーの衣装(普段着?)で登場。
ジャカジャンっと前の曲が終わった感じで締めてから
「今日も俺達のギグに来やがってコノヤロウ」とかなんとか煽る。
「それじゃー最後の曲だコノヤロウ」とかなんとか言ってオバQのマスクを被り、始める。
曲は藤子不二雄の名作「劇画オバQ」を歌にしたもの。
最後にQちゃんが去っていく場面を漫画紙芝居動画(ややこしいですが)で展開して終わる。
何かオチを付けても良い感じ。


…とまぁ
ライブを観たことがある方が読んでいたら理解できるけど
この文章だけで伝わるかどうか…。

一体
どれで演ったら良いのか。
そんな事やって果たしてウケるのか。
サッパリ今の自分には分かりません。

もし
ライブを観た事ある方が読んでいたら是非ともコメントを書いて頂きたく思います。
「これが良い」「あれが良い」「こうした方が良い」
なんでも結構。

決して怒らないので誰か助けてくださ〜い…。



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2006/11/22

弾き語りの世界  

いやいや、もう11月も終わりですね。

この企画も8月から始めた訳ですが、なんだかんだ好き勝手に「表現」について書いているだけなんですけど、今回で最後にしたいと思います。

最初から読んで頂いた方がどのくらい居るのかが分からないですが、読めば何故にここでツラツラと書いているのかは分かって頂けると思います。

今回は巡り巡ってまた自分の居る「弾き語り」の業界の事でも書いてで締めます。

「弾き語り」という言葉が一般的にどれほど浸透しているのかと言われると「?」を付けざるを得ません。
トップに居るのは相変わらずフォークブームからの大御所や、バンドで成功した人が「アコースティックに…」なんてやるくらいなもので、テレビに出るような人物というと数えるほどだと思います。
自分が何故に始めたかというと「ひとりで音楽表現出来るもの」という部分しかありませんでした。
「ひとりでジメジメと暗い歌を唄っている」
そんなイメージしか持たれていないように思います。
半分くらいは当たっているかも知れませんが実際はバンドの世界同様のジャンルの広さはあると思います。
好きな人しか知らない故に、アンダーグラウンドな世界でもあります。

それでも手軽に楽器を持って活動出来るせいか、人口はなかなかに多い世界。
底辺が広い。

故に、活動できるお店も増えているようです。
最初の頃にノルマの話なんかもしましたが、最近はノルマの無い店も明らかに増えています。
これは、演じ手側が友人でも恋人でもひとりくらいは連れてくる訳だし
普通にバーや喫茶店で営業するよりは煩くないアコースティック系のライブでもやれば集客も売り上げも増えるだろう…という狙いではないかと思うのですが…。
無論、そればかりではないとは思います。

ノルマがあろうがなかろうが共通しているのは「集客を演じ手に任せ切っている」という点ではないでしょうか。
確かに店側の視点で言えば何も問題ない訳です。
しかし、もう、ライブをすれば人が集まるなんていう時代はとっくに過ぎています。
「演じ手」「観客」「店の演出」が三位一体であるならば、店もただ単に箱を提供しているというスタンスでは進まないと思う訳です。
勿論、演じ手の意識改革は大前提の話ですが…。

今までもプロレスと漫画で例えてきたので今回も取り上げたいと思う。
「kamipro」104号に中村祥之氏(ファーストオンステージ代表)のインタビューが掲載されていた。
氏は元新日本プロレスのフロントで、現在のファーストオンステージでは「ZERO1・MAX」「プロレスリングSUN(女子プロ)」ふたつの団体を抱えている。
権利などの問題があるのでそのまま全文を複写する事は出来ません。
なのでまとめた文章になりますが…
インタビューでは現在、団体が相次いで潰れ、瀕死状態の女子プロレス界に触れています。
女子プロレスの根源を「スポンサープロレス」という言い方をしています。
レスラーとファンの関係が「タニマチ」に近いのだそうです。
所属選手が20人居て「チケット30枚買うよ」というお客さんが其々に1人居た場合、集客は600人になる。
本来ならばプレイガイドなどでもチケットが売れ、当日券も伸びて、キャパが2000人ならば2000人埋めなくてはならない。
しかし現在はその600人なら600人しか動かないのだそうです。
それ以上は増えず、それ以下にも減らない。

「600人居れば良いじゃない…」
確かに弾き語りの世界ならば…1人で30枚も買ってくれるお客さんが居たらライブハウスはそれだけで満員になるでしょうね。
しかし、どうでしょう?
興行ってそういうもんなんでしょうか?
本来、団体の営業がする事でしょう。
レスラーはスポンサーの為に試合をする訳ではない筈。

規模は違えど自分の居る世界と酷似していますね。
例えばノルマ5人の店があったら店側が「5人来れば良いや」みたいな設定もしているのでは?
と、勘ぐりたくもなります。
仮に1日4組出演で4人のアーティストが5枚づつチケットを売ると20人の集客がある事になる。
毎回毎回5人も集客能力がある人なんてザラには居ないので、20人以下になる事はあっても20人以上になる事は難しいでしょうね。

中村代表は今、レスラーに「自分達の人気で自分達が食えるようになる」教育をしているそうです。
女子プロ界の昔からの悪しき風潮に牙を剥いているのです。

レスラーに対しての所属団体のフロントというのは本来、自分達「弾き語り」の業界にに当てはめたら「所属事務所」になると思います。
マネージャー等の会社の人間が営業してチケットを売る。
演じ手は演じ手としての能力を懸命にやる。
勿論、個人にスポンサーが付いて買ってくれる事も悪い事じゃない。
でも、これが理想ならば、現在底辺に居る自分も含む弾き語りアーティストで事務所なんかに所属している人間が何人居るでしょうか。
それどころか
「私にも、僕にも、ステージに立って演奏できるんだ」なんつって
ひょこひょこと上がって来る連中のなんと多いことか。

そういう状態であるならば
もっと、もっと、お店側にもする事が出来るんじゃないでしょうか。

「そうしろ!」とは言いませんが、そうしない限り、こんなクソな業界に居てもなんら変化なんてする事はなく、いつまでもいつまでもアンダーグラウンドの世界で留まる事でしょう。
そんなトコロに居たければ好きなだけ居るが良いさ。

女子プロレス界が瀕死なら弾き語りの底辺の世界など亡きに等しい。
「無」ですね「無」…

でもね…
好きなんですよ。
こういう表現スタイルは。

だから

隙間を見つけて、これからも…
「無」ならば何かが産まれるかも知れないから…
放ち続けてやりますよ。
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2006/11/17

追記、等々  

なんとなく中途半端になったので今週はもうひとつ。

書いた後、村田さんの病名は「くも膜下出血」だと判明しました。
20代〜30代に多いそうですね。
頭痛を訴えた時点で病院に行ってたら…なんて事は沢山書けますが
目の前の事実は消されない訳で。
真摯に受け止め、自分も気を付けながら生活したい。



「詩のボクシング」の回で書いた事で、R-1が参考にした項目をもうひとつ。
それは「オープンマイク」が抜けてたかな、と。
オープンマイクはアメリカが発祥らしい。
詳しいことは知りませんが日本に持って来たときの最初が詩の朗読だったようで、一気に広まり、それが弾き語りの世界にも飛び火したりした。
R-1も一般からプロからエントリーを広く募っている辺り、参考にしているのではないでしょうか。
しかし、そもそもオープンマイクというのは様々な表現者の集まるごった煮的な場のハズ。
そういう観点で行けば、R-1に弾き語りアーティストが出てもなんら奇異な事ではない。



来週は最後にもうひとつ書きたかった事を書いて、いよいよネタをどうするかなんて考えなくては。
そして12月、未だに来年の詳細が発表されないのですが例年ならエントリーの時期なので、その辺を報告していけたらと思いますです。

終わり。
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2006/11/13

急遽  

「R-1」とは関係ありませんが、「お笑い」という広いジャンルの括りによって、この場でも書かせていただきます。

12日4時45分頃
元「フォークダンスDE成子坂」(以下、成子坂)の村田渚さんが亡くなりました。
http://www.sakigake.jp/p/news/topics.jsp?nid=2006111301000171

自分が上京した時、日曜お昼の番組に「ガハハキング」というモノがありました。
ネタの勝ち抜き番組で「お笑いスター誕生」のリメイク的な番組でした。
10週勝ち抜き初代チャンピオンは「爆笑問題」で「成子坂」は2代目の10週勝ち抜きチャンピオンでした。
その番組を観た時の衝撃は未だに忘れません。

しかも同い年。

「なんて凄い奴らなんだ」
そう思った俺は勝手ながら終生のライバルと目し、漫画で成り上がる事を決意しました…。

しかし決意は何処へやら凡人の俺は諦めと決心を繰り返しておりました。

版下会社を辞め、豆腐屋に就職した1999年
忙しさのあまりテレビなんて観る暇が無かった年に「成子坂」は解散しました。

村田さんはその後、幾多のコンビ結成の話を蹴り
「俺と組むと前の相方は天才だから比べられてしまう」とピン芸人の活動を続け
相方の不祥事で解散した元「坂道コロコロ」の松丘と「鼻エンジン」を結成。
今年の「M-1グランプリ」も予選を勝ち進んでいた矢先の出来事…。

まだ
死因は不明のようですがラジオ番組収録前に体調不良を訴えているし
「突然死」的なものなのでしょうか。
それにしてもあまりにも早過ぎます。
御冥福をお祈りします。

私が
今現在の音楽活動において「紙芝居」を多用しているのは
明らかに「成子坂」の影響だと思います。
勿論、現在のお笑い界で絵を使っている芸人さんも影響大だと思います。




生きたい奴が生き抜けないのに
無駄に死ぬ人間が多すぎる。

自殺する人間は全ての生ける者に謝罪しろ!
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2006/11/9

詩のボクシング  

「R-1ぐらんぷり」が参考にしたというイベントが詩のボクシングらしい。

詳しくはリンク先を見て頂けたら分かると思います。

どの辺を参考にしたのかが良く分かりませんが
察するに「ひとりの表現」とか「全国での予選」「ジャッジ」など「競技的」な部分だと思われます。

ステージで朗読する身でありながらどうもこの「詩のボクシング」には触手が延びません。
「R-1ぐらんぷり」に関しても「注目度」や「テレビでの露出」以外に興味は無いのです。

それは何故か…
あまり「エンターテイメント性」が無いというのが1番の理由です。

R-1を見るならダイナマイト関西の方が全然面白いし
詩のボクシングなら手前味噌ですが新東京歌謡プロレスの方が面白い。

恐らく「勝負論」と「観客論」のバランスの差なのではないでしょうか。

競技性重視の勝負論
勝負度外視の観客論

どちらも無くてはならず、そのバランスによって「興行論」なども派生してくるのですが「振り子の振り具合」でPRIDEにもハッスルにもなってしまう…


またプロレスの話になっちゃいましたが…

ともかく
なんやかんやと騒いでいる割には「R−1ぐらんぷり」にはなかなか乗り切れていない自分も居たりするのが現状で御座います。
今回は「観る側」ではなく「参加する側」なのだからそこら辺は関係ない訳で
前途の通り「注目度」「テレビ」のみを目的として一点集中で行きたいと思っております。
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2006/11/2

説得力と表現力  

「ケロロ軍曹」を読んでいた。

ある回でひょんな事から怪談対決になるのだが
軍曹が住み付いている日向家の長男、冬樹君はオカルト部で大のオカルト好き。

ケロロ軍曹を凌ぐ語りで圧倒する。

ズイズイと話に引き込む展開の場面で出てくる台詞の中に
「そう…重要なのは内容(ストーリー)よりも相手を引き込む術(すべ)…それさえ出来れば『怪談』はほぼ成功したようなものです」
とある。
恐らく
稲川淳二なんかは落語とか笑っちゃうような内容を同じ語り口で話せば怖く聞こえるのではないだろうか?
同じ事だが大して面白くない話でも話す人物によっては面白く聞こえる場合もある。
セールスの成績に差が出来るのも同じことだろう。
話術があるかどうかで決まる訳だ。

役者だって同じ台詞でも演技力でどんな感情にでも出来るだろう。

音楽も然り。
どんなに歌が上手くても演奏が上手ても言葉やメッセージが良くても
引き込む術がなければ退屈なものになってしまうのではないだろうか。

俺の場合ではあるが
登場時のビジュアルや選曲の起伏、紙芝居などの付随する演出で技術面をカバーし、引き込ませる展開にしている。



アントニオ猪木は当時の妻である倍賞美津子から顔の表情の演技を教わったというエピソードがある。
猪木に対しての「強いの?」という疑問から「強そうだ」というトコロに持っていけるのはその観客を引き込む演技力があったからではないだろうか。


ひっくるめると「説得力」「表現力」になるのではないかと思う。

演技力や歌唱力、話力などをひっくるめたのが「説得力」であり「表現力」。

これを掴めば恐らくどの世界でも通用すると思うのだが…。
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