廃線跡のルート上にきれいな観光ホテル、快適に旅の疲れを癒すことができました。
閑散期のせいか、格安料金で宿泊することができました。
駐車場の奥、写真左に向かって見えるのが廃線跡。
M 信州松本ロイヤルホテル客室からの風景。

前回のブログでは写真右(屋代方)から探索して来ました。
今回は写真左(須坂方)に向けて探索して行きます。
M

2日目は信州松本ロイヤルホテル裏手の廃線跡から探索開始。
N 千曲川支流に掛かるガーター橋。
O 上信越道長野IC付近。

踏切があったと思われる場所。レールが僅かに残る。
P 金井山駅付近

車が停まっている駐車場部分が駅ホーム跡かと思い写真を撮りましたが、この場所は現役当時から駐車場として使用されていたようで、駅ホームはここより若干松代駅側のようです。
Qトンネル手前の築堤。

大室団地を右手に見ながら、見晴らしの良い築堤上を歩く。
奥には短いトンネルが。

短いトンネルを抜けると更に築堤が続く。
ここから少し進んだところに大室駅があったようだが、気付かずに通り過ぎてしまった。
R

この辺りは山肌をくり抜いて路線が敷設されたため、短いトンネルがいくつも現れる。

廃線脇の作業小屋?からは普段見慣れない人間に対し、まるで不審者を見るような目で動向の監視を受ける。
S 信濃川田駅

すでにレールや駅舎は撤去され、現存する遺物がほとんど無く、廃線跡探索に退屈感が出始めていた頃、遠くに電車の姿が見えてきました。
S 信濃川田駅

長野電鉄初期か河東鉄道時代の車両か、非常に味わいのある電車が停まっていました。
白いストライプがかわいいですね。
S 信濃川田駅

信濃川田駅ロータリーより。
S 信濃川田駅

廃線となり、駅の機能を失ってからは路線バスの待合所として利用されている。
S 信濃川田駅

漢数字で表示された時刻表。
漢数字での時刻表示はちょっと分かりにくい。。
S 信濃川田駅

出発時刻を待つ列車。。という印象ですが、乗客の姿がないのが寂しい。。
S 信濃川田駅
S 信濃川田駅

旧営団地下鉄日比谷線で使用されていたオールステンレス車。
長野電鉄長野線では現役で活躍中の車両。
S 信濃川田駅

おびただしい数の抵抗器。
減速時にモーターを発電機として使用し、車輪に回転抵抗を与え、減速力を補助する。という装置ですが、せっかく発電された電気はすべてこの抵抗器に流して熱に変えて捨ててしまうので、少々勿体ないブレーキシステムと言えそうです。
(現代では主流の回生ブレーキの開発が難しかった。という技術的背景もあったのでしょうけど。)
「この件に関して解説、見解はご遠慮申し上げます。」
S 信濃川田駅

モハ1000系電車
S 信濃川田駅

塗油接触器とは何ぞや?
「あっ、別に電車にはあまり興味ないので詳しく説明してくれなくていいですよ!」
S 信濃川田駅

須坂方面へのレールはすでに撤去されている。
21 綿内駅

左側のフェンスの先が駅ホーム跡か。
22 須坂長野インター付近

単線のはずなので、最も内側のレールが線路だろうか。
23 須坂長野インター付近

須坂長野インターの下をくぐったところの橋。
24 井上駅

井上駅の痕跡となるようなものは確認出来ず。
25 鮎川にかかる長大なガーター橋

井上駅からしばらく直線が続いた後、ゆるやかな右カーブとなりガーター橋にさしかかる。
この辺りは地上高もあり景色が良いので、遊歩道やサイクリングコースとしての利用価値もあるように思います。
須坂駅手前の廃線跡

植え込みの中央部分が低く陥没していて、レールのあったところが伺い知れる。
26 廃線跡に残る駅名板

ここ須坂駅からは、今回探訪した屋代線(旧河東線)のほか、2002年までは飯山市の木島駅まで延びていたらしい。
26 須坂駅

今回の探索終了地点の長野電鉄須坂駅まで来ました。
廃線跡に留置されていた電車も含めて、長野電鉄は首都圏で活躍していたたくさんの車両を見ることができて懐かしくもあり、楽しいですね。
写真奥には旧小田急電鉄のロマンスカーが。


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