2009/4/30  23:44 | 投稿者: 時鳥

INAXギャラリーで「チェコのキュビズム建築とデザイン1911-1925」展を見る。
タイトルを聞いただけでは、どんな展覧会なのか皆目見当がつかなかったが、INAXギャラリーという場所を信じて行ってみる。
結果は、大当たりだった。流石、INAXギャラリー。常に裏切らない。

キュビズムと言うと、一般に良く知られているのはピカソやブラックの前衛絵画だが、チェコでは何と、その考えを建築物に持ち込んでしまったのだそうだ。
こうして生まれたのが、前面に結晶体や角錐体、幾何学パターンを散りばめた、初期のキュビズム建築である。
無愛想な素材に鋭いカッティングが施された壁面は、正直、目眩がするほど格好がいい。
紹介されていたのは、ヨゼフ・ホホル、ヨゼフ・ゴチャール、パヴェル・ヤナークの3人で、今もチェコ国内に残る作品の数々が写真で紹介されていた。
個人的には、ヨゼフ・ホホルの作品が特に気に入った。
コヴァジョヴィチ邸の窓周りが素晴らしい。

初期キュビズム建築は1918年、第一次世界大戦終結の頃まで続き、以降はナショナル・スタイルとかロンド・キュビズムとか呼ばれる、明るい彩色の円筒やアーチを多用した形式に変化する。
こちらの建築の写真もあったが、個人的にはまったく食指が動かなかった。
また、インテリアや食器も、豪華になるにつれて興味が持てなくなる。
自己分析すると、どうやら、無骨と簡素と洗練が三つ巴で紙一重なところに魅力を感じているらしい。

いい展覧会なだけに、会場の狭さが惜しい。
もっと見たいと思っていたら、会場近くの壁にポスターが貼られてるのを見つけた。
チェコ共和国大使館内でも、同種の展覧会の最中だそうだ。
大急ぎでメモを取る。
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2009/4/30  21:36 | 投稿者: 時鳥

カーネルサンダースが紙の鎧を着ていた。
端午の節句に向けての戦闘服と思われる。
段ボール製らしく、箱の蓋部分の長方形をざくっと切り取って、青い絵具を思い切りよく全面に塗りつけたようなものが、肩や腰に付けられている。
もしかしたら、付近の幼稚園か保育園で制作したものなのかもしれない。
色無地で小札がないから、あまり鎧らしくはない。
武士よりはむしろ、超合金ロボの領域に足を突っ込んでいるように見える。
朝っぱらから深い脱力感に満たされる。
長い長いため息をつきつつ四歩歩き、あることに気づいて振り返った。
このカーネルさん、鎧の下がサンタ服だ。
年末商戦の名残らしい。
脱力感が深まる。
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2009/4/29  22:57 | 投稿者: 時鳥

地球儀に目が留まった。
私は今、外側から地球儀を見ている。もし内側から見たら、どんな風に見えるのだろう。
そんなことをふいに考える。
考えた途端、意識が透明な地球儀の中に入って、裏返しの地球を見上げていた。
見下ろすなら、頭が北の場合、右が東になる。見上げるなら、右は西になる。
世の中の地図というのは、地上から地面を見下ろした状態の図なのだと、初めて気づく。

見上げた状態の地図を想像する。
その地図が、どんな風に使われるかを想像する。
普通の地図を見る時、人は下を向いて地図を広げるが、見上げた地図はきっと、上を向いて広げられるだろう。
ここで疑問が浮かんだ。そもそもこれは地図なんだろうか。
地下から地面を見上げる図なら地図と呼んでも差し支えない。
だが、地上から見上げた図だと、見ているのは地面ではないから地図と呼ぶのは語弊がある。
では、何を見上げた図だろうか。
空、星、雲、高層建築、屋上。つらつら並べてひらめいた。電線だ。
道路の代わりに電線が載った専門地図。
電線を頼りに目的地にたどり着ける地図とは面白い。
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2009/4/29  22:22 | 投稿者: 時鳥

電車の中で人様のバッグを見て思いついた商品。
バケツ型のバッグで、床に置いて遠くから見ると、火焔型土器に見える可能性が0.1パーセントくらいはある。
素材は、土器らしさに重点を置くなら皮かもしれないが、加工が困難、かつ、洒落にしては価格が高くつきすぎるので、人工皮革かビニールが適当と思われる。
無理に土器に似せず、土器模様のトートバッグにしても面白いかもしれない。
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2009/4/28  23:59 | 投稿者: 時鳥

手帳のシャープペンシルは、何年も前からキャップがなかった。
キャップはキャップでも、なくしたのは消しゴムをカバーするキャップの方で、芯を収める筒をふさぐキャップは無事だった。だから、消しゴムが使えないのと見た目が良くないのさえ気にならないなら、使うにまったく問題はない。
それで数年間使い続けてきたのだが、小さな違和感がこつこつと溜まっていたらしい。
ある日、とうとう閾値を超えたらしく、いきなり、新しいシャープペンシルを探す気になった。
大きな文具屋で、手帳用のシャープペンシルを数種類見つける。
手帳と長さと太さのバランスが取れるものを何本か選んで、さて、何色にしようと見比べる。
手帳は濃い赤、古いシャープペンシルも赤だ。
銀、黒、赤、白、緑、比べてみるとやはり赤が合う。
赤に決めて、残りを棚に戻しかけてふと気づいた。

手帳を選ぶ時も確か、ペンに合うからという理由で赤を選んだ。

棚に戻しかけたものを手元に引き寄せた。
それは、共依存とか呼ばれるんじゃないだろうか。
ペンは手帳に依存し、手帳はペンに依存している。
手帳とペンの関係としては悪くないけど、私まで引きずられるのはいささか不本意だ。

もう一度選びなおす。
結局、銀のシャープペンシルを選んだ。
手帳に差すと、相性にやや隙間がある。
同じクラスになったから行動を共にするようになったグループ仲間みたいな関係。
クラス替えがあれば他人になる可能性も高い。
来年の手帳はきっと、銀のシャープペンシルに合うものになるだろう。
何を選ぶか自分でもわからないが、それが不安で楽しみな点でもある。
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2009/4/27  23:48 | 投稿者: 時鳥

隣に座った乗客の膝に、野球帽がのっていた。
つばの裏にマジックで「天真爛漫」と書かれている。
本気か諧謔か、しばし悩む。
目指す境地を書いたと考えるのが普通だろうが、天真爛漫は目指すものではないような気がする。
そもそも、目指した時点で天真爛漫ではなくなるのではないだろうか。
それとなく持ち主を確認すると、坊主頭の高校生だった。

私の知らない意味があるのかもしれないと思い、帰宅して漢和辞典を調べてみた。
「自然な気持を飾らず、そのままをことばや行動に表わすこと」とある。
考えていた通りの意味だ。
意味を深く考えないで書いたのかもしれない。
自信がないが、そう思うことにした。

たまたま電車に乗り合わせただけの人物がどんな事情でこんな言葉を書いたのか、結局はわからない。
ただ私には、それが天真爛漫の対極にある人物が反動で書いたもののようには見えなかった。
また、天真爛漫な高校生というのは、私にしたら気持ちが悪い。
ましてや、天真爛漫であろうとする男子高校生に到っては、申し訳ないが薄気味悪いとさえ感じる。
天真爛漫であることを周囲から求められていて、本人も逆らえないという状況。
考えた中で一番ぞっとした状況はこれだった。
それくらいなら、意味はよくわからないけど、知っている四字熟語をとりあえず書いてみましたと言われるのが、こちらとしては一番安堵感が大きい。
まあ、本人に知られたら、勝手に想像して勝手に安心してるんじゃねえ、と怒られそうなものだけど。
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2009/4/26  0:39 | 投稿者: 時鳥

金魚図鑑をひととおりめくり終えたので、デパートの屋上に金魚を見に行く。
熱帯魚水槽には見向きもせず、ひたすら金魚を見つめつづける。
あ、キャリコ、とか、おや、水泡眼だ、とか、本で見た金魚を実際に観察して、興がる。
水槽の前で大事なことに気づいた。本を見ていた頃から薄々は気づいていた。
どうも私は、金魚があまり好きでないらしい。
ひっくり返って泳いでいるのを見ると、ぎょっとする。
好きではないけれど、逆に言えば、だからこそ、知識を得ておいてよかったのかもしれない。
好きなものは知識がなくても充分楽しいが、好きでないものは知識でもなければ面白がることができない。
知識を仕入れたおかげで、私にとって金魚は、好きではなく関心もない魚から、好きではないけど関心はある魚になった。
もうひとつ付け加えるなら、金魚は好きではないけれど、デパートの屋上で金魚を観察するって行為は割りと好きなことにも気づく。
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2009/4/25  12:54 | 投稿者: 時鳥

こんな夢をみた。

どこかの廊下を歩いている。
公共施設の一種らしく、床は白っぽい大判のタイル張りで、内装もやぼったい。
館内は無人ではないが、何人かとすれ違う程度で、人の気配はあまりない。
私はここに、遊びに来ている。

メールが届いているのに気づいて、携帯を開く。
充電したばかりなのに、もう電池の残量が心もとない。
メールは、母からだった。
タイトルからすると父に何かあったらしい。
慌てて開く。

林の中。仰いだ先では木の枝から若葉がふんだんに伸びている。
淡い葉が重なり合い、木漏れ日が濃淡の緑に染まる。

そんな写真を背景に、黄緑色の文字が並んでいる。
おそろしく読みにくい。
その上、携帯では荷が重いらしく、画面がちらつく。
どうやら、HTMLメールがそのまま届いてしまったようだ。

読むのを諦めて、焦って公衆電話を探す。
入口近くに灰色の電話が見つかった。
テレホンカードを滑り込ませ、番号を押す。
急ぎすぎて指がもつれる。
何とか押し終えて、ディスプレイの番号を確認して、愕然とする。
正確に実家の番号を押したはずのに、表示された番号が違う。
反射的にかけ直しボタンを押す。
ダイヤルをよく観察する。ランダムな配列になっていた。
じっくり確認して、番号を押しなおすが、5回くらい間違える。
焦れて、受話器を置く。

見回して、別の電話を探した。
売店の前に見つかる。
受話器を上げてテレホンカードを滑り込ませる。
左上がゼロ、次の段に「3」だの「46」だの「45」だののダイヤルが並んでいる。
市外局番が押しやすいよう、工夫された電話らしい。
3段市外局番が並んだ後に、普通の数字ダイヤルが並んでいる。
実家の番号を押す。ディスプレイを確認する。
ほとんど正解だが、1、2箇所だけ違う。
またかけ直しボタンを押して、ダイヤルを観察する。
5の次が7になっていた。
7のダイヤルを押すと6、以降、1ずつずれるらしい。
かけなおすが、やはりうまく行かない。
仕切りなおそうと受話器を置くと、テレホンカードで入れたのに硬貨で戻ってきた。
じゃらじゃら。
あ。祖父さまの形見のテレカだったのに。
10円玉をいくつか拾い上げて、コインの穴に滑り込ませる。
受話器を置いたままだったので、ストレートに戻ってきて、返却口に残されていた100円玉や50円玉に埋もれる。

ここで目が覚めた。
不安に駆りたてられ、真っ先に携帯電話を確認する。
着信履歴なし。
安堵して布団に沈みこむ。しばらくぼんやりとする。
そして、つぶやいた。
「ありえねえ」
ふつふつと笑いがこみ上げる。
その公衆電話と携帯メールは、いくら何でもありえない。
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2009/4/24  22:44 | 投稿者: 時鳥

手の表と裏にまんべんなく石けんをこすりつけ、蛇口に手を近づけると、水が流れ始めた。
石けんを洗い落としながら、周囲に水が跳ねないよう、両手を洗面台のボールのやや深い所まで持っていく。
と、突然、水が止まった。
手を少し上にあげると、また水が流れ始める。
再び深い所に落すと、また水が止まる。

洗い終えて、水の止まった蛇口を横から観察する。
蛇口の水の出る場所の真上にセンサーがついている。
試してみると、センサーから約10cmが水の出る境界線らしい。
低いところで手を洗う習慣がついている人だと、すぐに水が止まる仕組みだ。
蛇口に近いところで洗えば水は止まらないが、かわりに洗面台が濡れる。
こういうセンサーは排水溝の辺りにつけると、使う人のお行儀がよくなると思う。
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2009/4/23  23:51 | 投稿者: 時鳥

金魚の図鑑をめくっていると、配色の呼び名を記載したページにぶつかった。
黒に白、色素の欠けたアルビノ、透明鱗に紅白で桜、茶金は渋い赤のこと。
赤と白のまだらは更紗、赤白黒をキャリコ、全身透明鱗のものをシルクと呼ぶのだそうだ。
配色を表すのに織物を持ってくるところが面白い。

頭の中で転がして、織物の名前がついた理由を考えるともなく考える。
どれも涼しげな織物だと気づく。
だが、更紗とキャリコに比べて、シルクには現代的な響きがある。
想像する。
もしも、江戸時代の人が全身透明鱗の金魚を見たなら、どんな名前を付けただろう。
透明鱗は、鱗が半透明に透けていて、内側の赤や黒がちょうど薄布やトレーシングペーパーを重ねたようにかすんで見える。
織物で名付けるなら、羅か紗か絽が適当ではなかろうか。

金魚とは直接関係内が、調べていて不思議に思ったことがある。
羅は薄い絹織物のことで、紗は夏用の透ける織物なのに、どうして羅紗は分厚い毛織物になるのか?
そのうち調査。

閑話休題。
もっとも、更紗もキャリコもシルクも、羅も紗も絽も、それぞれに涼しそうな名前だが、何といっても一番涼しいのは、赤一色を示す呼び名だと思う。
その名も「素赤」と言う。
まるで素足に直接引っかけた下駄の赤い鼻緒みたいな涼やかさがある。
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2009/4/22  22:22 | 投稿者: 時鳥

仕事を頼まれた。期限を尋ねると、5月末だと言う。
ちょっと考える。
現在手持ちの作業に持ち込まれた分を加算し、総作業量をざっと算出する。
無理ではないが、適正な作業量と言うにはやや多い。
もうちょっと考える。
スケジュール帳をめくりつつ、尋ねてみる。
「旧暦になりませんか?」
今年は閏五月があるので、ある意味、7月21日火曜日まで5月だ。
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2009/4/21  23:18 | 投稿者: 時鳥

「すみません、記憶が断片化してまして」

私に向けられたのではない台詞が、耳に引っかかった。
そうか、断片化か。最適化は出来るんだろうか。
キーボードを叩きながら、反射的に考える。

別のことを考えながら、頭の隅でしばらく思考が動いていた。
挙句、思った。
だから人間は年を取るにつれて物忘れが多くなるんだろうか。

ハードディスクというのは、記憶と消去を繰り返すと次第に処理速度が落ちる。
たとえば、記憶する物事が10個あったとして、最初は1箇所に10個をまとめて記憶できていたのが、記憶と消去の繰り返しにより、まとまって10個空いているところがなくなる。
そうなったら相席の要領で、3つ、4つと空いている所に押し込んでおき、使う時にはまた3つ、4つと拾い集めて10にする。
ひとまとまりに格納していた時と比べて余計な手間が増えるから、当然、読むのも書くのも遅くなる。
その問題を解消するために、最適化とかデフラグとか呼ばれる処理を行なう。
この処理によって、歯抜け状態になっていた記憶たちは、離れ離れになっていた仲間を探し出してグループを再結成し、整列して、間に空席が出来ないよう、詰めあって座りなおす。
かくして処理速度は回復する。

だけど、人間には最適化の機能はない。
それで年を取ると記憶力が落ちるのかもしれない。与太だけど。
人間が眠っている間、脳は記憶の整理をし、その結果が夢になる。そんな話を以前聞いた事がある。
だとしたら、睡眠は生物にとっての最適化処理で、だから寝不足は処理効率が落ちるのかもしれない。やっぱり与太だけど。
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2009/4/20  23:32 | 投稿者: 時鳥

お散歩の種を探していたら、分類しにくいイベント情報をいくつか見つけた。
とりとめがないけど、何か面白そうなのでご紹介。



4/24,25 10:00〜13:00
サントリーホール、ルーフガーデン特別公開

5/15 18:00〜20:00
東京工業大学(場所未定)で石井勢津子講演会
「ひかりを紡ぐ ホログラフィーアートの楽しみ方」開催。
http://www.cswc.jp/lecture/lecture.php?id=66

6/6 11:00〜13:00
東京農業大学、食と農の博物館で
公開講座「エゾシカ肉の成分特性」とエゾシカ肉試食会を開催。
11:00〜12:00公開講座、12:00〜13:00試食会



東京工業大学は5月末にもホログラフィー関係の学会(?)会場になっている。
ホログラフィーの特別展示とか、何かやってくれそうなので、しばらく網を張っておく。

ついでに、展覧会情報も6件ご紹介。
右側のリンクから入った先は、たぶん、明日に更新される・・・はず。



渋谷・東急本店7F催事場(渋谷)
「皇室のご慶事のかたち ボンボニエール」
期:5/1〜5/6 10:00〜19:00(無休)
※明治から平成にかけてのボンボニエール180点。
 
横浜市歴史博物館(センター南)
「海賊−室町・戦国時代の東京湾と横浜−」
期:4/4〜5/10 9:00〜17:00(月休み)
 
ナミノウエ(日本大通り)
「横浜FUNEプロジェクト」
期:4/28〜5/26 11:00〜20:00
※会場は大さん橋ホール。
横浜各地の造船所でワークショップを開き、制作したFUNE121艘を展示。
 
虎屋ギャラリー(赤坂見附)
「子どもとお菓子」
期:5/17〜6/16 10:00〜17:30(無休)
http://www.toraya-group.co.jp/gallery/dat01/dat01_022.html
 
日本科学未来館(船の科学館)
「お化け屋敷で科学する!― 恐怖の研究」
期:4/22〜6/22 10:00〜17:00(火休み)
※メディアラボ第3期展示「博士の異常な創作」〜5/11
 
Bunkamura Museum(渋谷)
「だまし絵 イリュージョンを楽しむ」
期:6/13〜8/16 10:00〜19:00 金土〜21:00(無休)



ボンボニエール展は、今日入手したばかりの獲れたて情報。
これだけ大量のボンボニエールが出品される機会は珍しい。

さて、冒頭でもちらりと申し上げましたが、
ただいま、お散歩ツアーの企画を練り始めています。
いずれ、妙なお誘いが舞い込む可能性がありますので、
お心当たりの方はご注意ください。
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2009/4/19  23:44 | 投稿者: 時鳥

もしかしたら、肺呼吸では不可能なメカニズムで発声していたのかもしれない。
もしくは声帯以外の、人間にはない器官で発声していたとか。
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2009/4/18  21:53 | 投稿者: 時鳥

上野の国立西洋美術館で開催中の、ルーヴル美術館展のチケットをもらった。
来週の金曜日まで有効のチケットだ。平日には行けなかったので、土曜日に足を運ぶ。
混んでいるだろうとは思ったが、昼頃に到着すると、入場まで20分待ちとあった。
おとなしく列に並んだ直後、疑問が浮かんだ。
ここで20分待って入場して、非常に混みあった展示室で人の隙間からルーヴルの名品を見るわけだけど、果たしてそれは本当に楽しいのだろうか。

絶対つまんねえ。

即答だった。
そんなの疲れるだけだ。
それくらいなら向かいの東京文化会館の資料室で、オペラの映像でも見ていたほうがよほど面白い。
すっぱりと列を抜ける。
とはいえ、今は昼過ぎ、資料室は13時開室である。
1時間ほど時間を潰さなければならない。さてどうするか。

やっぱりここは化石だろう。

またしても即答だった。
というわけで、上野の山を降りて上野松坂屋にビル化石探しに行く。
事前調査をしていなかったのでなかなか見つからなかったが、本館の階段でカヘイセキを見つける。
道路を隔てた南館にも探しに行く。
1階エレベーターホールの壁を目にして、「うぉー」と呟く。
濃いオレンジ色に白い斑入りの壁。この壁はいる。
見上げると、頭上に白いテープで囲まれたアンモナイトがいた。
静かに満足。

屋上を軽く回って金魚なぞぼんやり眺めてから上野の山に戻り、東京文化会館の資料室でオッフェンバックの「パリの生活」のDVDを観る。
1991年、リヨン国立歌劇場のライブ録画。
男爵役の歌がいまひとつ。アンサンブルに混じると、急に音楽が曇りはじめる。
もしかしたら本職の歌手じゃないんだろうか。
でも、見るからに父ちゃん坊やという外見と演技はこの役に合っている。
歌は、手袋屋のガブリエルが出色の出来。靴屋のフリックもまずまず。

帰りに図書館に寄り、金魚図鑑を借りる。
松坂屋の屋上で見たらちょっと気になり始めた。
いつものことだけど、我ながら安い遊びをしていると思う。
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