2007/12/31  23:41 | 投稿者: 時鳥

街に出ると、あちこちに鏡餅が飾られていた。
乗せ忘れたのか、持ち去られたのか、時折、橙のないものがある。
最近は2段重ねの餅の形をしたケースに小餅が入ったお飾りが多いので、餅が1段足りないのは見ない。
橙もケースに入れたらどうかと思う。
中身を橙マーマレードか橙ゼリーにして。
0

2007/12/31  23:29 | 投稿者: 時鳥

大鍋に湯が沸いている。
「一袋200グラムで二人前」
蕎麦の袋の裏面を眺めながら、母がつぶやいた。
「お母さん、」
聞き咎めた。つい、強い声が出る。
「五七五になってる。」
0

2007/12/31  21:19 | 投稿者: 時鳥

昼過ぎ、川崎から下りの東海道線に乗る。
熱海行きのボックス席は、弁当率とビール率が異様に高い。
0

2007/12/31  0:29 | 投稿者: 時鳥

「そろそろ行っておきたい」と思ったので、恵比寿麦酒記念館のテイスティングコーナーに足を運ぶ。
基本的には、恵比寿ビールの歴史やビールの作り方なんかを解説する博物館なんだけど、一角がテイスティングコーナーになっていて、有料でサッポロのビールやワインの試飲が出来る。
今回は、生ビール飲み比べセットを選択。
4種類のビールが小さなグラスに注がれて出てきて、つまみにスナックの小袋もついて400円。
安いし、ちゃんと注いでくれるから美味しいんだけど、欠点は18時で閉まってしまうことと、食べ物がこのスナックしかないこと。
出てきたのは、次の4種類。

メジャーヴァイス(酵母入り。白濁した金、ホワイトゴールドの色)
メジャーエール(マイルドタイプ。赤褐色)
ヱビスビール(透き通った金、イエローゴールドの色)
ヱビス<ザ・ブラック>(黒に近い焦げ茶)

ためつすがめつして、ひとつずつ味見。
第一印象では、苦味の少ないメジャーヴァイスと鈍い味わいのブラックが気に入り、逆にすっぱ苦いようなメジャーエールは気にいらない。
ヱビスビールは、まあ、普通。明晰で論理的な印象を受ける。

少しして、ビールを眺めるのにも飽きて、読みかけのミステリを広げる。
『月の扉』ラスト30ページを読みながら、グラスを傾ける。
数ページ読み進めたところで、ビールの味に違和感を覚えた。
正面から飲んでいたときは、含んだ瞬間の味に気を取られていたが、こうして途切れがちにグラスを傾けていると、むしろ後味の方が気にかかる。
後味でみると、メジャーエールが一番良い。異国の果物みたいな、不思議な香りがある。どうも、これはきっちり冷やすより、ちょっとぬるめのほうがおいしいように思う。
逆に、意外に駄目なのがヱビスビールで、苦味のあとに蜂蜜めいた甘い味が残る。「だから、何が言いたいんだ」と、問い詰めたくなる。
ブラックはカラメルの焦がした風味が残り、メジャーヴァイスは初々しい。
この2つは第一印象と共通していた。

別の方向からだと違う見え方をして、2つ以上の方向から見た像を合わせると立体になって見えるのは、ビールでも同じらしい。
ビールを人間に喩えてみた。

メジャーヴァイス:
世慣れぬ若者。見た目どおりに素直。

メジャーエール:
癖の強さを隠さないため、毀誉褒貶にさらされやすい。
ちょっと突っ込むと、意外な面が見えてくる。
ツンデレの素質がある人か?

ヱビスビール:
爽やかで社交的なんだけど、実はかなり裏表が激しい。腹黒な面があるが、注意深い人にはばれてしまうあたり、まだ青い。

ヱビス<ザ・ブラック>:
酸いも甘いも噛み分けた食わせ物。一筋縄で行かず、こちらが「こういう人」と決め付けた途端、ひょいと足をすくいにかかるおそれがある。それも面白半分に。
0

2007/12/30  23:13 | 投稿者: 時鳥

部屋でフリーペーパーの整理をしていたら、メトロガイドで、「東京うまいもの大賞」の結果発表の記事が見つかった。
この2ヶ月前の号で読者投票を募集していたものだ。
第一位は、切腹最中だった。
浅野内匠頭切腹の場からほど近い、新橋の和菓子屋で売っている最中だ。
皮の間から粒あんがはみ出しているのを切腹に見立てている。
紹介文にあった。

「サラリーマンが取引先へお詫びをする時に持っていくお菓子としても人気です。」

それ、きっと、場合によっては洒落にならない。
切腹最中は一度食べたことがあるけど、味についてはそれほど感銘を受けなかった記憶がある。
でも、第二位の「ふるさとレモン」に比べれば、まだフェア。
広島ゆめてらすで売っているものを、東京うまいものにカウントするのは、反則っぽいと思う。
0

2007/12/29  11:29 | 投稿者: 時鳥

行幸地下ギャラリーは、幅の広い通路の両側をガラス張りにして、展示スペースにしたものだ。
全長はおよそ200メートル。
今回は片側にペダルカー、もう片側にモーション・ディスプレイを展示していた。

モーションディスプレイは、かつてアメリカの宝石店や眼鏡店のショーウィンドウを飾った、動く人形たちだ。
1920年代、アメリカの宝石商が客寄せのアイデアとして考え出した。
これらのディスプレイは店が自前で持つのではなく、貸し出すリース会社があったそうで、1925年から1959年にかけて、驚くほどの種類が作られたそうだ。
今回は、1930年代から50年代に掛けての作品が多かった。
古い作品だし、通路のついでのような場所だし、てっきり動かないものと思っていたら、動いた。
全体を6つに分けて、各ブロックの装置が5分ごとに順次稼動する。
30分あれば、全部の作品が動くところを見られるようになっていた。

見てすぐ、ムットーニを思い起こす。
まず間違いなく、ムットーニ作品の源流のひとつだろう。
仕掛けは単純だし、ぎこちない、単調な動きしかしない。
音楽が流れるわけでもなければ、オートマタのように緻密でもない。
けれど、品の良いユーモアと悠揚迫らざる味があり、なにより飛び切りのロマンがある。
作品によっては、ロマンスもたっぷりと持ち合わせる。

もうひとつ思い出したものがある。
ロバート・F・ヤングの作品群だ。
FLYING SAUCERという作品に、思わず「空飛ぶフライパン」を連想する。
「リトル・ドッグ・ゴーン」とか「ピーナツバター作戦」のモーション・ディスプレイがあったとしても、ちっとも驚かない。
根本的な詰めの甘さ、SFの「サイエンス」がどうしても無機質になりきれなくて、ロマンを大量に含有しちゃったところがロバート・F・ヤングの欠点であり、同時に最大の魅力だと思うんだけど、まるっきり同じ事がこれらの作品にも言えると思う。

以下、お気に入り。

HONEYMOON ROCKET
流線型のロケットで新婚旅行。運転するパイロットはいい面の皮。ロケットの横に結び付けられた靴がキュート。半円を描く様な、ロケットの動きもいい。

MERMAID
海の底、人魚にプロポーズするダイバー。上を指差して「陸に上ってくれ」と頼むダイバーと、下を指差して「そんなの無理よ」と、いなす人魚が絶妙の対比。

SCOOTER HONEYMOON
2人乗りのスクーターを走らせ、新婚旅行に出るカップル。
でこぼこ道にスクーターが上下し、2人が顔を見合わせる。
使い古されていても、古びない。

WALRUS AND CARPENTER
セイウチが歌い、大工が釘を打つ。淡々と不条理。

WRIST WATCH
小人達が腕時計を修理。蓋が重い。ジャッキで上げる。

RIP VAN WINKLE
リップ・ヴァン・ウィンクルが目を覚ますと、そこは小人達のボーリング会場だった。
おっさん臭い小人達の、暇つぶし感ただよう空気が素敵。

「MOTION DISPLAY & PEDAL CAR」展
1月14日まで、行幸地下ギャラリーにて開催中。無休、終日公開(のはず)。
モーション・ディスプレイの稼働時間は、11時から21時まで。
0

2007/12/29  11:04 | 投稿者: 時鳥

行幸地下ギャラリーで、「MOTION DISPLAY & PEDAL CAR」展を見る。
丸ビルと新丸ビルの間を抜ける地下通路に沿って、北原照久さんのコレクションをずらりと展示している。

ペダルカーは、足でペダルを踏むと動く、子供向けの車だ。
展示されていたのは20世紀初頭から1950年代くらいまでの欧米の作品が中心だった。
玩具メーカーだけでなく、自動車会社が作ることもあったそうで、どの車もとても丁寧に作られている。
私が子供の頃にもペダルカーはあったけど、こんなに格調高くなかった。
解説によると、ペダル・カーは1930年代頃まで、裕福な上流階級の子供しか持てないものだったそうだ。
「ダウンタウン物語」にこんな車が沢山出てきた、と思い出す。
これは禁酒法時代のアメリカを舞台にした、れっきとしたギャング映画なのだけど、登場人物が全員、ナレーターに至るまで子供なものだから、自動車はどれもペダルカーだ。
ギャングたちのカーチェイスにおける、素晴らしい力走は今も心に残る。
ついでにその映画、クライマックスはギャング団のボスが経営するキャバレーで繰り広げられる銃撃戦、もとい、無差別パイ投げ合戦だった。
0

2007/12/29  9:41 | 投稿者: 時鳥

仕事場を早めに上って、東京国際フォーラムにイヤーエンドコンサートを聴きに行く。
地下の展示ホールにステージを作って、31日までの4日間、椅子席有料立ち見無料のコンサートや、音楽コンクールや、はたまた地続きのダンスフロアでダンスパーティーなぞを随時開催する。
コンサートも気になるが、最も気になるのは、コンクールのオーケストラ部門審査中に開催されるこの企画だ。
「輝け!エア・コンダクター」
エアギターの指揮者版だそうだ。

さて、肝心のコンサートは、2時間弱を2部に分けて、前半がシューベルト、後半がドニゼッティ、ロッシーニ、ベッリーニというプログラム。
後半の1曲目が事もあろうに『連隊の娘』のトニオのアリア、「友よ何と楽しい日」だった。つい目が覚める。
歌詞は「あの娘と結婚できる、嬉しいな」程度のものだけど、テノールの高音がびしばし出てくることで知られている。
なんというか、この高音がトニオの思慮深くはないけど人が良い性格を表しているような気がしてならない。
0

2007/12/28  23:55 | 投稿者: 時鳥

ずいぶん前に、中国文学者の奥野信太郎の随筆『女妖啼笑』で読んだエピソード。

著者の大学時代、作文担当の久保田万太郎は、いつも意地の悪い出題ばかりするために学生はみな往生していた。
しかし、ここにただ一人、どんな題が出ても絶対に困らないKという同級生がいたそうだ。
Kの秘訣は明快だった。どんな題も性的な解釈をし、堂々と論じる。
Kが「帽子」という題について書いた作文を、著者はしみじみと振り返っている。
「Kはこれをゴム製品と理解し、それに関する蘊蓄を傾けて久保田万太郎を驚倒せしめた。」
吹いた。
それは英雄だ。
感じ入ると、続きがあった。
「もちろんKの得点はそれほどわるいものではなかった。」
大正の大学は懐が深い。
0

2007/12/27  23:34 | 投稿者: 時鳥

クリスマス数日前、
冬至に心を傾けるあまり、クリスマスイブの存在を忘れそうになる。
家族の誕生日を忘れる人のことは聞いた事があるけど、クリスマスを忘れる人は聞いた事がない。
とても不思議なことだと思う。

クリスマスの翌日、
勤務中に給与明細が届いた。
年末調整分で、いつもより少しだけ多い。
不信心者にもクリスマスプレゼントは届くらしい。

タイトルは、マザーグース「クリスマスの12日間」より。
クリスマスの12日間、毎日毎日、恋人から届けられるプレゼントを列挙する歌だ。
一日目のプレゼントは梨の木にヤマウズラ1羽だけだったのが、
最後の十二日目になると、梨の木にヤマウズラ1羽、
プラス、キジバト2羽、プラス、フランスのメンドリ3羽、
プラス、すすけた小鳥4羽、プラス、金の輪5つ、
プラス、(中略)跳ね回っている12人の貴族が贈られる。

この時期になるといつも、この歌のことを思い出しては考える。
すすけた小鳥は4日目から貰うから、12日目までもらうと36羽になる。
貰った人はどう扱うんだろう。
6ペンスの歌よろしく、パイでも作るんだろうか。
(four and twenty black birds baked in a pie)
そして贈っている側、本当に好意で贈っているんだろうか。
何かの嫌がらせではなく。
0

2007/12/26  23:45 | 投稿者: 時鳥

ハーレクイン・ロマンスの文庫から、『高慢と偏見』や『分別と多感』が刊行されているのを見つけた。
厚みからして、原作を半分ほどに縮めたものらしい。
中をのぞくと案の定、ベネット夫人のまるで要領を得ないおしゃべりだとか、舞踏会の瑣末事についてのほんの一言、二言だとかの、いらつきながらも面白い部分がきれいさっぱり省かれていた。
この、省いた部分をメインにしたダイジェスト版を作った方がむしろ面白かったかもしれない。
ジェーン・オースティンを読んでいると時々、というか、しばしば、逆恨みとか、傍目八目とか、日和るとか、はたまた蛙の面に小便だとかの、日本語における素敵な言い回しの数々を、作者に教えてあげたくなる。
0

2007/12/25  23:56 | 投稿者: 時鳥

さんごさんのところで、銀座で桑原弘明氏の個展が開かれていることを知った。
ほんの10日ほど前に『スコープ少年の不思議な旅』を読んだばかりだった。
タイミングの良さに驚きながらも、見逃す謂れはないのでさっそく足を運ぶ。

本で観たままの、濃密な空間が小箱に封じられている。
似ているものを探すのはとても難しいけれど、無理に探すのなら、例えばドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」や、『一葉に会いたくて』の針穴写真、それから以前に雑誌で見た、堀哲郎・堀泉両氏によるミニチュアハウスなどが頭に浮かんだ。

ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」は、おそらく空気の感触から連想が走った。
向こうから流れる空気が、何か薄い、プレパラートのカバーガラスのようなものに隔てられて、ここまでたどり着かないような感触。
艶めかしくて生々しくって、どこかにありそうな気がする一方で、どうしようもなく幻想的で、どこにもない場所に思えてくる。

『一葉に会いたくて』の針穴写真は、樋口一葉の作品世界をミニチュアで再現し、ピンホールカメラで撮影したものだけど、ミニチュアではなく、あくまでも針穴写真の方を連想した。
入って暮らせそうで、入りたいとも思うけど、絶対には入れない。
そして万が一、実際に入れる機会があったとしても、自分が入ったら世界が壊れるんじゃないかと怖気づいて、いざとなったら入れない。
そういう世界。

堀哲郎・堀泉両氏のミニチュアハウスは、隅々まで充たされた物語からの連想。
どちらの作品でも、例えば、作品の中に桶がひとつあったら、その桶は絶対にその場所に、その置かれ方をしなければならなかったのだと、見ている側が素直に信じられる。
0

2007/12/25  23:23 | 投稿者: 時鳥

ポーラミュージアムアネックスに入る。
現在の展示会は「Light on Canvas II」。豊久将三氏による照明の展覧会だ。

入口から順に、奥に向かって進む。
最も奥まった一角、白い壁の狭い通路を折れると、閉ざされた白い立方体の中にいた。
壁も床も天井も同質の白。
天井の中心から部屋の中心に向けて、1本の細い管が下りている。
先端から淡い光がもれて、部屋全体を白く光らせる。
茶室よりもまだ狭い、白い白い空間。

立ち止まって、周囲を見回して、さらに数秒たった頃だったろうか。
ぽん、と音がして、部屋が心もち暗くなった。
何が起きたのかわからず、きょとんとする。
床に映る光をじっと見つめた。
光がわずかに揺らめいている。波紋のように。
管の先に目を移した。
滴がゆっくりとふくれていた。
ふくれるに従い、床の波紋が大きくなり、光が増す。
限界までふくれた所で滴が落ちる。
滴が離れる寸前、部屋は最大の明るさを得る。
滴は、管の先を離れる時に光を連れていき、影となって床に吸い込まれる。
暗くなったのはそのせいで、私が聞いたのは滴の落ちる音だった。
次の来場者が訪れるまでの数分間、ただ見ていた。

会場を離れてから、入口で貰ったパンフレットを開いた。
それが、「月と水」という題の作品だったと、初めて知る。
0

2007/12/24  9:43 | 投稿者: 時鳥

今朝、編みあがった作品。
40番レース糸、8号レース針使用、29段。
12月5日製作開始。

クリックすると元のサイズで表示します


25段目が編んでも編んでも終わらない。
編み図で数えると、すべて長編みで約480目あった。
10段目は鎖編みを含めて180目だったことを考えると、えらく差がある。
0

2007/12/24  2:29 | 投稿者: 時鳥

「どうしてこんなところにレース針が?」
と思ったら、銀色の耳掻きだった。
よく見ると、耳掻きは鉤針に少し似ている。
「ってことは、君は鉤針編みができるのか?」
試してみた。
出来なかった。
「こんなことなら、菜箸で棒針編みの方がまだ可能性がある」
半分自棄になって毒づいたところで、試したことが無いのに気付く。
割り箸と残り物のアクリル極太毛糸を使って試してみた。
10段ほど編んだが、なんら問題は無い。
先端が角張った箸だったが、丸い箸ならもっと簡単に編めただろう。
細い糸なら竹串でも編めるはずだ。
意外なところで意外なものが使えるものだと感心した。
もっとも、夜中の2時に研究することでもないような気がする。
しかも、よほどのシチュエーションに遭遇しない限り、一生使う機会がない技術だと思う。
0




AutoPage最新お知らせ