2010/2/28  23:53 | 投稿者: 時鳥

「ごみではありません。資源です。」とナレーションの入るCMを見る。
最後はこんな台詞で締められていた。

なくなるといいな、「ごみ」と言う言葉。

なくすのは、言葉ではなく、「ごみ」と言う意味だと思う。
「ごみ」が役立たずで場所ふさぎで邪魔者で厄介者という意味を持たなくなって、「資源」と似た意味を持てばいいのだ。
ここまで書いたところで気づく。
でも、そうなったら、これまで「ごみ」と言う言葉で言い表されてきたものは、さっき私が言い換えたような直接的な言葉で表現されるようになるんだろうか。
潤いがなくて、聞き手や読み手に無駄に刺さると思うんだけど。
「目にごみが・・・」を「目に塵埃が・・・」とか言い換えるのは、明瞭かもしれないけれど、緩衝材がなくて窮屈な感じがする。
「ごみ」という言葉は、要らない何かのことを正体を問わず言い表してくれる。あいまいだからとても便利な言葉だ。
「ごみ」の一部が資源になった時、資源としてそれらは別の名前を与えられるだろう。そして資源にならなかったものは掃き寄せられて、一絡げに「ごみ」と呼ばれ続ける。
人によってはそれを悪いと言うかもしれない。全部を分類して、有用に命名しなければいけないと言うかもしれない。
でも、私にはそれが悪いとは思えない。
分類不要の何かがない社会と言うのは、緩みや遊びがないようで、私には生理的に受け入れがたい。
ごみは減ってもゼロにはならない。きっと、ごみはごみで、世の中を構成するひとつの要素のはずだから。
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2010/2/28  23:08 | 投稿者: 時鳥

明日から8日間の禁固刑をくらうことになった。
憂さ晴らしに女房の目を盗んで舞踏会に行って、美女に出会ったはいいものの、口説いてみたら相手のほうが上手で、ナンパ道具の時計を巻き上げられる。
まあ、それでも、いい感じになったから時計のことはあきらめをつけようと思った翌朝、女房から問題の時計を突きつけられて、昨晩の美女は自分の女房だったと知る。

ヨハン・シュトラウスの「こうもり」にて、登場人物のガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン氏の身の上に起きたことの一部。
数年間、しょうもない奴としか思わなかった。
傍から見ると確かにその通りだけど、本人の身になって考えると、幾重にもへこむ展開であることは間違いない。
古女房を気づかず口説いてしまって、しかも失敗して、さらに翌朝、別件で激怒している最中に火遊びの証拠を突きつけられて、逆に許しを請う羽目になる。そしてその後には、禁固刑が待っている。
いささか同情しかけて、まー、でも、だいじょうぶか、と思い直す。
これで懲りるような人とは思えん。
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2010/2/28  22:19 | 投稿者: 時鳥

川崎市民ミュージアムに、昭和38年の給食を食べに行く。
付属のレストランが特別企画メニューとして出しているもので、2週間周期で変わる。
現在のメニューは、昭和38年2月15日のもので、献立は揚げパンと鯨肉入りカレーシチュー。脱脂ミルクはなし。
カレーシチュー。なぜシチューなのかわからなかったが、机の上の案内を読んで理解した。スキムミルクが入っているそうだ。具はにんじん、じゃがいも、たまねぎ、それからクジラの肉。
そういえば、クジラってこういう味だったっけ。
学校給食では食べたことがないけど、子供の頃、家で何回か食べたことがある年代。
カレーシチューのこの味なら、豚肉のほうが合う。鯨肉もおいしいけれど、ちょっと輪郭が明瞭すぎる。
揚げパンは、つかむと温かい。揚げたてを出している。当時の学校給食に似せるなら、冷めて油がべっとりして、砂糖の粒が溶けて消えかかっているぐらいが忠実なのかもしれないけれど、レストランとして普通に調理したらこうなるだろう。
私の時代でも、給食に出てきたら喜ばれた献立だと思う。

食器はアルミだかアルマイトだかステンレスだか知らないけれど、とにかくあの見慣れた金属で、何箇所かへこんだり傷ついたりしている。
盆、揚げパンの平皿、カレーシチューの深鉢とも同素材。
スプーンは普通のスプーンで、先割れではなかった。
このメニューは今日までで、次回はコッペパン、ピーナツクリーム、煮込みうどん。
炭水化物に満ちた献立である。
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2010/2/28  2:54 | 投稿者: 時鳥

「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」というあの歌詞に、実は前々から釈然としない感覚を持ち続けていた。
ここ2、3日でひとつ気づいた。
価値基準は人と揃える必要はない。世間や隣の人と同じ基準でも、自分独自の基準を持っていても、どちらでも一向に構わないけど、でも、自分にとっての一番を目指すことは必須なんじゃないだろうか。
他の人に対してなら無条件肯定もありだけど、自身に対しては評価なしの肯定は、あってはいけないような気がする。
「自分らしさを評価してほしい」という意味の言葉を、様々な場面、様々な言い回しで目にも耳にもする。
「自分らしく」はとどのつまりは独自基準だから、先の言い分は、独自基準と外の基準の両方で合格点が欲しいということだ。片っぽの基準だけだって、一番になるのは難しい。両方で一番になるとなったら、努力はもちろんだけど、それ以前に運が必要になる。独自基準と外の基準が極力重なっているといいんだけど、こればかりは運に任せるしかない。
ほぼ一致しているなら進む方向はぶれないけれど、ずれが大きいなら、二兎のどちらを優先的に追うかを決めておかないと、いつまで経っても満足できない。
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2010/2/27  22:59 | 投稿者: 時鳥

閑猫さまのところのヒトデの話を読んで考える。
『方向オンチの科学』で読んだのだけど、世界には左右のない言語があるそうだ。
右、左、にあたる単語がなく、位置関係を表す時には必ず東西南北を使う。
ヒトデは中央部に口があることからして、前後左右の概念がないと思われる。
方角によって位置関係や進行方向を表すのかもしれない。
そしてその際は、四方八方ではなく、五方十方になることは間違いない。
数学は五進数だろうか。
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2010/2/27  0:07 | 投稿者: 時鳥

私は足でパーが出来ない。小指が広がらないのだ。
このままでは、いざ、足じゃんけんとなったら負けてしまう。まあ、そんな「いざ」はないだろうが。
風呂上りに小指をにらみ、動かそうと試みるが、念力ぐらいに眼力を込めても他の指と一緒にしか動かない。
しかも、いかにも不承不承と言った面持ちで、少し動くだけである。この物臭者。

とりあえず、グーとチョキの練習をしてみる。辛抱強く繰り返せば、そのうち動くかもしれない。
そこで気づいた。
左足の動きが明らかに鈍い。力が入らず、可動域も狭い。
そういえば、小さい頃から足で何か拾うときは右足を使っていたような気がする。
もし今、足で筆記用具を持たなければならないとしたら、迷うことなく右足に持たせるだろう。
これまで、利き足というのは蹴ったり踏み込んだりする足のことだと思っていたけど、もしかしたら、指が器用に動く足のことでもあるのかもしれない。
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2010/2/25  23:44 | 投稿者: 時鳥

半月と満月の中間ぐらい。
ここ数日、ぼんやりとかすみがかっていて、春の月の色をしている。
風はやや強いけど、二月にしては暖かい夜。
三叉路に沈丁花の香りが迷ったように浮いている。
お家を訊いてもわからない。
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2010/2/24  23:36 | 投稿者: 時鳥

画面の色指定を変更する。
警告ではないので、Yellowでは強すぎる。
Goldに変更して、再度イメージを確認する。
十八金や二十四金のきらきらした感じはなく、黄色と橙色の間のぺっかりとした色だ。
少し考えて、これは山吹色だと気づく。
山吹色→小判→黄金とイメージを重ねて、やっと金色にたどり着く。
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2010/2/23  23:10 | 投稿者: 時鳥

ぐるっとパス2010の対象施設が発表される。
全70施設中、追加は以下の9施設。

・紙の博物館
・北区飛鳥山博物館
・石洞美術館
・山種美術館
・江東区深川江戸資料館(7/24〜)
・夢の島熱帯植物園
・神代植物公園
・小平市平櫛田中彫刻美術館
・町田市立国際版画美術館

改装中の深川江戸資料館がどうなるかが楽しみ。
ここと山種は復活参加、残りは新規参加。
北区飛鳥山博物館、石洞美術館、神代植物公園、小平市平櫛田中彫刻美術館が未見だけど、参加したところで行くかとなると微妙。
平櫛田中、割と好きだけど、わざわざ小平まで行くかとなると?

2009年度の対象施設中、不参加になるのは次の5施設。

・東京都美術館
・上野の森美術館
・五島美術館
・サントリー美術館
・畠山記念館

五島美術館、都美術館は改修のための不参加だそうだ。
個人的にはさほどダメージがない。
実際、行くのは五島美術館とサントリー美術館ぐらいだし、サントリー美術館はぐるっとパスでは100円しか引かないから、金券ショップを探したほうが安く買える。
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2010/2/22  21:02 | 投稿者: 時鳥

「こうもり」のDVDを観る。
1980年の大晦日、ウィーン国立歌劇場におけるライブ収録。
ロザリンデをルチア・ポップ、アデーレをエディタ・グルベローヴァ、アイゼンシュタインをベルント・ヴァイクル、ファルケ博士をワルター・ベリー、刑務所長フランクをエーリッヒ・クンツ、オルロフスキー公をブリギッテ・ファスベンダーが演じている。
毎年大晦日に祝祭的に演じられる演目だから、豪華キャストがそろいやすいんだけど、それにしてもここまで豪華キャストも珍しい。
上記ひとりひとり言及しようと思えば簡単にできるくらい、いずれも素晴らしいんだけど、エーリッヒ・クンツの刑務所長フランクがとりわけ素晴らしい。生真面目で茶目っ気も持ち合わせたご老体。20世紀を代表するドイツ系バリトン、当時71歳。
声の張りでは流石に若い歌手に負けているんだけど、衰えている感じはしないし、歌に洒脱でとぼけた趣がある。フランクと言う人間の人柄が出ているような、と言おうか。
他の人が中心になっている場面でも、フランクばかり探していた。
フランクは1幕の終わりに登場して短いソロを歌い、あとはもっぱらアンサンブルの一員として歌う。歌としてはさほど派手な活躍はしないんだけど、実は台詞はかなり多い。第3幕なんて、舞台に出ている時間は長いけれど歌はほとんどなく、登場から数分間は一人で、台詞無しのマイムだけで乗り切らないといけないから、味のある歌手じゃないと場がもたない。
歌は図抜けていなくてもいいが、演技が出来ないと務まらない役なのだ。
これまで見たフランクの中でも、このソフトのクンツは歌といい、演技といい、最高のフランクだと思う。
もっとも、この役、ひとつの型に向けて収束していく役ではなく、人によって全然違うタイプのフランクができて、かつ、それぞれが最高ってことがありうる役なんだけど。
オットー・シェンクの演出も細部まで気が入っていて、大技小技がふんだんに盛り込まれている。
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2010/2/21  23:05 | 投稿者: 時鳥

こんな株主総会なら私も出席してみたい。

売れない女優のローラは、某巨大企業の極小株主。持ち株はたった10株だが、堂々と株主総会に出席する。
役員は、とにかく滞りなく議事を進行しようとする。参加した株主たちもそういうものだとわかっているので、無闇に疑問をさしはさんだりしない。何も知らないローラ以外は。
「何か質問は」という言葉からは、質問なんてあるはずがない、という反語がもろに透けているのだけど、ローラには見えない。
手を挙げて、無視しようとする相手に手を振ってアピールしてまで、した質問と言うのがこれだ。
「17万5千って書いてあるけど、本当?」
何がであろう。取締役の給与である。多すぎて、本当に貰っているものだとはローラには思えなかったらしい。
取締役の給与に対して、こうも率直に疑義が呈された株主総会がかつてあっただろうか。
この質問に答えられる経営者と言うのは、古今東西ほとんど存在しない。ごく少数の例外はまず間違いなく企業の創設者で、それも傑物と呼ばれるような人物である。
したがって、小悪党揃いの今の重役連にまともな答えが出せるわけがない。
具体的な業務内容と時給の計算までされて、散々に言い込められる。
その後も毎度毎度、ローラは株主総会に出席し、率直な質問をし続ける。
業を煮やした重役の一人が、妙案を思いつく。
ローラを雇ってしまおうと言うのだ。
適当な閑職に就けて飼い殺しにしてしまえば、うるさく質問されることもない。
かくしてローラは高給で雇われ、課長の地位を得る。職務は、小株主担当。小株主からの問い合わせに答えるのが仕事だが、会社にいちいち問い合わせをする小株主なんて、いやしないから、まさにローラのためにでっち上げられた部署であり、役職である。
退屈だが、黙って座っていれば給与はもらえる。
しかし、そこで割り切れるくらいなら、株主総会でしつこい質問を繰り返すこともなく、ここに座るようなことにもなっていない。
手紙が来ないならこちらから出しましょう、とばかりに、ローラは小株主のリストを持ってこさせ、秘書に口述筆記で手紙を書かせる。
手紙への反響は凄まじく、ミス・パートリッジの執務室は手紙に埋もれ、増員された秘書たちは毎日返事書きに追われる。
かくして重役たちの目論見は、完全に裏目に出た。

ローラは学校の成績は悪いけど、知力は高いタイプだったのだろう。学問はなくても、頭はいい。回転が速くて色気があって、率直でちゃっかりしていて、かつ、会社内の事に関しては物知らず。扱いやすくはないけれど、なんとも可愛い女だと思う。
ローラが邪魔で仕方のない重役連は、今度は企業創設者で現在は軍部の仕事に就いているマッキーヴァーのもとにローラを派遣し、仕事の契約をとらせようとする。ローラより30は年長のマッキーヴァーだが、不思議に馬が合い、二人はいい雰囲気になる。
最初の15分を見れば結末は予測できるんだけど、ひとつひとつの気の利いた会話が楽しい。
物事が上手くいきすぎだし、こんなことして法律的に問題はないんだろうかと思わなくもないけど、そのあたりは大らかに笑い飛ばして、日頃のストレスとか憑き物をすっきりと落とすべき作品。

「純金のキャデラック」1956年
監督:リチャード・クワイン 
原作戯曲:ジョージ・S・カウフマン&ハワード・ライヒマン
ローラ:ジュディ・ホリディ
マッキーヴァー:ポール・ダグラス
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2010/2/20  22:48 | 投稿者: 時鳥

自動販売機で、ウルトラ大怪獣レモネードなる商品を見かける。
ウルトラコーラと仮面サイダーも同じ段に並んでいた。
缶にはバルタン星人が描かれている。
ふと、そういう名前の怪獣がいてもいいのではないかと考える。
黄色く泡立った液体を吐く怪獣、レモネードと、光線の代わりに茶色い液体を出すウルトラコーラ。
糖分が固まって相手の動きを妨げるから、甘いほうが勝つ。
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2010/2/19  0:10 | 投稿者: 時鳥

「夜カジ」と題した、白物家電のシリーズ広告を目にする。
夜のカジュアル、でも火事、でもなく、夜の家事である。
私が見たのは会社員向けの、平日の夜の家事を推奨した広告だった。
夜向けだからか、白物家電なのに黒い。
でも、思うのだけど、夜に黒って目立たないのではなかろうか。
電気を消すと見えなくなって、蹴つまづいたりしそうに思えるのだが。
夜用の家電なら、洗濯が終わるとネオンサインかフィーバー並みに電飾がきらめく洗濯機とか、暗闇でも蛍光塗料で光る掃除機とか、はたまた、炊き上がっても音や光の出ない炊飯器とかのほうがふさわしいように思うんだけど、どうなんだろう。
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2010/2/18  23:52 | 投稿者: 時鳥

大切な食器を破損させることなく洗うための、小さいけれど重要なコツ。
冬はせめてぬるま湯で洗うこと。
いくら注意深くしても、冷たい水だと手が思うように動かないため、どうしても破損の確率が上がる。
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2010/2/16  23:40 | 投稿者: 時鳥

少し前、横浜市民ギャラリーあざみ野で「音が描く風景/風景が描く音」展を見た。
むしろ、聴いたと言ったほうが正しいかもしれない。
鈴木昭男さんと八木良太さんの作品を扱った展覧会で、1階が鈴木さん、2階が八木さんのスペースになっている。
鈴木さんのほうは「点音(おとだて)」がテーマで、街の中で、戸外で屋内で、つまるところどこでも、耳を傾けて、聞こえていたけど聴いていなかった音と、それらが重なり合うポイントを探す試みだ。
音を聴く場所と言うのは、その場所自体は意味を持たないのだと気づく。
ある方向からの音と別の方向からの音がちょうどいいバランスで重なった交点が音のポイントになる。
その場所に何かがあるのではなく、周りの環境が相互に影響しあってその一点を決める。
ある場所で聞こえる音風景を守ろうとするなら大変だろう。
なにしろ、その一点だけでなく、音に影響を及ぼす周りの全てのものを守らないといけないのだから。
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