2007/4/30  13:25 | 投稿者: 時鳥

川崎市民ミュージアムに出かけたら、たまたま「恋する女たち」の上映にぶち当たったので見てみる。
氷室冴子の小説を斉藤由貴主演で映画化したもの。

斉藤由貴に多佳子は合っていなかった。
原作を読んだ時にも感じたが、多佳子はシニカルで頭でっかちで可愛げのない女なんだと思う。
台詞で聞くとさらにそう感じる。
台詞が文章語に限りなく近い。
そういう役を、あの丸みのある可愛い顔立ちで、回りきらない舌でやられると、かなり違和感がある。
原作がすでにアイドル映画に向いていない。
「トットチャンネル」のほうが合っていた。
親友2人も周りの高校生もあまり印象に残らない中、小林聡美の絹子だけが異彩を放っていた。
振りまく空気が非常に怪しい。
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2007/4/29  13:48 | 投稿者: 時鳥

ぱらぱらとめくっている時、北風コンザブローの句が目に飛び込んできて、爆笑する。

「サワガニが百ぴきあつまりさわがにー」

北風コンザブローはキタキツネだ。
参加者の鳩野ポッポはこの句に対し、次のようにのたまう。

「コンちゃんは、いつも 早いわね。
でも サワガニって、「春」の季語だったかしら?」

問題はそこなのか?!そこから突っ込むのか?!
さわがにーって、何だよ、それ。

6匹の動物が参加する句会の記録で、春夏秋冬、4回分が収められている。
夏は峠の茶屋で団子を食しつつ、秋は温泉につかりつつ、春と冬は庵にこもって、フクロウ、ハト、キツネ、ゾウ、カワウソ、ハリネズミがひたすら俳句をひねり続ける。
夜中に自室で読みながら、一人、笑い転げた。
まず、参加者のひねり出す俳句が全く予想ができない上、他の参加者の発言がまた、予測を超えた角度から突っ込んでくる。
ボケにボケで突っ込み、さらにボケで返すと言う、果てしなくとぼけたやり取りが全編を通して続いている。
ラジオで聴きたい。
月例会、生中継してください。お願いします。

句会の様子や俳句の中身を活写した絵も、味があって楽しい。
可愛い動物の絵ではないんだけど、真面目にとぼけた味わいがあり、なんとも可笑しい。
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2007/4/28  12:41 | 投稿者: 時鳥

レースのカーテンは、中を見せないためのほかに、外を見ないためにもあるような気がする。
薄いカーテンを1枚下げて、これでも見えるから大丈夫、と言う人と、これでもう見えないから大丈夫、と言う人がいる。
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2007/4/26  23:32 | 投稿者: 時鳥

考え事をしていたら、前触れなしに、全然別の考え事が頭に浮かんできた。
それに気付いて、オーケストラみたいだ、と思う。
第一主題の間からぽこんと、何の関係もなさそうな第二主題が浮かび上がる。
しばらくすると第一主題が消えて、第二主題が主旋律になり替わっている。

そんなことを考えていたら、頭の中にあったはずの第二主題が消えていた。
いつの間にか主旋律は、第三主題に移ったらしい。
第二旋律を呼び戻すより面白そうなので、第三主題にしばらく注意を傾ける。

オーケストラの曲を作る人は、どうやって作曲しているのかと思う。
全部の楽器が合わさった状態で頭に浮かんで、そこから各楽器を分離しているのか、それとも、どこかの旋律だけがまずあって、そこから前後や相手役の旋律を考えるのか。
普通に考えれば後者なんだろうが、たまに、前者らしき人がいる。
同じ人でも、曲によって前者だったり後者だったりするのかもしれない。

また、後者の場合でも、いくつかのパターンがあるように思える。
ひとつの旋律から別の旋律を派生させるにしても、
・水が上から下に流れるように、自然に前後左右が決まる場合、
・テーブルの上の水滴のように、どこにでも行けるのでかえってどこにも行けない場合、
・くぼ地にはまって、周りの山をどこか崩さないと行き先が見えない場合、
などがある。
また、上から下に流れ落ちようとするのをあえて水平に戻して、あれこれ迷った挙句、最初と同じ方向に進んで、結局、草臥れプラスアルファを儲けることもある。

そこまで一通り考えたところで、思い出した。
第一主題、第二主題と発展したソナタ形式は、そういえば最後には第一主題に戻る倣いだった。
この度の第一主題は、梅酒が不味い事だった。
昨日買ったばかりの安い梅酒で、人口甘味料の甘さがとことん腹に据えかねる。
梅酒の不味さを発端に、思い出せない第二主題があって、第三主題が一段落ついた今、私は依然として梅酒のカップを傾け、不味さに憤慨している。
形式のとおりだ。
管を巻く、とも言う気がするが。
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2007/4/26  18:34 | 投稿者: 時鳥

めずらしく写真つき。

クリックすると元のサイズで表示します

手持ちの蛍石のひとつで、中国浙江省の産。
半透明の淡い緑が涼しい。
新緑から秋風が立つ頃まで、長く使える石だけど、
一番似つかわしいのは立夏から夏至までかもしれない。

名前のせいだけではなく、蛍石には夏のイメージがある。
濃紺は夏の夜、宵の紫、明けの薄紅、深い緑の夏木立。
夏になると思い出すのは、水芭蕉より蛍石。
それからもひとつ、ウォーターメロンのトルマリン。
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2007/4/25  18:35 | 投稿者: 時鳥

谷崎潤一郎の文章を編集部で独自に編んだ1冊。
食と、東西比較に関する随筆を主に集めている。

東京人と大阪人は声が違うとの意見に、深く納得する。
東京は長唄の、冴えた直線的な音色、
大阪は浄瑠璃や地唄の潤いと艶のある音色だそうだ。
ぱきん、と高い音をたてて折れる炭みたいな、乾いた声の持ち主が確かにこちらには多い。

「敗残の江戸っ児」という型に、ぎくりとする。
谷崎の父がちょうどこのタイプだったそうで、細かく特徴を挙げているのだが、妙に自分に当てはまる。
「そう云う老人が東京の古い家なら、一家一門の間に必ず一人ぐらいはいるものだ。」
と書いている。昭和7年に。
そこまで古い生き物だとは知らなんだ。
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2007/4/24  20:59 | 投稿者: 時鳥

プラネタリウムを見た際、お土産に「あすとろカルタ」をもらった。
「天文学とプラネタリウム」という団体が作ったものだそうだ。
ちなみにこの団体、略称が「天プラ」らしい。

いろはカルタ形式で、44枚の読み札と絵札のセット。
読み札は当然ながら天体にまつわる文句で、専門家ならおそらくすぐに意味がわかるんだろうが、一般人には何を言っているのかわからない。
脳内に湧いた大量の疑問符は、絵札の裏についた解説を読むと溶解する仕組みになっている。

すっとんきょうな文句に、まず笑う。

「カンガルー 大気シャワーを 浴びている」

何のことかと、絵札の解説を読む。
オーストラリアにカンガルー望遠鏡というものがあるんだそうだ。
写真を見る限りでは、別にカンガルーの形をしている訳ではないらしい。
「高エネルギーガンマ線観測専用の望遠鏡」だそうだ。
絵札の絵がまた、素敵な適当さで、目にした瞬間、また笑う。

「け」は、「計算の 予測で発見 海王星」。
絵札の、恥らう海王星が可愛い。

文句のぶっ飛び加減も、絵札のヘタウマというか、微妙さの加減も面白いけど、裏面の解説がちゃんとわかりやすいところは非常にポイントが高い。
しかも律儀なことに、全てのカードに写真が入っている。
分子雲や太陽フレアの写真など、見ているだけで結構楽しい。
この解説と写真は、案外、まとめて手に入れにくいかもしれない。
カルタとしてはあまりやる気になれないけど。

なお、天プラでは、mp3形式で読み札の朗読ファイルも配布しているそうだ。
ランダム再生すると読み手なしで遊べるとのこと。
泣かせる。

参考:
天文学とプラネタリウム
http://www.tenpla.net/
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2007/4/23  23:56 | 投稿者: 時鳥

大正シック展を観覧中のこと。
1階で3通りの見方を楽しんだ後、2階に上がる。
2階には小部屋が10部屋近くあり、大抵の部屋が展示室になっていた。
およそ半分を見終えたところで、妙にまとまりがないのに気付く。

例えば、ある部屋はこんな作品でできていた。

・女性が琵琶を弾いている姿を描いた、モダンな日本画
・元禄美人の軸
・舟形の団扇立て
・赤と緑の絣で大胆に蜻蛉を描いた流水文様の着物
・経木の譜面台
・黒と赤の漆塗りの、アールデコ様式の皿
・蒔絵で魚の絵を、墨絵調に描いた蛤形の盆
・シンプルな円筒形で、内側にうっすら銀粉を散らした杯洗

ひとつひとつは特に珍しくないのだが、このすべてが同じ空間にあると、「あれ?」と思う。
共通点が見つからないのだ。
個々の作品はそれなりに納得して見たものの、何部屋か過ぎて、それまでに見たものを振り返ろうとすると、印象がまとまらない。
引き返して、ぼんやりと見たり歩いたりしているうちにふと気付いた。
カテゴライズの方法が違うのだ。

大雑把に言えば私の場合、皿と日本画は別のカテゴリに収まっている。
アールデコと墨絵調と指物めいた漆器も別だ。
けれど、この展覧会を考えた人はそうではなかったらしい。
どういう共通点かまではわからないが、おそらく上の品物を結びつけるカテゴリがあるのだ。

面白いと思った。
喩えるなら、がんもどきと豆腐とこんにゃくを目の前に並べられて、二つに分けろと言われた時、何の疑いもなく大豆製品とそれ以外に分けていたのが、実は、四角いものと丸いものに分類することも可能だと言うことに気付いたような感覚。
余計にわかりにくいか。

とにかく、その考えを抱えて、2階の展示室をもう一度見直した。
そうすると、名もない画家が描いた退屈な屏風だったものが、フローリングの玄関に置くととてもよく映えそうな衝立に見えたり、合わせにくそうな黄緑の着物がポップなナイトガウンに見えたりする。
柿内青葉の「美人」は日本画だけど、金の額縁をつければ洋館にも似合いそうだ。
どうもこのコレクションをした人は、大正時代を江戸や明治の後というより、平成や昭和の前の時代として見ていたような感じがする。
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2007/4/23  12:57 | 投稿者: 時鳥

自然教育園の池に、巨大な黒い鯉がいた。
来園者の投げる菓子を悠然と呑み込んでいる。
横では小さな魚が、どう見ても体の割りに大きすぎるえさを集団でつついていた。
何となく、鳴家を思い出す。
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2007/4/22  21:37 | 投稿者: 時鳥

庭園美術館で「大正シック」展を見る。
ホノルル美術館のコレクションで構成された展覧会で、アメリカ各地を巡回してから日本に来たんだそうだ。
絵画、工芸、着物、雑貨など、約80点が展示されている。

展示室に入って程なくして、この展覧会は、少なくとも、3通りの視点でみることができるのに気付く。
1つ目はもちろん、私の視点。
2007年の東京に立って、今、ここで作品を見ている私自身の目。
2つ目は、これらの作品をリアルタイムで見ていた、大正時代の日本人の視点。
昭和を知らず、明治と江戸を知っていて、大正の空気を吸って生きている人間の目。
そして3つ目は、今、これらの作品を所蔵する、ホノルルやアメリカの人間の視点。
水墨画は見たことがあるし、トーキョーのイメージも映像や何やで与えられているが、大正時代なんてあることすら知らない人間の目。
どの視点で見るかによって、それぞれの作品が全然違うものに見えてくるから面白い。
流石に、1点1点の前で3種類の視点を切り替えられるほど器用ではないので、部屋単位で視点を変えて、何度か見直す。

例えば、和田青華の「T夫人」という、二曲一隻の屏風がある。
とある教授夫人の肖像画で、40代くらいの女性が、見るからに質のよさそうな洋装に身を包み、籐のロッキングチェアに腰かけている。
床には赤いじゅうたん、画面の隅には白百合を生けた花瓶が置かれている。
1932年の作品である。

私が見ると、目黒雅叙園美術館を、まず思い出す。
近代日本画の美人画をそこでたくさん見た。
それらの作品によく似た血が、この作品にも流れている。
長い真珠の首飾り、曲線を描くロッキングチェアと道具立てはモダンで、色も描線も垢抜けている。
けれど画面全体を満たしているのは日本画の空気で、光の陰影のなさは日本画以外の何者でもないと感じる。

1932年の日本人として見ると、新しい絵に見える。
技法は従来と同じでも、これは同時代の人間にとっては日本画ではなく、新・日本画だったと思う。
何より先に、この屏風はどうやっても畳の座敷にそぐわない。
これだけはっきり肖像画にしてしまうと、座敷にしても洋間にしても、屏風として使うことはもうできないのではないかと思う。
そういう意味で、屏風の形で作られているけど、屏風にできないもの、新しくて面白くて美しくて、けれど実用的でなくて始末に困るものに見える。

アメリカの人間としてみると、やはり新しく見える。
陰影がなく平板で、どういうわけかキャンバスの中央に折り目が入っている。
ポスターカラーのようなクリアな色でリアルに描かれた肖像画。
印象は現代的なのに、人物の服装や道具は何となく古めかしい。
おそらくは、とても不思議な絵に見えていると思う。

他の作品も同様で、視点を変えるたびに万華鏡を回したように違うものが見える。
別の視点を楽しみながら、自分がいつも無造作に使っている、「通常の視点」についても考えさせられた。
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2007/4/22  1:37 | 投稿者: 時鳥

青嵐という言葉の似合う、風の強い午後。
庭園美術館に行くついでに、隣の自然教育園にも足を踏み入れる。
小さな白や紫の花、素直な黄色の花が所々に控えめに咲いている。
今は花より緑の季節。
そういえば、「ファルスタッフ」に「あれは私の緑の4月、あれは私の楽しき5月」という歌詞があった。
池のほとりで「何にもしない」をする。

帰りにビジターセンターに寄って、鳥の鳴き声をさらいなおした。
何度さらっても忘れる。

シジュウカラはモールス信号。
滑舌がきれいで、短い音と長い音を、秩序を保って繰り返す。

メジロは巻き毛。
音はぐるぐると回転し、しゃべっている側もどこからしゃべり始めたかわからなくなっているみたい。

ヒヨドリは洗濯板。
ひとつの音が、中でぎざぎざと変化する。

カワラヒワは機関小銃。
さえずりを軽く素早く連射して、撃ち尽すと弾薬をこめなおす。
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2007/4/22  1:29 | 投稿者: 時鳥

参加を予定されていた方にはお知らせ済みですが、こちらでも通知いたします。
明日、というか、今日、22日に開催を予定していた第2.5回黒酢バーの集いは、諸事情により中止となりました。
次回開催日は未定です。
悪しからずご了承ください。
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2007/4/20  12:27 | 投稿者: 時鳥

桜の花が散り、葉が吹く。
透明な新緑が、日に日に濃さと深さを増す。
輪郭が確かになる。
桜が、本当に自分のために生きはじめているようだ。
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2007/4/19  21:26 | 投稿者: 時鳥

どうやら、このブログのドメインで、今朝から時々サーバ障害が発生している模様です。
しばらくは、つながりにくいかもしれません。
ご容赦ください。

これで引込むのもなんなので、更新報告。

展覧会情報を更新。
5月までに開始する展覧会を10件ほど追加。

個人的に注目度が高いのは、庭園美術館「大正シック」、
ロゴスギャラリー「アンティークプリントの知られざる世界」、
虎屋ギャラリー「和菓子百珍展 その2」、
ICC「オープン・スペース 2007」。
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2007/4/19  0:16 | 投稿者: 時鳥

会社帰りに日本橋でプラネタリウムを見る。
案内された席は壁に近いところだったために腐っていたが、投影が始まってすぐ、真東の席だとわかったので、機嫌を直す。
座席を選べるなら、大抵、星の上る真東を選んで座るくらいには東寄りの人間。

「星空の贈りもの」という、およそ30分の番組。
メガスターIIを見るのは今回が初めてだ。
星の多いプラネタリウムって、こういうものなんだと驚く。
肉眼では星として捉えられない明るさと大きさの星まで投影されている。
良くて星屑としか見えなくても、それがわかる。
明るい星は他のプラネタリウムでもそんなに変わらないが、何より地の闇が違う。
闇が薄らいで明るいのではなく、無数の小さな光が灯って闇を溶かすために明るくなる。

星の解説はほとんどなく、ひたすら星空の美しさをめでるためのプラネタリウムだった。
真面目に解説して欲しい時には不満だが、きれいなものがただ見たい時にはよい。

科学技術週間の企画だったので、入るときにお土産を渡された。
宇宙図と、あと何点か。
宇宙図は、どこで入手しようかと考えていたので、嬉しい。
残りのお土産については、これから行く人の興を削がないため、秘密。
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