2008/9/30  23:57 | 投稿者: 時鳥

雑誌の表紙に、RIGOLETTOという文字があった。
何故か目に留まる。
リゴレット。ヴェルディのオペラのタイトルで、主人公の名前でもある。
悪徳で名高いマントヴァ公爵のお気に入り、せむしで毒舌家の道化師の名前だ。
知った言葉のはずだが、不意に気づいた。このスペルはあまり名前らしくない。

イタリア語の辞書を調べると、rigolettoはロンドという意味だった。
道化師という商売柄、誰かがつけた仇名なのかも知れない。
一度は納得しかけて、疑問が浮かんだ。
どうしてヴェルディはこの名前を主人公につけて、タイトルにまでしたんだろう。
イタリア人で作曲家のヴェルディが意味もなくこんな名前を付けるとは考えられない。

「ロンド」を広辞苑で調べると、「主題が同一の調子で何度も繰り返す間に別の副主題を種々に挿む形式の器楽曲。」とあった。
何度も繰り返す主題。「リゴレット」でそれは、何だったろう。
6つ数えるくらいの間、考えて、思い当たった。苦い笑みが浮かぶ。
呪い、だ。

冒頭でリゴレットは、娘を弄ばれて怒り狂う貴族を嘲笑い、その貴族から呪いをかけられる。
呪いはリゴレットの頭を離れず、その後、リゴレットの大事な娘も弄ばれた時にも彼は例の呪いを思い出す。
復讐に燃えるリゴレットはそれによって娘を失い、そして最後は、呪いの重さに押しつぶされて泣き崩れるリゴレットの絶叫と共に幕が下りる。
知らぬ間に呪いのロンドの輪に引き込まれて踊らされ、すべてを失ってしまった人間。
どうやらそれが、リゴレットという名前の意味するものらしい。
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2008/9/30  22:06 | 投稿者: 時鳥

展覧会情報を12件追加しました。
右側リンク集の「展覧会情報」からお入りください。
今回追加分は、以下の通りです。(終了日順)



NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)(初台)
「HOW TO COOK DOCOMODAKE?」
期:10/4〜10/13 10:00〜18:00(10/6休み)

美篶堂ギャラリー(御茶ノ水)
「フジイキョウコ 鉱石アソビ出版記念」
期:10/21〜11/2 11:00〜20:00 土日祝〜18:00(月休み)
http://www.misuzudo-b.com/gallery.html
http://kirara-sha.com/

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)(初台)
「EXTENDED SENSES 拡張された感覚―日韓メディア・アートの現在」
期:9/23〜11/3 10:00〜18:00(月休み)

ていぱーく(大手町)
「ニッポンノテガミ」
期:10/4〜11/3 9:00〜16:30(月休み)

日本民藝館(駒場東大前)
「韓國の鍵と錠」
期:9/9〜11/20 10:00〜17:00(月休み)

旧新橋停車場鉄道歴史展示室(汐留)
「アジア民族造形の旅 暮らしの多様性」
期:9/30〜11/24 11:00〜18:00(月休み)

美篶堂ギャラリー(御茶ノ水)
辻 恵子「かくれたかたち 1 2 3」原画展
期:12/2〜12/7 11:00〜20:00 土日祝〜18:00(月休み)
http://www.misuzudo-b.com/gallery.html
http://www.tsujikeiko.com/

東京大学駒場博物館(駒場東大前)
「behind the seen アート創作の舞台裏」
期:10/11〜12/7 10:00〜18:00(火休み)

ギャラリー間(乃木坂)
安藤忠雄建築展「挑戦―原点から―」
期:10/4〜12/20 11:00〜18:00 金〜19:00(日月祝休み)

東京藝術大学大学美術館(上野)
「線の巨匠たち ―アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展―」
期:10/11〜12/24 10:00〜17:00(月休み)

日本科学未来館(船の科学館)
「八谷和彦:魔法かもしれない」
期:9/6〜1/6 10:00〜17:00(火、12/28〜1/1休み)
http://www.miraikan.jst.go.jp/info/080828161847.html

日本カメラ博物館(半蔵門)
「おもちゃのカメラとカメラのおもちゃ」
期:9/9〜1/18 10:00〜17:00(月、12/27〜1/5休み)



個人的には、「魔法かもしれない」は必須。
前にICCで見た「コロボックルのテーブル」をもいちど見たい。
特殊なコースター越しにテーブルを観察すると、中で小人さんが動いている作品。
同じシリーズの「人魚の窓」と「フェザードフレンド」も出るとのこと。

東大駒場博物館は、毎回、思いがけないところを突いて来る。
今回もいかにもここらしい企画。
面白いかどうかの保証はあんまりない。
外すことも多いけど、他では見られないものが出てくることは確か。

美篶堂ギャラリーは、10月からのが鉱石関連、12月からのは以前、新宿のコニカミノルタギャラリーで見た、辻恵子さんの原画展。
雑誌のグラビアなどからはさみで人の形を切り抜くんだけど、それがポーズといい、服装といい、配色といい、まるで最初からそこに隠れていたみたいに自然なのだ。

「おもちゃのカメラとカメラのおもちゃ」は、カメラ専門の博物館の展覧会。
展示内容は、おもちゃのカメラ約100点とカメラのおもちゃ約100点。
飛び切り濃い解説がついていそうで、是非とも行ってみたい。
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2008/9/30  0:22 | 投稿者: 時鳥

ジョン・プリッチャード指揮、ジャン=ピエール・ポネル演出の「ファルスタッフ」を見た。
1976年のグラインドボーン音楽祭のライブだから、もう32年も前の映像だ。
なのに、今見ても古くないどころか、これまで見た10種類近い「ファルスタッフ」の中でトップクラスの面白さだった。
録音の質は良くないけれど、何しろ、音量を絞ってでも見たいくらいにポネルの演出が面白い。

ポネルの演出は過激ではないけれど、いつだって新鮮だ。
何百回何千回と上演された演目でも、この人の手にかかると必ず新しい何かが見つかる。
台本にも音楽にも書かれていない、でも、必ず存在するはずの一場面をこの人は軽々と描いてくれる。

オペラに限った話じゃないけど、物語には描かれない場面というものがある。
脇役某氏の思考だとか、主役某氏のおやつの献立とか、価値はあるんだけど話の流れの都合上、割愛されてしまうもの。でも、時間の経過や登場人物のやり取りなんかから、それが存在した事だけは確かにわかるもの。小説も映画も演劇も、そうしたものを含有している。
読み手や観客はそんなちょっとした謎や穴ぼこを、各々がおぼろげな推測で補足しながら先に進んでいる。
オペラの場合、その手の穴ぼこはもうあちこちに開いていて、真面目に考えると埋めきれないものだから、意識せずに飛び越すことに観客はもう慣れっこになっている。
その手の埋まらないと思っていた穴が、この人の手にかかるとあっさりと埋められる。
ほんのちょっとした仕草や無言の数秒の動きが、欠けていた物語を埋め、そして初めて、そこに穴があったことに気づかされる。

実例はたくさんあるけれど、幕切れ寸前がとりわけ面白く見逃せない。
1幕は、父親からカイウスとの結婚を申し渡されてショックを受けるナンネッタで終わる。
2幕2場に母親にこの理不尽を訴える場面があるから、その伏線になっている。
2幕ではファルスタッフを水に落したアリーチェが、ファルスタッフの旗をフォードの足元に転がして、恭しく一礼する。
妻が浮気をしたと思い込んで頭を抱えていたフォードは、そこですべてが誤解だったと気づいて笑い出すという仕掛け。
音楽が埋め切れなかった空隙がいとも易々と塗りつぶされる様に、唖然とする。
3幕1場の終わりは、ファルスタッフの不良従者バルドルフォとピストーラが、ドアの前でお互い道を譲り合う。
その様子と来たら2幕1場のファルスタッフとフォードの様子にそっくりで、つい笑みが浮かぶ。

3幕2場に至っては、最終曲のフーガの前に幕が完全に降りてしまう。
「人間みんないかさま師、最後に笑う者こそが最も笑う者なのだ」とフーガは歌う。
「最後に笑う者」は誰で、笑われているのは誰で、誰が誰にいかさまを仕掛けているのかってこと。
言葉で説明してしまうのはいささか惜しい。
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2008/9/29  0:07 | 投稿者: 時鳥

夜の丸の内を、カウパレードの牛を探しつつ歩いていた。
物陰に一頭見つけたと思ったら、大型バイクだった。
そういえば、大きさがほとんど同じだ。
念の入ったことに、白い車体に黒い座席だった。
間違った感嘆を禁じえない。
今なら違法駐車しても、牛模様のカバーを掛ければカウパレードの一環と思ってもらえるかもしれない。
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2008/9/28  23:55 | 投稿者: 時鳥

ザ・ペニンシュラ東京のガーゴイルを確認。
夜だったので心配だったが、ライトアップされていたので簡単に見つかる。
昼間よりもかえって見つけやすいかもしれない。
丸の内仲通りの有楽町ビル、新有楽町ビルの歩道から木の葉を透かして見上げる。

新有楽町ビルの前で馬の彫刻を発見。
「放たれた馬」、ロシアのラド・V・ゴーチャビーヅェの作品。
彫刻の森美術館の所蔵品で、どうやら毎年変わるらしい。

鳴き竜を求めて、東京国際フォーラムへ。
言われたとおり通路の真ん中で手を叩いてみるが、竜は確認できず。
そのうち再挑戦。
ついでに、ガラス棟の吹抜けを巡る回廊に、初めて足を踏み入れる。類例の少ない、非現実的な場所。
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2008/9/28  23:35 | 投稿者: 時鳥

松屋銀座の7階には、デザインギャラリー1953という小さなスペースがあって、年に10回ほどの企画展示を行なっている。
現在の展示は「WASARA-こころを潤す紙の器」展だ。
足を踏み入れて、息を呑んだ。
壁一面に紙の角皿が隙間なく貼り付けられている。
角皿は一隅がゆるく波打っていて、照明がそこに淡い陰影を作る。
障子の様で、障子よりも美しい。

WASARAは、紙皿や紙コップのシリーズだ。
丸皿、角皿、ボウル、コンポート、ワインカップ、コーヒーカップなど10種類の器が会場にあった。
どの器も流麗な曲線を持ち、上質すぎない曇った白の厚紙で出来ている。
安定感があって目に楽しく、正直、1回で捨てるには惜しい。
手にとった時の手触りが今ひとつだったのが傷といえば傷だけど、使い捨てという性質から和紙ではなく非木材紙にしているため、これは仕方がないのかもしれない。
使い捨てでも美しい物にしようって考え方は、個人的にはとても好き。
展覧会担当の原研哉氏が会場入口に寄せた言葉に、こんな一節があった。
「陶磁器とも漆器とも異なる、はかなさゆえのかたちと、紙ならばこその肌理が美しい」
強く同意。
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2008/9/28  11:58 | 投稿者: 時鳥

INAXギャラリーで、蜘蛛の網を集めた展覧会を見る。
青い背景に、蜘蛛の緻密な網がレースのように広がっている広告を目にした途端、見たいと思った。
大阪、名古屋と巡回して、やっと東京にまで来た。
広告の蜘蛛の網について、私はこれを、蜘蛛の網をそのまま写真に撮ったもので、どうやって背景を青くしたんだろうと少しばかり不思議に思っていたのだが、実はこれは蜘蛛の網の実物標本だった。
会場に、蜘蛛の網標本の採取方法を説明した映像が流れていた。
それによると採取したい蜘蛛の網を見つけたら、まず網全体に白のスプレー塗料を吹きかける。ゴミグモなどの網に常駐しているタイプの蜘蛛はあらかじめ逃がしておく。
で、黒か青に塗った厚紙全体に糊を塗り、後ろか下からそっとすくい上げるようにして蜘蛛の網を取り、糊が乾いたら透明ラッカーを吹き掛ける。
それから形を整えたり何だりをするとこんな標本ができるのだそうだ。

会場には、そうして採取した蜘蛛の網標本が数十、展示されていた。
蜘蛛の巣というとどれも大して変わらないような気がするが、こうして見ると蜘蛛によって糸の密度や形が随分違う。糸の粘り気もかなり違うのだそうだ。
また、同じ種類の蜘蛛でも、子供の頃は円形に近い網を作るが、大人になるとだんだん馬蹄形に近づいてくるとか、思っても見なかった事実がどんどこ明るみに出る。
ちなみに、蜘蛛の巣という言い方が日常でよくされるが、会場ではすべて「巣」ではなく「網」と表記されている。
蜘蛛にとって網は主に獲物をとるためのもので、蜘蛛自身は葉の裏なんかの別の場所に住んでいる事が多いのだそうだ。
獲物をとる以外にも移動や梱包など、蜘蛛にとって糸の用途は幅広い。

会場には、蜘蛛の狩猟活動の映像も流されていた。
私のイメージには、蜘蛛といえば網の真ん中に陣取っていて、獲物が網に引っかかったらわしゃわしゃと動いて捕まえるもの、という固定した印象があった。
そういう固定観念を持ってこの映像を見ると、度肝を抜かれる。
実際のスピードとはとても信じられない凄まじいスピードでダンゴムシを梱包し、担いで壁をよじ登る蜘蛛、獲物が側を通ると、ただの地面だと思ったところがぱっくり開いて獲物を引きずり込む蜘蛛、ハエに飛びつく蜘蛛、足の生えたおたまじゃくしを捕まえる蜘蛛に驚くと、次の映像ではカエルを抱え込んだ蜘蛛がいる。
と思うと、木の枝か何かにぶら下がって、何やら振り回している蜘蛛がいた。「粘球」というのだそうだ。
赤塚不二夫の漫画に出てくる鼻水、先が丸く膨らんで振り子状態になっているあれを想像してもらえれば話が早い。
あれを振り回して、獲物がかかるのを待つ。なんとも気の長い話だ。
あとは、網にかかった獲物を最終的には粘球でからめとるタイプの蜘蛛もいるそうだ。

多様な蜘蛛も、それを観察する人々の視線も楽しい。
知的好奇心を満足させるっていう点ではまさに言うことなしの展覧会だったが、そうした知識面をさておいても、そこら中に展示されている蜘蛛の網の美しさ、不思議さに見惚れる。
実用的で美しい。工芸品に限りなく近い。
蜘蛛の網標本でひとつだけ残念だったのは、紙である以上、平面でしか採取できないってことだ。
ドーム状などの立体的な網も平面にならざるをえない。
おそらく、採取する人たちも悔しがっているのだろう。
松谷みよ子の『オバケちゃん』に、オバケちゃんのママが蜘蛛の糸で編物をするくだりがあった。
コップの形を編んでふうっと息を吹きかけると、凍ってコップになるんだけど、もし、そんなふうに蜘蛛の網をそのままの形で簡単に採取する方法があったら、この人たちはさぞ喜ぶことだろう。
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2008/9/28  1:35 | 投稿者: 時鳥

銀座松屋の裏に、野の花専門の花屋がある。
銀座中心部にありながら、緑で充たされた店先は真夏でも涼やかで、一年中、瑞々しさが通りにまであふれている。
近くまで来たので、立ち寄った。

花の色よりも緑色が強く主張する店先だ。
見ても名前がわからず、かつ、気に入って名前を覚えたいと思った植物を手帖に控える。
簡単な説明付きの備忘録。

ダンギク:
団菊・・・ではなく、段菊。
白い細かな花が丸く集まって咲いた下に、同じ白い花がひとまわり大きなドーナツ型を作って咲く。
段ができるから段菊。
ひとつひとつの花は非常に小さく、おしべが花びらよりも長く伸びている。
実際にやりはしないが、握ると手のひらがこそばゆくなりそうな感じ。

糸ススキ:
糸のように葉の細い、華奢な薄。
華奢な秋草と寄せ植えにするとバランスがいい。

ガマズミ:
名前はよく聞くけど、実物を覚えていない植物のひとつ。
赤い実。帰って調べたら食用だった。

水蓮木:
紅色を帯びた、睡蓮に似た花が枝について咲いている。
どうしてこの花が木に、という不思議ばかり大きくて、葉の印象が残らない。

岩しゅじん:
紫の釣鐘型の花がつく。
花の縁は外側に反らないので、ベルよりは寺の鐘に近い花の形。
模様なしのシンプルな紫とあいまって、気取りのない印象。

植物の名前は、店頭の表記のまま。
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2008/9/27  23:41 | 投稿者: 時鳥

奥野ビルのAPS(a piece of space)で、松本秋則さんの展示を見る。
全く知らない作家さんだったし、事前に写真すら見ていなかったけど、どこかで見かけた数行の案内文が気にかかって足を運んだ。

小さな部屋には、「ハミング・バード」という作品だけが展示されていた。
持ち帰ったDMには、「鳥籠に囚われた白い鳥と極彩鳥が、時折狂ったようにさえずる白昼夢の世界」とある。
よく覚えていないけれど、私が見た案内文にも確かこのフレーズがあった。
確かに、そんな作品だった。

真っ白な部屋だった。
およそ4メートル四方の部屋は、壁も床も天井も真っ白に塗り込められていた。窓もない。
白い羽を持つ鳥のような機械が20羽近く、宙に吊られている。
竹の鳥籠に入っているものもいれば、剥き出しのものもいる。
いずれも足に当たる部分に古びた鈴をつけている。
床に近いところには、鮮やかな尾羽を持つ鳥が1羽だけ吊られている。
別の種の機械の鳥らしい。
足に当たる部分には鈴の替わりに銀色の棒が付けられ、床には茶碗が沢山置かれている。

不意打ちで、白い鳥が震える。
ちりちりと古びた音がする。
一羽一羽、鈴の音は違う。震えるタイミングも違う。
寂びた鈴の音は紬の糸のように太くなったり細くなったりする。

地面に近いも不意打ちで鳴く。
この鳥は震えるのではなく、揺れる。
足につけられた金属の棒が茶碗に触れて、こすれて、叩いて、音が出る。
茶碗の音もそれぞれに違う。

震える鳥を目で追い、音の厚みを耳で吟味する。
機械生物だけの森があったら、きっとこんなエリアがある。
有機的で人工的で、安らぐ時がある一方で、悪酔いをする時もある。

部屋を出てから、階を隔てた階段の下でフリーペーパーをめくる。
階上からもれてくる綺麗で不思議な空間を、耳をそばだてて自分の中に取り込む。
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2008/9/27  10:11 | 投稿者: 時鳥

しばらく前に書いた「ご老体本。」のオペラ版を書いてみる試み。

ドン・パスクァーレ
ドニゼッティ「ドン・パスクァーレ」のタイトルロール。
若い頃からあくせく働いて、老人になって小金が出来たから若い嫁でももらおっかな、って気になった。
友人の紹介でもらった嫁が典型的な鬼嫁だったという、よくある、でも、あまりに酷い話。
ろくでなしの甥っ子に財産を譲りたくないから、自分の子供が欲しい。自分には金もある。だから嫁をもらおう。
至って筋の通った思考だ。
堅物すぎて女を見る目がなかったのが問題っつっちゃあ問題だけど、人の紹介でろくすっぽ本人に会わずに結婚するなんて、この時代、いくらもあったことだと思う。
それで失敗した例は実際に掃いて捨てるほどあったろうが、それにしてもこのノリーナは酷すぎる。
諸事情から一芝居打っている面もあるから、本性はここまで酷くないと信じているけど、まあ、ドン・パスクァーレの老後は当分にぎやかなことだろう。

元帥夫人
リヒャルト・シュトラウス「薔薇の騎士」より。
舞台はマリア・テレジア統治下のウィーン。
陸軍元帥を務める侯爵を夫に持つマリー・テレーズは、身分だけでなく、美貌、才気、品格、教養のすべてを兼ね備えた、一流の貴婦人。
設定によると、年齢は32歳未満。
優雅で聡明で美しい彼女は老人ではないけれど、年の離れすぎた夫との空しい結婚生活を嘆き、鏡をのぞいてはこめかみや顔立ちのどこかに浮かぶ老いを憂い、老人になった自分を想像して怯える。
若い愛人との情事に耽りながらも、空しさを覚えずにはいられない。
いつも満たされず、埋めようと努力もせず、与えられたものだけ手にしてあきらめている。
見た目はともかく、その心ばえがすでに老いている。

ファルスタッフ
ヴェルディ「ファルスタッフ」より。
これは逆に、往生際の悪い老人。
死ぬまで色気やら俗気は抜けないだろうけど、いざ死の床に就くと文句ばっかり言いながらも満足そうな死に顔を見せてくれそうな人。
勘定を踏み倒したり、2人の人妻に同じ文面のラブレターを出して二兎追うものは一兎も得ずだったり、しかも、それがどっちも財布の紐を握っている美人の人妻で、狙っていたのは金と美女の両方だったとか、逢引に出かける時の格好が大時代だとか、大酒のみだとか、問題を挙げればきりのない人だし、父親だったら迷惑かも、と思うけど、妙に愛敬があって憎めない。
山気たっぷり、愛敬たっぷりの迷惑なご老体。
ヴェルディ、80歳のオペラ。そういう意味でもご老体。

まだまだいるけど、ひとまず3人。
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2008/9/26  1:29 | 投稿者: 時鳥

遠方より来る人あり。
1泊2日なのに、随分大きなキャリーバッグを引きずっている。
理由を尋ねると、大きな鞄がそれしかなかったのだそうだ。
大きな鞄がないのなら、
「ヨドバシの紙袋で来ればよかったのに」。
そう口にすると、彼の地には県境をいくつか越えないとヨドバシがないと言われた。



数時間経ってから、ちょっとマリー・アントワネットみたいなやり取りだったと気付く。
微反省。
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2008/9/25  12:46 | 投稿者: 時鳥

人が少なくなった途端、空調が妙に効きはじめた。

「空気読めねえエアコンだな」

八つ当たり気味に毒づいて、それはエアコンとして致命傷だと気付いた。
空調生命を絶たれる恐れさえある。
それに比べれば扇風機の方が、空気を読む必要がないだけ、まだ楽な生き方かもしれない。
蹴られたり小突かれたり遊ばれたりするけど。

もっとも、彼か彼女の名誉のために言わせてもらえば、
急激な状況の変化に対応できなかっただけで、
別段、問題のあるエアコンじゃない。
単なる八つ当たり。
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2008/9/24  9:25 | 投稿者: 時鳥

時を刻む、と言う。
よく使う表現だが、頭の中で転がしてふと、どれくらいの大きさに刻んでいるんだろう、と思う。
頭に浮かんだイメージとしては、時はぬるっと長い、切れ目のないかたまりで、「時を刻む」はそれを手頃な大きさに切るような感じだ。
刻まれた時は、日、時間、分、秒などと呼ばれる。

問題は、「手頃な大きさ」が今と昔では随分違ってしまっているように思えることだ。
30年前と比べても、厚さ1cmの輪切りが厚さ3mmの銀杏切りになったくらいには、刻みが細かくなっている。
例えば、以前なら30分刻みで行動していたのが5分刻みで行動できるようになる。
1時間2パーツだったのが12パーツになるわけだから、その分、色々なことが出来るような気がするし、事実、そうしてできるようになったことも沢山ある。
でもそれは、2パーツ1時間でやっていたことが10パーツ50分で完了して、残り10分を別のことに使えるってだけで、2パーツ1時間が2パーツ10分で出来る訳じゃない。
パーツの数が増えても、一人一人の持っている時の絶対量は何も変わっていない。
時の量は変わらないのに、数だけが増えていき、量まで増えたような錯覚を覚える。
はっきりした説明はできないが、非常に奇妙に感じる。
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2008/9/23  23:19 | 投稿者: 時鳥

食べられる爪楊枝というものがあるそうだ。

電車内のテレビでそんな情報を目にする。
前後があった様だが、たまたまそこだけ見たところで降りる駅に着いてしまった。
階段を上がりながら、食べた爪楊枝が歯に挟まったら何で取るんだろう、と不思議に思う。

その後、もう一度電車に乗ることになった。
乗り込むやいなや、テレビの真下に陣取って、わくわくてかてかと再放送を待った。
そうして得た情報によると、この爪楊枝は韓国のもので、元々は残飯を餌にした家畜が傷つかないようにと考案されたものだそうだ。
とうもろこしや穀類のでんぷんでできているため、水に溶けやすく、食べても害がない。
害がないだけで、別に食べなきゃいけないものではないらしい。
ってことは、歯に挟まってもそのうち溶けるんだろう。多分。
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2008/9/22  22:17 | 投稿者: 時鳥

赤塚植物園で観察。

キキョウ科。
高さは一番高いもので約160cm。
葉はやわらかそうに見えるが意外に固く、ぴんと張りがある。
花弁は5枚、色は濃紫。
花の形は、人差し指、中指、薬指を思い切り手のひら側に倒し、親指と小指はできるだけ後ろに反らせた様子に似ている。
人差し指から中指にかけての花弁は紡錘状、親指と小指はしべのように細くなっている。
甲側の手首の中央に先の曲がるストローを置き、先は甲の方に曲げて、腕時計のバンドではさむ。
これがめしべとなり、手首をやや前傾させるとサワギキョウの花の形に似る。
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