2009/11/30  23:48 | 投稿者: 時鳥

で、伊江島ってどこなんだろう。
イエソーダを冷やしながらそう考えた。
高校時代に使っていた地図を開くと、沖縄本島のすぐ近くに見つかった。
割と大きな島で、空港もある。

納得し、ピンクドラゴンを開ける。
ドラゴンフルーツ果汁が1%入った炭酸飲料。
やや濁った鈍いピンク色の飲み物を口にして、首をひねる。
薬っぽいような、人口っぽいような、不思議な味がする。
飲めなくはないけど、熱烈に好きって人がいなさそうな味だ。
率直なとこ、びみょう・・・。
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2009/11/30  23:35 | 投稿者: 時鳥

前項、前々項に続いて「ばらの騎士」の話。これで終わり。
3幕の幕切れを観ていて、あれ、と思う。
元帥夫人がファニナルと去り、二人きりになったオクタヴィアンとゾフィーがうっとりと二重唱を歌って去り、空っぽになった舞台に元帥夫人の小姓が現れる。
何かを探している様子で室内を照らしてまわり、やがて床に落ちたハンカチを見つけると拾い上げて駆け足で去っていく。と、同時に幕が下りる。
しかし、改めてよくみると、このハンカチはゾフィーのものなのである。
今日の昼までオクタヴィアンは元帥夫人の愛人で、ついさっき、夫人が身を引く形で、オクタヴィアンとゾフィーは恋人同士になった。
ゾフィーのハンカチを元帥夫人の小姓が探しに来ると言うことは、まず、そういう微妙な関係の女性たちが舞台の外で顔を合わせたことを意味している。どんな対面になったか大いに興味が惹かれるが、気になることはもうふたつある。
ゾフィーはいつ、そして何故、ハンカチを落としたことに気づいたのだろう。
映像を確認すると、ゾフィーがハンカチを落とすのは元帥夫人が去った後だから、元帥夫人が知っているはずがない。部屋を出てきた人がハンカチを持っていなくても、普通はどこかにしまったと思うだろう。となると、ハンカチを部屋の中で落としたことに気づいたのは、ゾフィーということになる。
落し物とは、何の脈絡もなく気づくこともあるが、必要な時に見つからなくて気づくことが多い。ぽーっとなっているゾフィーがいきなり現実に戻った可能性よりも、ハンカチが必要な事態が何か発生した可能性の方がまだ高いような気がする。それがどんな事態かはわかりようがない。
そしてもうひとつは、ハンカチを探しにきたのが何故元帥夫人の小姓だったのかということ。この微妙な人間関係で、どういう話の流れがあるとそうなるのか、見当がつかない。ゾフィーが頼むとは思えないし、元帥夫人が気を回すのも変だ。ひょっとしたら、拾いに戻ろうとしたらおしゃべりな知り合いにつかまってしまい、部屋に戻ったりしたら火種が増えるばかりだから自重したとか、戻ろうとしたら階段から転がり落ちてハンカチどころじゃなくなったとか、そういう話だろうか。
ま、結局、ぜんぶ妄想なんだけど。

「ばらの騎士」1960年 ザルツブルク音楽祭
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
元帥夫人:エリーザベト・シュヴァルツコップ
オクタヴィアン:セナ・ユリナッチ
ゾフィー:アンネリーゼ・ローテンベルガー
オックス男爵:オットー・エーデルマン
ファニナル:エーリヒ・クンツ
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2009/11/29  23:24 | 投稿者: 時鳥

前項に続いて「ばらの騎士」について。

オックス男爵という人物がいる。
家柄は正しいものの下品で粗野な人物で、私は前々から嫌いだったのだけど、今回、オットー・エーデルマン演じるオックス男爵を観て、そんなに酷い人でもないのかも、と思い始める。

確かに、下品である。
従僕が止めているにもかかわらず、無理やり元帥夫人の部屋に押し入ったり、町人上がりの新興貴族のファニナルを頭から馬鹿にしていたり、その娘で婚約者であるゾフィーにセクハラを仕掛けたり、公証人に常識はずれの提案をして困らせたりと、問題はたくさんある。
こんなのが上司だったら、湯呑みに練りわさびを1本分溶きいれるかもしれないし、愛用の健康サンダルの裏に蝋を塗るかもしれない。
空気は読めない、女好き、酒好き、肥満体、金に汚く品はなく常識に欠ける。
それでもこの人、悪気はないのかもしれない。
ただ地元にいるのと同じように振舞ったらウィーンの貴族社会では通用しなかったという、それだけのことなのかもしれない。
しょうもない人なんだけど、愛嬌があって心底からは憎めない。
確かに、度を過ぎてはいるけれど、オクタヴィアンが決闘を申し込むほどのものかというと、そうでもないように思うし、時々は計算して下品に振舞っているように見えることもある。

作曲家のシュトラウスと台本作家のホフマンスタールは、このオペラの題名を「オックス」にすることも考えていたそうだ。
オックス男爵が主役でも面白かったと思う。きっと「ファルスタッフ」みたいな、懲りない男が失敗を繰り返す喜劇になったはずだ。このコンビで作ると、どんな味わいになったかと想像すると面白い。

結果として、オックス男爵とゾフィーの婚約は壊れる。しかし、誰にとってもこれはよい結末だったと思う。
オックス男爵はウィーン向きの人じゃない。自分の領地がある田舎に戻って、狩猟とか酒造りとか、好きなことをのびのびとしたほうがいい。
それに、あちこち細かく、重箱の隅まで派で、人の評判が気になって仕方のないファニナルと、大雑把で好き放題のオックスが舅と婿の関係になってうまくいくとは思えない。間違いなく、ファニナルの胃が危険にさらされる。
老若や身分や美醜はともかく、オックス男爵の大雑把な性格に付き合えるような頑丈な神経と実務能力を持ち合わせた嫁を見つけるのが一番ではないかと思われる。
老後まで連れ添うと味が出るよ、多分。
嫁がツッコミ、旦那がボケの夫婦漫才みたいな感じで。
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2009/11/29  22:46 | 投稿者: 時鳥

「ばらの騎士」の記録映画を観る。
1960年ザルツブルク音楽祭の舞台を収録したものだから、もう50年も前の映像になる。流石に映像の質はよくないが、舞台としては今見ても古臭さを感じない。
実はこの映像、10年近く前に見たことがある。
その時はエリーザベト・シュヴァルツコップの元帥夫人の優雅さにうっとりとしたものだが、今回は少し違った。
昔は完璧な貴婦人だと思っていたけど、今見るとこの元帥夫人、結構嫌な女である。
何より、たかだか32歳かそこらのくせして、自分の人生はもう終わりで、この先に楽しいことは何一つなく、年老いて醜くなっていくだけだと思っていることが許せない。
人生終わりだと思うと本当に人生終わるよ、いいの、と、襟髪つかんで揺さぶってやりたくなる。

幕開きは朝。17歳の美少年の愛人と一夜を過ごした後、いちゃつきながら寝室で朝食をとる。
しかし、元帥夫人の言葉や歌やしぐさの端々からさめた感じが漂っている。オクタヴィアンのほうは見るからに彼女に夢中なんだけど、元帥夫人のほうは惰性のような、相手を変えて何回もやってきたことをまた繰り返しているような、いやに慣れた雰囲気がある。
「今日か明日か明後日か、あなたはいつか去っていく。私より若くて美しい人を見つけて」
元帥夫人はオクタヴィアンにそう語りかける。淋しそうに、諦めたように。
美しい歌、美しい台詞、しっとりとした美しい場面。でも苛立つ。
それ、積極的に捨てる行動に出ていないだけで、心の中では彼女はもう切ってるんじゃないだろうか。それでも被害者なんだろうか。そもそも最初から、付き合い始めたその日から、この人はそう考えていたんじゃないだろうか。
他にも、「それを言うなら最後まで、相手にわかるまで徹底的に言うか、何も言わずに墓場まで道連れにするかどっちかにしなよ」って台詞がそこかしこにある。
優雅で洗練されていて、正真正銘の貴婦人には違いないけど、気に障る。
オクタヴィアンがゾフィーに心を移すのも無理はない。
美しく優雅で聡明なんだけど空虚で、熱が返ってこないから若者は消耗するだろう。
元帥夫人が自分と似たタイプを選ぶ人なら相手側はさほど消耗しないだろうが、この人は多分、根本的に自分が好きではないので、そういう相手は選ばない。選ぶのはどうにでも染められそうな純粋な若者だけど、でも彼女も、あんまり自分がない人なので染めるだけのものを持っていない。
相手がいつかいなくなると、最初から考えていて、そして実際相手がいなくなる時には物分りよく手を離す。
とても可哀想な人だと思う。
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2009/11/29  20:49 | 投稿者: 時鳥

友桝飲料の無果汁無着色フルーツサイダーシリーズ、最後の1本。

スクリューキャップをひねると、瓜系のにおいがした。
ああ、まあ、西瓜ってこういう匂いである。
匂いの寿命は短く、グラスに注ぐと散り、飲み終えたグラスになるともう匂いが残らないくらい。
味は、釈然としない。西瓜の味でないことははっきりわかる。
もどかしさにいらいらしながら、何が足りないのか考える。
結局は、中途半端さが足りないのだと思う。
薄甘く、水っぽく、青臭く、全部がピンボケしたようなあいまいさがすなわち西瓜の味なのだが、この飲み物はソーダの枠から出ていない。
この、西瓜に届かないもどかしさ、中途半端さは、ことによっては西瓜果汁を口にした時に感じるあの物足りなさに近いかもしれない。
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2009/11/28  10:56 | 投稿者: 時鳥

けれども、こうしたものはすべて、無くともべつに差し支えはないのです。

そんなことないでしょうに。
思わずつぶやく。

革命家ローザ・ルクセンブルクが獄中から幼馴染に書き送った、22通の書簡集。
最初の1通は拘禁される3日前に書かれ、残りは1916年から18年にかけての保護監禁の最中に書かれている。
手紙はどれも、明るくて温かい。
革命家が獄中で書く手紙というイメージで読み始めると、大きく覆される。
書物や詩について率直な感想を書き述べ、自然に深い興味を示して、空や鳥や草木を深く観察する。そして友人や知人を案じる。この人が美しいものを愛し、温かいものを大事にしていることが言葉の端々から伝わってくる。
罪もなく何年も監禁されて、苦痛でないはずはないのに、手紙には恨み言めいたことはまったくと言っていいほど書かれない。

おそらく、美しいものや楽しいこと、興味深い事柄以外は書かないと決めていたのだろう。
手紙の受け取り人であるゾフィーの夫はローザの同志で、手紙の時期には彼も獄中生活を送っていた。ローザは元々強靭な性格の持ち主のようだから、他の人にあてた手紙でもあまり愚痴をこぼすことはなさそうだが、とりわけ幼馴染のソニーチュカにはそんな事情もあって良いことしか書かないことにしていたのだろう。
どれもいい手紙だが、読んでいると少々痛ましさを覚える。
獄中で、これだけまともな感覚を維持するのにはきっと物凄いエネルギーが必要だ。
彼女は身の回りを観察して、きれいなものを拾い上げるけれど、良いことを見つけるとは、入ってくる大量の物事の中から良いものだけを選り分けるということでもある。
手紙に書かれたことの数倍に相当する嫌なものを、この人は確実に見聞きしている。
マルハナバチを見つめる彼女の言葉は、生気に溢れて清々しい。そしてその水面下の氷山を思うと、こちらの心にも言葉にならない水面下の氷山がすこしだけ出来る。

冒頭の一文は、彼女がウロンケからブレスラウへと移された直後の手紙にある。
慣れた場所から離れ、ウロンケでは終日部屋の外にいることを許されたのが、ブレスラウでは終日部屋の中に閉じ込められている。庭や鳥を恋しく思う言葉の後に、冒頭の一文が来る。
つぶやいて、ため息をついた。
百歩譲って差支えがないとしても、辛くないわけがない。
この人は多分、手紙を書くことで自分を救っている面がある。
温かい記憶をひとつずつ取り出しては磨き、ごちゃごちゃの世界からきれいなものをひとつひとつ選び出す。
それを手紙に書いて友人にお裾分けし、自分でも大事に握りしめて、辛い状況を乗り切るためのエネルギーにする。
新しい美しいものが見つからなくても、記憶は消えない。パンがなくてもご飯はある。即座に飢えるわけではない。
それでも、飢えないからといって、欲しくないわけでも、必要じゃないわけでもない。

『獄中からの手紙』ローザ・ルクセンブルク 秋元寿恵夫(訳) 岩波文庫
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2009/11/28  9:40 | 投稿者: 時鳥

要するに黒糖コーラ。
生産地は伊江島、だからイエソーダ。
言えそうだから告白飲料、とどこかの惹き文句で見た気がするが、じゃあブラックケインコーラに託して何を言うのかは知らない。

かなり甘口のコーラだと思う。
コカ・コーラの記憶と何となく比較して言うと、炭酸はさほど強くない。
言われてみれば黒糖の味がうっすらとして、コップに注ぎきる寸前、黒い粉っぽいものが瓶の口から滑り落ちた気がする。
200mlは夏場なら物足りないが、この季節ならこれくらいのほうが飲みやすい。
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2009/11/28  1:19 | 投稿者: 時鳥

今日こそは葱を食おうと、仕事を出来るだけ急いで片付けて、22時に帰宅する。
17時半頃から空腹で、帰宅する頃には空腹の山を二山ばかり越えていたため、空腹感はそれほどでもないが、そこはかとなく平衡感覚が狂っている気がする。めまいか立ちくらみか靴底の減りすぎか他の要因か、自分でよくわからない。
手を洗うと同時に鍋に水を張って火にかけ、乾麺を取り出す。
裏面の説明を読む。
茹で時間は16〜7分だった。
うちにはコンロはひとつしかない。
この麺で温かいうどんを食べようと思ったら、食べるまで30分以上かかる。
くじけた。
夏場の残り物の冷麦、茹で時間4分に走る。うどんは明日の朝にしよう。
こういう、全体から見れば些細なきっかけで、物事というのは頓挫する。
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2009/11/27  0:37 | 投稿者: 時鳥

忙しくてネギを食う暇がない。

母宛てのメールに打ち込みながら、唸った。
事実ではあるが、なかなかインパクトのあるフレーズである。

月曜日、実家でうどんの乾麺を貰う。
ついでに卵を2個とネギも1本持たされる。至れり尽くせり。鴨葱ならぬ、時鳥葱卵。
しかし、翌日から連日残業で、帰宅は早くて22時、今日は久々に午前様を記録した。
そうなると仕事場で夕食を取ってしまうので、うどんを茹でるタイミングがない。
かくして冷蔵庫では葱が待ちぼうけを食らっている。

返信があった。切って冷凍すれば、とのこと。また唸る。
どうも今の状況だと、冷凍したことで安心して、そのまま数ヶ月放置しそうだ。
自問する。私はそろそろ、仕事より葱を優先させてもいい頃ではないだろうか。
明日こそ早く帰ろう。
そして、今日は出来るだけ速やかに寝よう。
あと1時間は寝られない気がするけど。
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2009/11/26  0:28 | 投稿者: 時鳥

フレッツひかりと新幹線ひかりならどちらが速いか。

CMからこんな問いが流れてきて、しばし固まる。
その次のCMが終わるくらいまで真剣に考えて、一応の答えを出す。

「人間ひとりのデータ量をどれだけと見積もるかによるが、新幹線のほうが速いんじゃないだろうか」

純粋に速度だけを競うなら、光回線のほうが新幹線より速いのは間違いない。
けれど、回線の速さと言うのは、1秒間に運べるデータ量である。
どれだけ遠くに運べるかではなく、どれだけ多く運べるかが重要なのだ。
そしてデータ量で競うなら、大量の人間を運んでいる新幹線は光回線に圧勝する。

試算してみる。
光の速さは秒速約30万キロメートル。時速なら10億8000万キロメートル。
新幹線のひかりの時速を200キロメートルと見積もると、540万倍の速さである。
フレッツひかりの速度は忘れたが、1秒間に100メガバイトとすると、新幹線1本に540テラバイトのデータが載っていれば、光回線と新幹線は互角と言うことになる。
物凄く粗い計算だけど、目安なので大目に見て欲しい。

さて、ここで問題になるのが、人間ひとりあたりのデータ量である。
これをテラバイトに届くと見積もるか否かで勝敗は左右される。
私は、新幹線に軍配を上げる。生の人間が数十年生きていればそれくらいのデータ量はあるはずだと思うので。贔屓目かもしれないけれど。
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2009/11/25  0:15 | 投稿者: 時鳥

昼休み。
デスクに座ってマウスをつかんで・・・眠っている人がいる。
休み時間に仕事をしていて、つい眠気がさしたのだろう。
そう解釈し、少し進んだところで振り返る。
もしかしたら、マウスをつかんでいないと眠れない人なのかもしれない。ライナスの毛布のように。
その場にとどまって、しばし視線をさまよわせてから、また見やる。
もしかしたら、仕事場であることを忘れないためにマウスを握り続け、自制している人なのかもしれない。ベクトルがやや間違っている気はするが、それはそれでプロ意識。
冗談はさておき、閑話は続く。
でもこの場合、一番困るのは「マウスをつかんだ途端に眠くなる人」であることは間違いない。この稼業ではほぼ飯の食い上げに等しく、商売替えを余儀なくされる。
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2009/11/24  20:57 | 投稿者: 時鳥

友桝飲料のフルーツサイダーシリーズは、いずれも無果汁。
どんな味でも無色透明で、香料だけでフルーツ化を推進する、ある意味、野心作だ。
今回はパインサイダー。
スクリューキャップをひねると、パインの香りが漂う。コップに注ぐとさらに香る。
飲む前から予測がつく、と思いながら口に運び、何やら違和感を覚える。
酸味がない。
パインの匂いでパインの味を予測しているのに、味は甘いだけで、パインではない。
それが違和感の正体だった。

ドリアンサイダーはドリアンの味を知らないので、突っ込みようがなかった。
トマトサイダーは、トマトがばりばり甘いことがすでに突っ込みどころだった。
しかしパインサイダーは、甘味の中にあるはずの酸味がない。
最初の瞬間は間違いに気づかず、ただ違和感だけを感じる。
言ってみれば、鏡の中を写した写真みたいなものだ。普通の写真とは微妙に違うのだけど、気づくのに少し時間がかかる。
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2009/11/23  10:44 | 投稿者: 時鳥

銀座のINAXショールームでトイレに入る。流石に美しいトイレである。
便器に近づくと、勝手に蓋が開いた。
立ち上がると勝手に水が流れた。
離れて見守る。
自動で蓋が閉じた。
納得。
水道の蛇口を手でひねって、ペーパータオルを取って、足で踏んでゴミ箱の蓋を開ける。
我々は、どこまでを自動化すべきなのだろう。
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2009/11/23  10:05 | 投稿者: 時鳥

虎屋ギャラリーに「虎屋・寅年・虎づくし」展を見に行く。
虎にちなんだ菓子や文芸作品、郷土芸能や玩具を紹介する企画。スペースのわりに手を広げすぎな感があり、あんまり高く評価は出来ない。
半端に文芸作品とか紹介するくらいならほかのスペースをもうちょっと掘り下げてくれたほうが個人的には嬉しいんだけど。
郷土芸能は映像も流されていて、大里七夕踊や八戸三社大祭の虎舞など、いずれもほどよくゆるい虎が出てくる。
日本各地の虎の郷土玩具が並べられたコーナーにも映像はあって、虎の玩具が動くさまが淡々と映される。さらにゆるい。
基本は張子の虎、とよんとよんと首が動き、あるいは車輪がついてひかれ、時に舌を出す。怖くない、というか、和む。
2分弱の映像だけど、これ、45分くらいに延ばして、渋谷駅前のスクリーンで日がな一日流してくれないだろうか。
信号待ちの人の頭にアルファ波が出て、地域の平和に寄与すると思うんだけど。
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2009/11/23  9:18 | 投稿者: 時鳥

朝起きて、床が冷たい。スリッパが要る。
春から下駄箱にしまいっぱなしだったスリッパを出す。
折りたたみ式スリッパなのは、階下に音が響かないようにだ。
普通のスリッパと違って底に芯がなく、足に触れる布と床に触れる不織布を接着して、周囲をパイピングで縫い合わせて底にしている。
これだと歩いても、足音が素足とほとんど変わらない。
薄いから、履いて暖かいものではない。ただ、寒さは遠ざかる。
寒い時期を過ごすためのものには、暖かくするのが目的のものと寒さを遠ざけるためのものとがある。簡単に言うと、暖房と防寒具だ。
となれば当然、暑い時期にも同じ機能のものがあるはずだ。
前者は冷房に違いないけど、後者を言い表す適当な言葉が見つからない。防暑具、とは言わない。言葉がないだけでなく、何となく、書いていて違和感がある。
しばらく考えて、気づく。
暑さは防御するものではなく、丁重に避けるものなのではないだろうか。そして涼しさにお越しを願う。
なら、納涼具とか避暑具のほうがまだしっくり来る。
類語辞典をひいて、「消夏」という言葉を見つける。夏の暑さをしのぐことだそうだ。
消夏器、も悪くないかもしれない。
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