2010/6/30  22:41 | 投稿者: 時鳥

副題は、「ベトナム戦争の真実」。
1974年、アメリカで製作され、アカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品。
ナレーションは一切なく、アメリカの元兵士、軍関係者、報道関係者、兵士の家族、ベトナムの政治犯、聖職者、政治家、軍人などへのインタビューと、ベトナムの実際の戦争の映像と、アメリカの各種イベントの映像とで出来ている。

目隠しをするのが本当に上手い。
アメリカはその点、恐ろしく巧みだ。
見せてはいけない、気づかせてはいけない2割を大衆や兵士の目から巧みに覆い隠して、残り8割だけが真実だと信じさせる。足りないようなら、華やかなパレードや見目麗しく弁舌さわやかな元捕虜に隙間を埋めさせる。
そして、ベトナムの戦地で苦しむ人間のことは考えさせない。
直接空爆を行う兵士は、機械の操作で手一杯で、その下にいる人間のことは考えない。
泥の中で這い回る兵士は、敵を人間とは思わない。自分と仲間を守ること、生きて帰国することだけを考える。
アメリカにいる人々は、規律正しい行進やパレードに歓声を上げ、愛国心を高める。
糸を引く人間は、多数決の51パーセントの可決ラインを冷静に見極めている。
ベトナムでは、何も考えずに空爆されて、家族や家や財産を失う人が後を絶たない。
人間としての倫理と正義にしたがって発言すると、政治犯として投獄され、罪がなければ罪を犯すまで痛めつけられる。

あっさりと人が死ぬ。
カメラの前で人が痛めつけられたり、絶命したりする。
テレビだったら途中で見るのをやめたかもしれないくらい衝撃的な映像、聴くに堪えない言葉が、映画館の大画面で突きつけられる。

ベトナム戦争はこうだったということ。
そして、今もこうであるということ。

万人にお勧めはしないけど、観て損をすることは絶対にないと断言できる映画。

「ハーツ・アンド・マインズ」1974年 アメリカ
監督:ピーター・デイヴィス
製作:バート・シュナイダー&ピーター・デイヴィス

東京都写真美術館ホールにて視聴。
0

2010/6/29  23:22 | 投稿者: 時鳥

国立公文書館の展示を見た時のこと。
壁に「博物図」という図版がかかっていた。
明治6年、アメリカの初等教育用の掛図を参考に、政府が作成したものだそうだ。
バタ臭い絵だけど、内容は当時の日本人の生活にちゃんと合わせてある。
野菜の図は、取り上げている野菜の種類が面白い。
蔬菜、莢豆、根菜、瓜に大きく分かれているのだが、4つの分類でそれぞれ15種類以上の野菜を取り上げている。
今だと、瓜だけで15種類はなかなか挙げられないが、当時は今より色々な種類が食べられていたらしい。
面白かったので、後半3分類に取り上げられていた野菜を一通り控えてくる。
覚書の意味も込めて記載。

瓜類:15種類
ユウガオ、キュウリ、シロウリ、マルヅケウリ、スイカ、
マクワウリ、ヒメウリ、カボチャ、トウナス、ヘチマ
トウガ、キントウガ、ナスビ、ヒョウタン、ツルレイシ

トウガは冬瓜、キントウガ(金冬瓜)はそうめんかぼちゃ、ツルレイシはゴーヤーのこと。
シロウリとマルヅケウリは同じものと、帰宅して調べた辞典にはあったけど、絵では確か違うものとして描かれていた。
ヒメウリはマクワウリの品種のひとつ。
カボチャとトウナスは同じものと私は思っているけど、図ではカボチャには番南瓜、トウナスには南瓜の漢字が充てられていた。

莢豆類:14種類
フジマメ、クロマメ、アオマメ、シロマメ、アズキ、
ダイナゴンアズキ、ヤエナリ、ササゲ、エンドウ、ナタマメ、
インゲンマメ、ジュウロクササゲ、ソラマメ、ガンクイマメ

白豆は大豆の別名、黒豆、雁喰豆は大豆の品種。
青豆は青い大豆という説と、アオエンドウという説がある。
藤豆はヒラマメ説、隠元豆説、八升豆がある。
今の感覚だと、ソラマメとサヤエンドウが足りない。枝豆は青豆としても。

根菜:22種
クワイ、ジネンジョ、ツクネイモ、クログワイ、カタクリ、
コンニャクイモ、ヤツガシラ、ナガイモ、ハスノコ、ユリ、
ゴボウ、ニンジン、サトイモ、チョロギ、カブラ、
ダイコン、ジャガタライモ、ハダノダイコン、クズ、サツマイモ
トウノイモ、カシュウイモ

ハスノコはもちろん蓮根、ユリは百合根。
カタクリ、クズ、チョロギが根菜として立派に生きているのが新鮮。
カシュウイモは何首烏藷と書くそうだ。こんなの初めて聞いた。
今の感覚で足りないのはタマネギ。
ニンニク、ワサビ、ショウガも足りないけど、香味野菜だからなくても違和感はない。

小特集:いにしえレシピ関連
1

2010/6/29  22:18 | 投稿者: 時鳥

「ベビースピナッチ」
青果コーナーに札が立っていた。
ほうれん草の若菜らしいが、何だかしっくり来ない。
頭の中で少し転がす。

「こどもほうれんそう」
という呼び名を思いつく。
このほうが可愛い気がする。
普通の菠薐草より甘くて柔らかそうだ。
2

2010/6/29  1:44 | 投稿者: 時鳥

井野瀬久美恵さんの『「受験世界史」の忘れもの』を読んだのは、確か大学生の頃だった。
それ以来ずっと、「ヨーロッパ人なんて、たかだか500年前に航海技術と軍事力によって成り上がってきた成り上がり」と、心のどこかでひそかに思っている。
偉業はそれなりにあるけど、現在、世界で思われているほどの生粋の文明人でもない。
大航海時代が来るまでは、中国やインドやイスラム世界のほうが格段に文明的だった。

その考えを別の方角から補強してくれる本。
著者は学者で、50年代末にアメリカ、60年代初めにドイツに渡って、以来ずっと外国で研究を続けてきた。この時代に、東洋人の女性が欧米で学者として生きる。それは、下らない偏見を山ほど押し付けられて、偏見通りに行動しないと叩かれて、で、偏見どおりに行動すると同等の人間としてみなされないということだろうと想像する。
そういう著者が、「どうしても彼らに言わねば我慢できないという『激怒』と『使命感』に燃えて書き上げた」のが本書である。
「我々の歴史こそ世界史であり、あらゆる民族は我々の文明の恩恵に浴することで後進性から救われてきた」という欧米人の歴史観を根底から覆す本だったから、原著がドイツで出版された時には大きな話題になったそうだ。
読了後、つい、ネットを検索して著者の身の安全を確かめてしまった。
日本人にとっては、書いてあることはほぼ全て事実として納得できるけど、欧米人には冷静に事実関係を確認することすら耐えられず、感情を燃料にとにかく反論を述べ立てるのに躍起になるかもしれない。
本当に、これをドイツで発刊するまでの著者と関係者の労苦を考えると、頭が下がる。

ある時、鄭和の大航海について議論したら、「どうして中国人は訪れた土地を占領しなかったのか理解に苦しむ」と、大真面目に発言したアメリカの歴史学の教授がいたそうだ。
疑問そのものと、彼の考えた理由に目が点になる。
訪れた土地を占領するのが、どうして文化的な振る舞いになるのか、さっぱりわからない。
人のものを見たら自分のものにしたがる人間と、行って見て知るだけで満足できる人間と、どちらが豊かで文化的なのが生き物かなんて、知れきっているように私には思える。実際、物質を多く保有しているのがどちらかなんて関係ない。
そういう人ばかりじゃないんだろうけど、あまりにも貧しい、自己本位の考え方をする欧米人がほかに何人も出てきて、怒るより可哀相になってくる。
何だか、それしかないと考えることで、欧米人も不幸になっているように見える。
欧米の歴史の定規ではそうかもしれないけど、他の文化ではそうじゃないこともあるし、人間そんなに争いっぱなしじゃなくても生きていけるよ、多分。

『驕れる白人と闘うための日本近代史』
原著:松原久子 訳:田中敏 文春文庫
4

2010/6/28  23:16 | 投稿者: 時鳥

拡声器の全面使用禁止とか、たまにはやってくれないかしら。
舌打ち半分に思う。
核兵器ではなく、拡声器。

もしこれが実現すると、街頭演説はすべて地声でやることになる。
自力で声を張れないようなご年配は出馬できなくなるという具合。
しかし逆に、声がでかくて信頼の置けそうな声質だからという理由で当選する人間が出るとしたら、それは間違っている。
そして、国会や日曜討論が内容そのまま、音量1.5倍になる。
あの日曜討論って、たまにはチャットでやってくれないかしら。
人の話を最後まで聞かないで口を挟む人が多すぎるから、聞いていてうんざりする。
そんな番組を1時間も見るくらいなら、3時間ぐらい党首チャットをさせて結果を15分で読みたい。
3

2010/6/27  12:45 | 投稿者: 時鳥

上野動物園のサル山のニホンザルの命名規則が面白いことに、去年気づいた。
毎年数頭ずつ生まれるサルが、年毎のテーマに沿って命名されているのだ。
去年の子供や今年の子供の命名規則を楽しみに、サル山に着く。
と、丸ごと入れ替わっていた。
下北半島から20数頭を一括で受け入れたのだそうで、新しいサルたちは、みんな花の名前がついていた。
受け入れたことと新しいサルの名前は看板に書かれていたけれど、その前のサルがどうなったのかが一切なくて、途方に暮れる。

ニホンザル以外のサル、クモザルやアビシニアコロブスなどのいるサル舎の一角に7頭ばかりのニホンザルがいて、これが去年見たサルではないかと思われたが、確信はない。
人の顔も覚えられないのに、一度見たサルの顔まで覚えているわけがない。

疑問と不吉な想像を渦巻かせつつ、てくてく歩いていると、動物相談所が見つかった。
これ幸いと飛び込んで尋ねる。
死や病気ではなく、入れ替えただけだそうだ。
以前サル山にいたのは、血統的には宮崎などの南方のサルで、かつ、色々な場所のサルを一緒に置いていたため、血統が混ざってしまっている。
昔は、同じニホンザルなら出身地は考慮しないのが普通だった。そうすると必然的に間に子供が出来る。熊本人と青森人のカップルみたいなもので、交配には何の不都合もないんだけど、最近では、それは、よくないこととされている。自然状態では交配する可能性のないものが交配することで、雑種ができてしまうことが問題らしい。
と、いうことで、由緒正しい北限のサルを導入したらしい。
元々いたサルは、各地の動物園に引き取ってもらっていて、引き取られていないのがサル舎にいたあの子達だそうだ。
なるほど、とも、へえ、とも思わず、ふーん、と思う。

参考:
2009/08/11「命名規則
0

2010/6/27  12:12 | 投稿者: 時鳥

今月一杯でぐるっとパスの有効期限が切れるので、その前にと上野動物園に行く。
去年から持ち越しの宿題を解決するのが目的だ。
すなわち、「マウスと呼ばれる器具と同じ大きさのネズミとは何か?」である。
去年、多摩動物公園に捜しに行ったけれど、見つからなかった。そこで、多摩よりネズミ類が充実していると思われる上野を今回のターゲットに定める。
目指すは小獣館。ネズミ、ウサギ、アルマジロ、コウモリなどの小さめ哺乳類をまとめて展示している建物だ。

結論から言うと、シマクサマウス、カイロトゲマウス、ウスイロアレチネズミがマウスとして使用可能な大きさだと思う。
カイロトゲマウスは名前は物々しいが、手に刺さるようなトゲではないので、マウスのように握っても痛くはなさそうだ。
ウスイロアレチネズミはやや大きめのマウス。

宿題を済ませて、肩の荷が下りる。
マヌルネコの子猫が3頭、ふかふかと転がっているのをうっとりとながめる。

参考:
2009/12/12「マウス検証
1

2010/6/26  22:02 | 投稿者: 時鳥

入り口付近は混んでいたが、優先席の辺りはすいていた。
入り口付近の人はどうしてこちらに来ないのだろう。
不思議に思ってよく見ると、入り口付近の人はおよそ50代から60代の年恰好だった。
なるほど、優先席の前に安心して立てない年齢というものがあるらしい。

優先席って、弱者のための席だけど、「弱い人の中では強いけれど、普通の人より弱い人」が優先席に座っていて、「弱い人の中でもさらに弱い人」が立っていた場合、前者は席を譲ってしまうかもしれない。
ちょっと弱い人は、通常席に行けば弱者なんだけど、絶対に席を譲らなければいけないほどの弱者には見えないから、立たせたままでもそんなに悪いことをしている気にならない。
すると、ちょっと弱い人は立って、とても弱い人は座って、強い人は通常席で座ったまま、なんてことになってしまう。

となると、弱者の中の弱者が座席の埋まっている電車に乗り込んだ場合、優先席より通常席に行った方が物事は正しく進む可能性が高いのかもしれない。
一番弱い人が座席使用権における強者になって、強い人を立たせる。
それで、一番強い人が立つという正しい流れになる。
もっとも、「弱い人ほど座席使用権がある」ってルールが事前に全体に浸透していないと成り立たないけど。
2

2010/6/24  23:29 | 投稿者: 時鳥

引き続き、公文書。

明治4年、「四民の散髪脱刀勝手たるべし(但し官吏等礼服の時は帯刀すべし」との太政官布告が発せられた。
つまり、断髪と廃刀の許可である。
許可だから、別に断髪にしなくてもいいのだが、東京市内の全住民のうち、明治10年頃は約6割、14年頃に8割、22年にはほぼ全員が断髪になったという。
そんなにみんな髷が嫌だったんだろうか。
まあ確かに、まめに月代を剃ったり結い直してもらったり、寝る時には邪魔だったりで不便そうではあるけど。
現代の短髪ならともかく、散切り頭なら多少伸びても見た目は大して変わらないから、一回切ったら月単位で放っておけそうだ。費用面でも手間の面でもメンテナンスは楽だったろう。

ちなみに、女性の断髪は依然として禁止だった。
隣にあった「違式カイ違条例」(カイはごんべんに圭、つまり、「言圭」みたいな字)は今の軽犯罪法に相当するもので、入れ墨をする者、理由なく断髪した女性、裸体や片肌を脱いで醜態をさらした者は取締りの対象になった。
女性の断髪はおそらく違式(故意の犯罪)にあたるから、違反すると罰金刑か、払えなければ笞打ち刑になるはず。
それにしても、わいせつ物と同じ扱いなのか、女性の短髪。
でもこの時代って、女性の断髪の考えが出てくる遥か前の時期だと思うんだけど、禁止ってことは断髪にしたがる女性がいたってことだろうか。
それはまた、どうした理由で。
1

2010/6/23  23:41 | 投稿者: 時鳥

国立公文書館に常設展「暮らしのうつりかわり 明治編」を見に行く。
衣食住など国民の日常生活に関わりのある公文書を、「暮らす」「装う」「食べる」「学ぶ・楽しむ」「生きる」の5つのコーナーに分けて紹介している。

「暮らす」のコーナーに、新橋・横浜間で日本初の鉄道が開業した折の時刻表が展示されていた。
本開業は明治5年9月12日、一日に走る本数は片手の指で足りるほど。
少し奇妙だったのは、時刻表の時間が「九時」ではなく「九字」のように書かれていたこと。
当時はそういう表記だったんだろう、と、気楽に流してしまったが、次の資料を見てはっとする。

次の資料は、明治5年11月9日に発せられた詔書だった。
内容は、太陽暦の採用。
太陰暦を廃し、太陽暦を採用すること、明治5年12月3日を新暦の明治6年1月1日にすること、時間も不定時法から定時法に切り替えることなどが記載されている。
問題はその次で、時間の書き方は「九字」から「九時」に変更する、とあった。

あ、そうか、時計の文字盤なんだ。

配線がつながる。
最初の3つは知っていたが、最後は知らなかった。
鉄道が本開業したその日、日本で一般に使われていた時刻体系は明け六つだの九つだのの不定時法だったのだ。
当時日本で採用されていた不定時法は、日の出と日の入りを基準として、その間を六等分して時刻を決める方法である。この方法では一刻の長さは季節ごとに異なり、冬の昼間の一刻は2時間より短く、夜は2時間より長くなり、また夏はその逆となる。
おそらく、この時刻体系は鉄道を運行するには大変都合が悪かったのだろう。だから西洋の時計に合わせて運行することにした。
しかし、日本人が普通に使っている時計は当然ながら不定時法に沿って動いて、表記されている。
定時法で動く西洋の時計を初めて見た人々は、1から12まで振られた文字盤を見て、こう解釈したのではないのだろうか。「短針が一の字を指したら一字」と。
その人たちは、西洋の時計が指すものを時間とはあまり思わなかったろう。自分たちの時間体系と引き比べて、西洋の人は随分不便な時刻体系の中で暮らしているものだと考えたかもしれない。
冬でもそれなりに太陽が出て、夏でもちゃんと夜が来る日本では、不定時法は便利だったろうから。
これが北欧だと、夏の昼間の一刻が極端に長くなったり、夜がなくなったりするので、日本の不定時法で時刻を設定するのはナンセンスになる。
北欧に限らず、ヨーロッパのほとんどの国は緯度として北海道以上に位置しているので、事情は大差ない。逆に、定時法でないと暮らせないのだろう。
4

2010/6/23  21:17 | 投稿者: 時鳥

「世界に紹介したい日本のおとぎ話は?」
という質問を目にして、
「好色一代男。」
と即答する。
が、回答の選択肢にはこの作品はなかった。
どうしてだろう。かさ地蔵や鶴の恩返しより、ずっと夢があると思うんだけど。
笑えるし、ラストも超絶ポジティブだし。

7歳から毎年毎年、男色女色の遍歴を重ね尽くして、金の心配もせずに遊び倒して、60歳になったら船を仕立てて、仲間や幇間と一緒に女護島に向けて旅立つ。
途中、ふられたり、「こんなはずじゃ」ってこともしばしばあるけど、全体的に見たらまさに夢のような人生で、立派なお伽話だ。
そのくせ、どいつもこいつも物凄く現実的で前向きで、まさに最強のお伽話。
こんな底抜けに肯定的な話、めったにあるもんじゃない。
2

2010/6/22  22:49 | 投稿者: 時鳥

ムットーニ展の情報を仕入れた。
もう会期終了まで1週間を切っているので、
展覧会情報には書き込まず、取り急ぎここだけでお知らせ。

ロゴスギャラリー(渋谷パルコ パート1 B1F)
「ザ・ダークサイド・オブ・ムットーニ」
期:6/10〜6/28 10:00〜21:00(無休)
※金土日の13時・15時・17時・19時からムットーニによる上演会あり

日曜日に行ったんだけど、上映会まで待つには疲れ果てていたので、止まっているのを見るだけ見て帰る。
怪しいんだけど、なんか冗談みたいな印象を受ける。いかさまっぽいというか。
1

2010/6/22  22:07 | 投稿者: 時鳥

これはまた、チキンナゲットな。

思いはしたが、流石に口には出さなかった。
英文和訳っぽく言うと、「彼はチキンであるだけでなく、骨もなかった」の意。
3

2010/6/22  0:05 | 投稿者: 時鳥

映画特集「EUフィルムデーズ2010」の一作として、東京国立近代美術館フィルムセンターで上映されたのを観る。
「EUフィルムデーズ2010」は、EU加盟国で近年作られた映画を一国一作選んで、それぞれ2回ずつ、3週間半にわたって上映する企画である。
10日前に観た「ロフト」は平日の夜で空いていたのだが、この作品は土曜日の午後だからか、前評判でも高かったのか、310席すべてが埋まり、満員御礼の状況で観る。

2008年、スウェーデンの作品。
以下、NFCカレンダー2010年6月号からの引用。

住環境を整えた同性愛者カップルのゴランとスヴェンは,暖かい家庭を築こうと養子を迎えることを決心した。だが,実際彼らが受け入れることになったのは「1歳半の赤ちゃん」ではなく,同性愛を嫌う15歳の不良少年パトリックであった。

設定はコメディみたいだけど、実際に観るとそんなことはなく、シリアスとまでは行かなくても、まっとうな人間が普通に喜んだり落ち込んだり、迷ったり切れたり、希望を求めたりする映画だった。
同性愛者や不良少年や、属性だけなら少数派で「普通」じゃないように見えるけど、誰もが幸せになりたくて、自分の場所が欲しくて、不当に扱われたくない。方法は今ひとつだったり不器用だったりするけど、何とか欲しいものに近づこうとして、匍匐前進を続けている。こういうのをまっとうな人間と言う。
ついでに、カップルの片割れスヴァンには前妻との間に出来た16歳の娘がいるんだけど、この子がゴスロリに見える。この子はこの子で少数派なのかもしれない。

手違いで来た15歳の不良少年だけど、結果としてはよかったんじゃないかと思う。
家庭を築くこと、養子を迎えることに関して、当初からゴランとスヴェンの間には温度差があって、ゴランは、庭がある家で子供を育てて、できるだけ「普通の家族」みたいになるのが幸せだと考えているのに対して、スヴェンは相手がいれば別に子供は必要ないし、もっと言ってしまえば自分の生活リズムを乱されるのは嫌なタイプ。「スヴェンが欲しいなら、子供がいてもいい」くらいにしか思っていない。
こういうカップルに1歳半の養子が来ていたとすると、最初は赤ん坊の可愛さとひっきりなしの育児に追われて、勢いで乗り切れるけど、子供が多少育って手を離れると、流していたあれやこれやが逆流して、深刻な不一致となる。
これが15歳の不良少年だと、最初っから意見は一致しないので、さっさと問題が起きる。
ぱっと見では、パトリックを火種に大火事が起きたようだけど、1ヶ月で素早く炎上するか、10年かけてじんわりと炎上するかの違いでしかない。
ああ、でも、無関係の大人には「まし」に見えても、パトリックには何の救いにもならないだろうけど。いつものことでも、慣れていても、苦痛だろう。自分がここでは不要だって思い知らされるのは。なら、少々犯罪を犯してでも出て行きたくなるのも無理はない。

三人とも目指すところが違うものだから、しばしばすれ違ったりぶつかったりする。
それぞれの言動に全面的に賛同はできないけれど、そう考えてしまう事情、そう行動してしまう心の動きがちゃんと描かれるので、賛同できなくても理解はできて、つい頷いてしまう。

『パトリックは1.5歳』2008年 スウェーデン 監督:エッラ・レムハーゲン
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2010/6/21  21:47 | 投稿者: 時鳥

細いスパゲッティのカッペリーニをゆでて、水で冷やして水菜と和えて、平皿に盛ってそうめんつゆをかける。
何で食べるか一瞬、迷うが、割と簡単にフォークを取り出す。
食べる道具を決定する要素としては、麺とスープでは麺が優位らしい。

別の日。やはりカッペリーニに水菜。
そうめんつゆはかけるタイプなのだけど、残りが少ない。仕方がないので小鉢に張って、麺をつけながら食べることにする。
食器は迷わず箸を選ぶ。
麺はスパゲティだが食器は箸なので、音を立てて食べるのにも抵抗がない。
食べ方の決定にあたっては、麺より食器が重要らしい。
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