今回と次回は栃木県日光市に存在した、路面電車とケーブルカーの探索記です。
「東武日光軌道線」とは、現在の東武日光駅から国道119号線、国道120号線を通り、第二いろは坂の始点となる馬返までを結んでいた東武鉄道運営の路面電車。
終点の馬返駅で日光鋼索鉄道線(ケーブルカー)に接続するかたちで運行されていた。
1968年(昭和43年に廃止となる)
★東武日光駅

東武日光駅を降立ち、嘗て存在したであろう軌道沿いに探索します。
それぞれの写真の地点は一番下の地形図に★マークで記してあります。
★構造物

探索を開始して数分の国道119号線路上にある架線柱と思われる構造物。
★公衆電話

ロープウェーのゴンドラを転用した公衆電話ボックス。
★橋台跡

廃線跡は東武日光駅から国道119号線を進み、国道120号線で左に曲がります。
左折したところに「二荒山神社神橋」の赤い橋が出てきました。
赤い橋の右隣に路面電車の橋台が残っていました。

神橋を左手に見て、国道120号線を第二いろは坂方面へ進む。
★鉄橋跡(田母沢橋梁)

しばらく進むと道路中央にガードレールに囲まれている空間が!
★鉄橋跡(田母沢橋梁)

路面電車の鉄橋が残っていました。「田母沢橋梁」と言うようです。

田母沢橋梁の下に降りてみました。

竣工から100年以上経過しているようですが、まだまだ朽ちそうにはありません。
国道から逸れた路盤跡

清滝ICを過ぎたあたりで国道を逸れ、雑木林のなかに路盤跡と思われる平地がありました。
馬返バス停前

国道120号線馬返バス停から馬返駅跡まで数十メートルですが砂利道が続いていました。
馬返駅跡付近。

終点の馬返駅で日光鋼索鉄道線(ケーブルカー)と連絡していたようですが、
それを連想させる物は何も残っていませんでした。
ここから対岸へケーブルカー専用の大きな橋が掛かっていたらしく、これはその橋台跡か?
橋台跡へ登り対岸を見る。

この写真の方向に橋が架かっていたものと思われます。
第二いろは坂より

写真左側の欄干の上付近から頂上の明智平に向けてケーブルカーの路盤跡がありそうです。
果たして無事見つかるだろうか?


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