2009/8/31  23:59 | 投稿者: 時鳥

空飛ぶムササビはおよそ70cm四方で座布団の大きさ、
空飛ぶモモンガはおよそ30cm四方でハンカチの大きさ。

しばらく前、動物園でこんな解説板を見た。
座布団に座ってキーボードを叩きながら思う。
それはかなり大きな座布団だ。
ためしに床の上に70cm四方を描いて座ってみる。
広すぎて、途方に暮れる。むしろひざ掛けに近い。
巻尺を70cmに広げて、頭の上を通してみる。
モモンガサイズならともかく、ムササビサイズはどう考えても怖い。

そういえば、ももんがあという妖怪がいたことを思い出す。
むささびという妖怪は聞いたことがない。
調べてみると、ももんがあはムササビのことらしい。
野衾とも呼ばれる。空飛ぶ夜具。

連想がひょっこりと動き始める。
幼い頃、朝になると布団があらぬ方へ移動していた。
あれはもしかするとムササビの化けた布団で、夜中に勝手に動いていたのかもしれない。
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2009/8/31  0:37 | 投稿者: 時鳥

言葉によってモノを作る作業。
各種の言語が材料になり、手段になる。
言葉を重ねて、ロジックを積み上げて、システムというモノを作る。
植木の剪定作業のように、伸びる余地を考えて構造を決める。
頑丈で手入れがしやすいよう、無理のない文脈を組み立てる。
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2009/8/30  23:56 | 投稿者: 時鳥

副題は、「あなたの迷いを晴らす80のメッセージ」。
一度たりとも迷った覚えはないけど、たまにはこういうのも面白いかと、読む。

題名には完全に同意。
「それでも」と言わざるを得ないような仕事で、万人には勧めないけど、向いている人には掛け替えのない商売。
内容は完全には同意できない。ただ、システムをめぐるあれこれのエピソードには、「ああ、あるある」と頷きつつ読む。
ちょこちょこと引っかかる中では、特に超過勤務に関する考え方に引っかかりを覚える。
確かに、残業はして当たり前の商売だけど、しないほうがいいに越したことはない。
仕事がなくて退屈で死にそうなのより、毎日午前様のほうがまだましだと思うが、一日きちっと働いて、定時で上がれるのが一番いい。
残業やら徹夜やらは必要に応じて仕方がないにしても、残業しないと真面目に働いていないみたいな職場は、職場としておかしい。
個人的には、腰痛肩こり眼精疲労、ストレス性の各種疾病と心の病は職業病みたいなもんだと思っている。それでも、疲れたり病んだりするのが目的で仕事をしているのではない。

SEとは、「オタクでなければなれない職種であり、オタクでなければなろうとさえ思わない職種」なのだそうだ。
その通りだと思う。ただし、オタクである分野はコンピューターとは限らないと思う。

『それでも素晴らしいSEの世界』岩脇一喜  日経BP社
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2009/8/29  23:23 | 投稿者: 時鳥

中華街に行く用事があったので、ついでに横浜の地サイダーを探す。
首尾よく3種類発見。流石私。自画自賛。
内訳は以下の通り。

横浜サイダー 330ml 130円 川崎飲料(株)
湘南サイダー 330ml 150円 川崎飲料(株)
オリツルサイダー 340ml 178円 坪井食品(株)

上2品は、神奈川県産の物品販売や観光案内をしているアンテナショップ、かながわ屋で入手。
オリツルサイダーは日本大通り駅のスリーエフで入手。
買って冷やすまでで今日は満足したため、味の確認は未着手。
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2009/8/28  23:24 | 投稿者: 時鳥

「街中でも、道に迷ったばかりに交通事故にあったというニュースを新聞で見かける。」

「地図は使い方を誤ると大変危険である」という論旨の文章の中で、こんな一説を読んだ。
きょとんとする。
少なくとも私は、そんな記事を見た記憶がない。
道に迷って交通事故に遭う人と、道に迷わなかったばかりに交通事故に遭った人を比較すれば、数の上では間違いなく後者のほうが多いだろう。
道に迷った人と迷わなかった人の中でそれぞれ交通事故に遭う割合を比較するなら、あるいは、前者のほうが多い可能性はあるけど、それでもさほど大きな違いとは思えない。
しばし首をかしげる。思い至る。
熊や狸や犬猫の話をしているなら、理解できる。
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2009/8/27  23:15 | 投稿者: 時鳥

『地球と一緒に頭も冷やせ!』を読んでいた。温暖化問題は本当に問題で、解決策は本当に二酸化炭素削減以外にないのか、ということを問い直した本。
「現状推移継続シナリオでの予想気温上昇、2000-2100年」と題されたグラフの下にあった一節。
これを見ると、一世紀で地球の平均気温が約二・六度上昇することがわかる。

ふんふんと頷いた。続きにこうあった。
でも、地球平均で生活している人なんていない。

思わず吹き出した。
確かにその通りだ。しかも期間は一世紀。

でも、平均ってそういうものだ。
笑いを収めた後で、不意に気づく。
全部を集めた真ん中にはいつだって、誰もいないし何もない。
人々がひしめきあう講堂の真ん中で、ひとつだけ空いている席のようなもの。
平均を見るとは全部を見ているようで、実は具体的なものは何ひとつ見ていないってことである。
もっとも、あえて見ていないのだと当人が自覚しているなら、他人がとやかく言う筋はない。
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2009/8/26  21:43 | 投稿者: 時鳥

著者はレトロモダン飲料愛好会。
題名と著者がこの本の魅力をすでに語っている。
全国各地で販売されている地サイダー、約50種類を紹介した本。
各銘柄について、製造元、所在地、原材料などの基礎データはもちろん、びんと王冠のカラー写真、味は炭酸、甘さ、清涼感を五つ星で評価し、解説文もしっかり付いている。
紹介されるサイダーには、古くから地元で親しまれてきた銘柄あり、長いこと途絶えていたのを最近復刻した銘柄あり、中には「須磨水ぷくぷくサイダー」のように、水族館のパロディ版ポスターから生まれた銘柄なんてのもある。
ラベルや王冠、びんのシルエットをはじめとするたたずまいの端々から漂う、古めかしいとも懐かしいとも形容可能な空気がとにかく魅力的で、読んでいると、地元でサイダーを飲める人がうらやましくてたまらなくなる。
終いには、巻末の地サイダー販売リストのURLをうっかり叩くか、サイダー購入旅行計画を思わず立ててしまうこと必至である。

『地サイダー読本』レトロモダン飲料愛好会 春日出版
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2009/8/26  21:14 | 投稿者: 時鳥

人が難しい顔で座っていた。
眉間よりやや上、額よりやや下に数本の皺が寄っている。
縦横の線を見て思った。
もしも皺が自然に「肉」という字になるならば、
その人はおそらく一生、宴会芸には困るまい。
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2009/8/25  23:17 | 投稿者: 時鳥

ある日、ゴミ箱をのぞくと、コンビニ海苔巻きのフィルムが捨てられていた。
何故か海苔が丸ごと残っている。
どんな深い事情があったのかと、想像してわくわくする。

ご飯部分は食べたかどうかが、この問題の最大の焦点だ。
ご飯部分を食べたとすると、どのようにして食べたのか。
海苔なしの長いご飯にかぶりついたのか、ほぐしてお茶漬けにしたのか、はたまたとろろ昆布でも巻いて食べたのか。
食べなかったとすると、ご飯部分はどうなったのか。
何らかの理由で紛失したのか、ほぐして糊にでもしたのか。
スズメやコイをおびき寄せるのに使ったのかもしれない。
海苔を残した理由は何か。
海苔が嫌い、パッケージからの取り出し方がわからなかった、海苔の存在に気づかなかった、ご飯とは別に食べる主義だったけど食べ忘れた、すでに別の海苔を用意していた、海苔巻きとは似ても似つかぬものに加工したため、海苔が不要だった。

捨てた人も理由も、永久にわからないからこそ、想像はどこまでも気楽で、いつまでも止まらない。
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2009/8/24  23:22 | 投稿者: 時鳥

久々に、科学技術館に行く。
久々っつっても2年と空けていないような気がするが、まあそれはそれ。
今月中で会期終了の「美を科学する」展が目当てだったので、常設展は軽くしか見ない。
ただ、2階の放射能関連の部屋が自動車関連の部屋に化けていたのにショックを受ける。
霧箱がなくなってる・・・。
これで、確認済みの霧箱スポットが以下の3箇所になってしまった。

国立科学博物館
日本科学未来館
文部科学省情報ひろば

それにしても、ここのオオサンショウウオって、もっと静かな場所に設置してあげられないんだろうか。
行く度に思う。
最上階の子どもが駆け回って騒いでいる真っ只中に、いじってくださいとばかりに水槽が置かれているので、見ていて気の毒になる。
特別天然記念物の扱いじゃないよね、これ。
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2009/8/23  23:53 | 投稿者: 時鳥

晶さんと西荻窪の鉱物バーに行く。
ギャラリーみずのそらで、8月15日から30日まで期間限定で開店している。
一人ではあまりに行きにくかったので、晶さんをお誘いしてご一緒する。

まずは西荻窪の駅で待ち合わせ、てくてくと裏道を歩くこと約10分、住宅街の真っ只中の平屋建てに到着する。ここが会場のギャラリー。
長方形の池を囲むようにテラスがあって、L字型の建物がある。
入ると、まずは鉱物アソビの会場。机や台やあちらこちらに鉱物が転がっている。
つるりとゼリーめいた方解石、蜜色の琥珀、さわやかな淡色の蛍石、さくさくした重晶石、細い試験管に詰まった砂漠のバラなどなど、いかにもそそる標本でいっぱいの上、ガラスのゼリー型や古いスプーンなど、道具類も並んでいる。どれも購入可能。

鉱物に後ろ髪を引かれながら、奥のカフェスペースに足を踏み入れる。
窓際に案内されて、まずはオーダー。酒とおつまみを一人一品ずつ頼む。
果実酒には、ガーネットやペリドットの石の名前がついている。メニューにはボンベイサファイアも載っていた。なるほど。
酒と料理が来る。
鞄の中を探って、持ってきた鉱石を取り出して机の上に並べる。
せっかくなので、手持ちの鉱石から持ち運びのしやすそうなものをいくつか見繕ってきたのだ。
持ってきたのは、黒砂糖に似た黒曜石、ジャガイモに似た瑪瑙、真っ青な金平糖みたいな母岩なしのカバンシ石。

飲み食いしながら、晶さんの旅行写真を見せていただく。
この夏はフィンランドからスペインに行かれたそうで、ムーミンランドとアルハンブラ宮殿の写真がとにかく充実。
ムーミンの着ぐるみのチャックまであまさず捉えていて、感心する。
おみやげに、ご当地茶(?)をいただく。

鉱石バーは、バーにもかかわらず、21時で閉まってしまう。
夕方、明るいうちに入って、宵のうちに出てくる。
暗くなるにつれて客が増えるが、明るいうちのほうがカフェの壁際に置いてある鉱物や書籍の類が見られるので、時間の選択はこれで正解だったような気がする。
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2009/8/23  0:43 | 投稿者: 時鳥

「ぼくの大切なともだち」を観る。
自分の誕生日ディナーに集まった全員から「お前の葬式には誰も来ない」と宣告された美術商のフランソワが、「10日以内に親友を連れてくる」という賭けをする話。

友達を探すフランソワの言動が、とにかく痛い。個人的に思い当たる節があるから、なおさらだ。
「友達とは何か?」がそもそもわかってなくて、思い込みが激しくて、無駄に行動力がある。けれど、相手の事情に関心を持ったり、気持ちを思いやったりは基本的にしない。
友達を作ろうとする努力は買うし、空回りっぷりが苦笑を誘いもするんだけど、反面、実に嫌な奴でもあるので、周囲の人々がつれなくあしらう気持ちも非常によくわかる。
フランソワは結局、誰とでもすぐ親しくなれるタクシー運転手ブリュノの協力を仰ぐのだけど、持ち前の読めなさはそのままで、おかげでブリュノはしょっちゅう悲しげな顔や呆然とした顔や嘆息したげな顔をする。
フランソワの言動に何かと傷つけられながら、それでも友達になろうと思えるブリュノは、心底尊敬に値する。

そんな温厚なブリュノだが、とある事件を機に本気で怒ってフランソワと決別する。
「親友を連れてくる」は、賭けとしてかろうじて成立する。
だが、親友であることを誰にでもわかる形で証明しようとした時点で、負けは決まっていた。

クライマックス、全国ネットで交わされる「とても個人的な会話」に、固唾を呑んで聞き入る。テレビを消した後の、静まり返った数十秒が会話以上に雄弁。

「ぼくの大切なともだち」2006年仏 パトリス・ルコント監督
原題:mon meilleur ami
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2009/8/22  23:03 | 投稿者: 時鳥

寝心地が悪い。
尾てい骨付近のすわりが悪い夜を数日過ごし、やっと布団の下にパンフレットの類が挟み込まれていたことに気づいた。
厚さ約3cmの紙の束を苦笑して取り除きかけて、考える。
嵩を減らして、腰と背中の間の位置に挟みこみなおした。
何もないより具合がいいような気がする。
「えんどう豆の上に寝たお姫様」も、豆の位置と体のツボを合わせて眠れば、あざだらけになんてならなかったのにねえ、とのんびり思う。
そもそも、よほど狭いベッドじゃない限り、豆の一粒くらい避けて眠れないはずはないんだけど。
異物が我慢できないのはまだいいにしても、自力で取り除けない、人を呼んで取り除いてもらうこともできない、工夫して眠ることもできない、挙句の果てには翌朝になってから不平不満を口にするって、人間としてかなり嫌な人のような気がする。
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2009/8/21  0:39 | 投稿者: 時鳥

「セビリャの理髪師」の原作はフランス語の戯曲で、原作者はボーマルシェ、初演は1775年。何かと話題になった戯曲だったため、多くの作曲家によってオペラ化されたが、中でも一番人気だったのが1782年にパイジェッロがエカテリーナ2世の命令で作曲した「セビリャの理髪師」だった。
1816年、ロッシーニが「セビリャの理髪師」初演にのぞんだ頃にはこのパイジェッロ版は不動の人気を誇っていて、おかげで初演はパイジェッロファンの妨害工作によって大失敗に終わったそうだ。
しかし、今では「セビリャの理髪師」といえばロッシーニ版で、パイジェッロ版は録音も舞台もほとんど存在しない。
ということで、このDVDは大変珍しいパイジェッロ版の映像である。
話には聞いていたが、私も実際に聴くのは初めてだ。
1970年、ローマ室内歌劇団の来日公演で、会場は大阪フェスティバルホール。

全体的な印象として、悪い曲ではない。
フィガロやロジーナ、バジーリオの独唱はコンサートで取り上げられてもおかしくないし、2幕終わりの五重唱も軽やかでユーモアがあって、面白い。
ただ、ロッシーニと比べてしまうと、あまりにも分が悪い。
活力の絶対量がまず違う。
無理のある物語を、音楽の勢いに物を言わせて無理やり前へ前へと進めるロッシーニに対し、パイジェッロの推進力は普通に予測できる範囲内にとどまっている。
良くも悪くも常識的で、観客の度肝は抜かない。無駄に敵は作らない。
正直に言えば、聴いていて退屈する瞬間は確かにある。あるけれど、ほかの作品にだってそういう瞬間はしばしばあるから、この作品が特別悪いわけではない。
加点要素が多くて減点要素が少ない。相対評価では間違いなく高得点が付く佳作である。
唯一の不幸は、同じ題材で作曲したロッシーニが、聴くだけで血が沸きたつような、ついつい笑ってしまうような音楽を書いてしまったことにある。
ロッシーニさえ書かなければ、もう少し長い寿命を保っていたに違いない。
もっとも、ロッシーニ版がなかったらパイジェッロ版が現代まで上演されていたかというと、それはそれで疑問が残る。残念ながらそこまでの名曲とは思えない。
ロッシーニ版があったおかげで「セビリアの理髪師」の名前は知られ、パイジェッロ版は現在も上演の機会を得ていると、言えないことはないかもしれない。

収録時間は、ロッシーニ版が約2時間半に対し、パイジェッロ版は約2時間とやや短い。
40年近く前の映像なので、状態はよくない。
観客もオペラを見慣れていないらしく、拍手のタイミングが明らかにおかしい。

「セビリャの理髪師」ジョヴァンニ・パイジェッロ作曲
'70 ローマ室内歌劇団
指揮:レナート・ファザーノ
演出:サンドロ・セクイ
フィガロ:セスト・ブルスカンティーニ
ロジーナ:エレナ・ズィーリオ
アルマヴィーヴァ伯爵:アルヴィーニオ・ミシアーノ
バルトロ:カルロ・バディオーリ
バジーリオ:プリニオ・クラバッシ
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2009/8/20  23:37 | 投稿者: 時鳥

世界文化社の「DVD決定版 オペラ名作鑑賞 Vol.6 セビリャの理髪師」を借りる。
解説書1冊とDVD2枚がセットになっていて、DVDは基本的に、同じ演目を2種類収録している。例えば、第2巻の「椿姫」なら、2001年のパルマ王立劇場と1988年のグラインドボーン音楽祭というように。
しかし、「セビリャの理髪師」はやや特殊で、1巻目はロッシーニ作曲、2巻目はパイジェッロ作曲の「セビリャの理髪師」を収録している。

まずはお馴染みの、ロッシーニの「セビリャ」を見る。
フィガロの登場シーンを見たとき、この映像を以前に見たことがあるのに気づいた。
15年位前にテレビで放映していたのを観た記憶がある。
まだオペラを本格的に観はじめる前、初めて観た「セビリャ」だ。
シーツをくぐりながら登場するフィガロや、ブランコに乗るロジーナ、布に大きく書かれた手紙の文句などが印象に残っていた。
時々、思い出しては気になっていたのだけど、ネーデルランド歌劇場だったらしい。

今改めて観ると、動きの激しい演出である。
ソリストは人々にわっせわっせと担がれながら歌い、マットレスとクッションで戦いつつ歌う。
歌手は大変だろうけど、「陰口はそよ風のように」で、大小の傘がくるくる回って中傷が広がったり、1幕フィナーレで妙な被り物をした人々が踊り狂っていたり、バルトロの人形がもてあそばれたり、あちこちが目に楽しい。

歌手では、バルトロのレナート・カペッキがいまひとつだけど、ほかはいい出来。
特に、シモーネ・アライモのバジーリオがびっくりするほど立派。アリア1曲しか見せ場がないのが惜しい。
張りと勢いのあるフィガロ、甘く上品な伯爵、落ち着いたロジーナのバランスもいい。
歌もオーケストラも、活き活きと新鮮で、スピード感があり、観始めるとつい引き込まれる。

「セビリャの理髪師」ロッシーニ作曲
'92 ネーデルランド歌劇場
指揮:アルベルト・ゼッダ 演出:ダリオ・フォー
フィガロ:デイヴィッド・マリス
ロジーナ:ジェニファー・ラーモア
アルマヴィーヴァ伯爵:リチャード・クロフト
バルトロ:レナート・カペッキ
バジーリオ:シモーネ・アライモ
ベルタ:レオニー・ショーン
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