2011/2/28  23:30 | 投稿者: 時鳥

軽く花粉症気味。
マスクはし始めているのだけど、時々鼻水が出て、目が何となくごろごろする。
まぶたが痙攣しているのはただの疲れだろうけど。
数年置きに現れる、花粉大量飛散年。
思うに、後世の考古学者は、地層や遺物のスギ花粉量を調べることで、かなり正確な年代推定が出来ることだろう。
しばらく前、『発掘を科学する』という本で読んだけど、現代の考古学者も花粉を手がかりにした調査を色々やっているらしい。その本にはほかにも、寄生虫卵から当時の食べ物を推定するとか、イネ科の植物に含まれるガラス質を手がかりに、水田跡を探すとか、面白い話がたくさん載っていた。
2

2011/2/27  23:42 | 投稿者: 時鳥

「新幹線大爆破」という、昭和50年公開の映画を観る。
博多行きのひかり109号に爆発物が仕掛けられた。犯人の電話によると、時速80キロ以下になると爆発すると言う。止まれない新幹線を走らせる国鉄側の人間、要求した500万ドルを受け取ろうとする犯人グループ、犯人逮捕を目指す警察側の人間、区別がつかないくらいの大勢の人間が画面に登場し、予期せぬ出来事が次々に起こる。ほとんど全ての計画は、計画通りに進まない。
流石に、喫茶店全焼はどうかと思うけど。話に起伏をつけるためなのか知れないが、事件が起こりすぎだ。
何かというと警察が走りまわって、犯人を半端に追い詰めて失敗する。
これ、警察が余計な手出しをしなければ、誰一人死ななかったんじゃないだろうか。
黙って金を払って、乗客の安全を確保してから犯人探しをすればいいのに。
新幹線の中ではおっさんの乗客が無駄に騒ぐし。
これらの男性が無駄吠えしたおかげで、無意味に面倒が増えているように見える。
70年代の刑事ドラマっぽいといえばそれまでだけど。
0

2011/2/26  23:53 | 投稿者: 時鳥

大倉集古館に「煌めきの近代」展を見に行くが、展示品そっちのけで階段の角っこにいる狛犬をなでまわす。
丸っこい子犬みたいなのが、えっへん、という顔、または、わふわふと笑った顔でちまっと座っている。
おー、そうかそうか。可愛いなあ、君は。と、石の頭をなでる。
私にとっては、横山大観の「夜桜」よりもよほど心ひかれる。
狛犬と横山大観の文鳥と誰だかの豌豆の花の絵が良かったな、今回は。
売店で階段の狛犬の絵葉書を売っていたので、買う。
4

2011/2/24  22:33 | 投稿者: 時鳥

マットレスが変わって、床から布団までが遠くなった。
よっこいしょ、と、よじ登る。
アンデルセン童話の、えんどう豆の上に寝たお姫様を思い出す。
敷布団20枚、掛け布団20枚を重ねた上に寝て、翌朝、布団の一番下に合った一粒のえんどう豆が体に当たって、寝心地が悪かったと訴えた人だ。
そんな面倒な女を息子の嫁にしていいのかという突っ込みはさておき、そんな嫁いびりみたいなことをする家に嫁に行っていいのかという突っ込みもさておき、あのお姫様、一体どうやって40枚の布団の天辺まで上ったんだろう。
私なら途中で力尽きて、適当な隙間にもぐりこんで寝てしまうと思う。
上る苦労は口に出さず、えんどう豆には気づいて、指摘しなければならない。
お姫様も大変である。
2

2011/2/23  22:29 | 投稿者: 時鳥

車が、「たきび」のメロディを流しながら目の前を通り過ぎていった。
灯油の販売車らしい。
目で追うともなく追う。
落ち葉を焚くのに灯油を使うのは、まずいんじゃないだろうか。
言わんとすることはわからなくもないけど。

代わりになる歌を考えたが、暖房が出てくる歌といったらほかに「ペチカ」ぐらいしか思いつかなかった。あれも灯油ではない。
ストーブの出てくる童謡って、意外にない。
1

2011/2/23  0:23 | 投稿者: 時鳥

洗濯物をたたむ。
そういえばこのハンカチは、中学生の頃から手元にある。
今はもう日常的には使っていないのだけど、少し前に物を包むのに使ったのだ。

考えてみると、中高生の頃から使っているものというのは、身の回りにちょくちょくある。はさみ、時計、耳かき、物差し、ポーチ、その他もろもろ。
文房具は意外と長生きのものが多いけど、それでも台所用品にはかなわない。鍋や皿には物心ついた頃から家にあって、自分より年上なのかもわからないものがごろごろしている。
古物は100年経つと付喪神になると言うけど、台所用品なら割と簡単になれてしまうのではないだろうか。火事や地震や戦災でもなければ、物なんてそんなに壊れない。金属製ならなおさらだ。
その一方で、物としての寿命が短いものがある。靴下、手袋、スリッパ、ヘアピンなぞは使えばすぐに消耗してしまい、使って100年もたせるなんてほぼ不可能だ。
私の筆箱に入っている消しゴムは、小学生の頃から手元にある。使い始めたのは7、8年前だけど。それは、1年に3回しか使わない大皿が30年もっているよりもずっと凄いことだと思うけれど、この消しゴムはおそらく付喪神にはなれまい。
思うのだけど、物によって付喪神になれる年数を変えたらいいんじゃないだろうか。
金属製品が100年なら、布製品は20年くらい、ボールペンの替え芯や消しゴムは10年くらいにしてやらないと不公平だ。
所得が高ければ税金だって高いのだから、元々、耐久年数が短い物は、早く付喪神になれるようでないと制度として理屈に合わない。
3

2011/2/21  23:21 | 投稿者: 時鳥

マットレスを新調した。
注文の前にベッドの大きさを測りはしたのだが、ちょっと弱腰すぎたらしい。
あと5cm、幅が広くてもよかった。
余った5cmを手前に作るか、奥に作るか、マットを押し引きしながら考えて、気づいた。

ベッドには物理領域と論理領域がある。
マットレスの幅そのものは同じでも、置き方によってベッドとみなされる幅は変わる。
壁に寄せてベッドを置いている場合、ベッドの幅と言うのは、ベッドの手前の端から壁までの距離である。壁とマットレスの間に隙間があっても、その隙間まで含めてベッドとみなされるのだ。
つまり、物理領域は90cmでも、置き方次第で論理領域は95cmにも110cmにもなりうる。しかし、その隙間は際限なく広げることが出来るわけではない。あまり広くすると、壁とのつながりが消えて、壁とは無関係のベッドとなる。そうなると論理領域の魔法は解けて、ベッドの幅はマットレスの幅とイコールになってしまう。まあ、魔法と言うより、錯覚とか詭弁とか欺瞞とかの方が近いかもしれないかもしれないけど。その追及は本項の目的ではないので、手が届かないくらい高い棚に上げとくけど。
さて、話を戻す。
すると問題は、壁とベッドとの隙間はどれほどまでならベッドの一部としてみなされるのかである。
私見では、それは膝関節の幅が目安になるのではないかと考えている。
壁際に寄った際、膝が入り込んで足先が落ちるような隙間があると、ベッドの切れ目の印象が強くなるように思う。もっともこれは人それぞれで、肘が落ちれば駄目という人もいれば、太もも幅まで大丈夫と言う人もいるだろう。おそらくこの問題においては、寝相のよしあしと、寝床の機能に対する寛容さが許容可能な幅を決めると考えられよう。

要するに。
うっかり幅の狭い布団を買っちまった場合は、布団は手前に寄せろということである。15cmぐらいならそれでごまかせる。
で、何でそれだけのことにこんなに理屈をこねくり回すのかと言うと、ちょっと失敗したと思っているから。
要するに、そういうこと。
4

2011/2/20  23:14 | 投稿者: 時鳥

フランス人がバカ映画を作るとこうなるのか。納得。

フレンチ・ポップスの人気歌手クロード・フランソワにそっくりのベルナールは、妻の反対をよそに、ゴールデンタイムに全国放送される物真似コンテストに出場しようとする。

ベルナールは銀行員で、家はモデルハウスに間借り、水泳インストラクターの妻と6歳ぐらいの可愛い息子がいる。平凡で退屈だが、それなりに安定した生活を捨て、彼は全精力をクロード・フランソワになりきることに傾け、有休を取得してバックダンサーの女の子と一緒にツアーに出て、各地のお祭りやピザ屋の駐車場で歌いまくり、踊り狂うのであった。

情熱も努力も才能も認めるが、大人として間違ってるよなあ、この人。
ツアーの資金繰りのために、銀行員の立場を利用して住所不定無職の知人に限度額の高いカードを無断で発行する。そして、そのことが支店長にばれ、呼び出されて問い詰められているその場で、「実はこれには深い訳がありまして・・・」と、突如かつらをかぶってクロード・フランソワになる。私が支店長なら、「ふざけんじゃねえ」と言いたいところだが、本人、これでも真面目なのである。
当たり前だが、深かろうが浅かろうが、物真似コンテスト出場のため、なんて理由が通る訳はない。結果、首を言い渡されると、クロード・フランソワになりきって啖呵を切る。
昨年のチャンピオンが姑息な手段で邪魔をしたり、意味不明な特訓があったり、主人公が本選直前にドツボにはまったり、これでもかとばかりに盛り込まれるお約束の展開、また、物真似コンテストの関係者はことごとくバカで無駄にキャラが濃いという大原則もしっかり踏まえている。その上で、妻や勤務先の上司など外側の人間のひんやりとした視線を取り込んでいるのが秀逸。アメリカ映画だと、このひんやりした視線がなかなか入ってこず、バカだけで世界が完結してしまいがちなのだ。
オチまでこてこてに決まっている。まあ、頑張ってください、妻。

クロード・フランソワのファンとか、ファンでなくても多少の知識がある人ならもっと楽しいんだろう。そんな歌手が実在するのかかも知らなかった私でさえ、これだけ面白いって事は。

「スターは俺だ!」2003年 フランス
監督・脚本:ヤン・モワクス 脚本:オリヴィエ・ダザル
出演:ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ポール・ルーヴ、ジュリー・ドパルデュー
0

2011/2/19  0:24 | 投稿者: 時鳥

マリリン・モンローの見事な曲線を眺めて、「ブロンド美人扱いが嫌なら、髪を染めるか太るかすれば良かったのに」と思う。
コルセットでウエストを縮めていた時代も、砂時計形の体型を希望するなら、胸と腰に詰め物をする展開に考えが行っていたら、色々楽だったと思う。
0

2011/2/19  0:18 | 投稿者: 時鳥

「七年目の浮気」を見る。
マリリン・モンローのスカートがめくれ上がる、あれである。

本人は、頭の弱いブロンド美女の役ばかり来るのが嫌だったそうだけど、
そんな役ばかり来ても仕方がないかもしれない。
この人だけ3D映像になったみたいに、くっきり際立って見える。
主人公の男性が豊かな想像力を駆使して、というか、暴走させて、ありもしないことをあれこれ考えてドツボにはまったり、脂下がったりする話なんだけど、マリリン・モンローが3Dなおかげで、彼の影が薄くなっている。彼の妄想の場面が、彼女の立体感のおかげで本当にあったことみたいに見えてしまう。
まあ、現実部分の彼女も、男性の妄想みたいな女なんだけど。無防備で無邪気で、頭が悪くて色気があってうっかりしてて。
これさあ、天然の振りしてるけど、全部わかっててやってるよねえ?
マリリン・モンロー、この映画によって女性からの人気が非常に下がったと思う。
0

2011/2/17  23:47 | 投稿者: 時鳥

机の上に洗濯バサミがひとつ転がっていた。何気なく手に取る。

子供の頃、洗濯バサミで鼻をつまんでみたことがある。『若草物語』のエイミーが毎晩、洗濯バサミを鼻につけて寝ている場面を読んで、どんな風になるか、試してみたくなったのだ。
当然だけど痛くて、すぐに外した。こんな状態で寝られるとはとても信じられなかったのだけど、今にして思えば、若草物語の時代の洗濯バサミは、現在のそれよりもはさむ力が弱かったのだろう。
『イギリスの生活誌』という、19世紀から20世紀初頭のイギリスの道具と暮らしを紹介した本が手元にあり、洗濯バサミも何種類か載っている。2本の木の棒を蔓やワイヤで縛ったようなのや、細長い木の板に切込みを入れたようなのが洗濯バサミとして紹介されている。前者は、菜ばしの根元を輪ゴムで停めた状態を想像すると近いかもしれない。先がわずかに開いていて、ロープにかけた洗濯物の上からここを押し込み、こじ開けるようにして固定する。
ばねばさみ式の洗濯バサミもあるけど、半円形の針金で何が何でも閉じようとする現在の洗濯バサミとは違い、強度に今ひとつ確信が持てない形状である。
こういう洗濯バサミだから、子供が鼻をはさんで眠れたのだろう。そして、こういう洗濯バサミを使っている社会では、おそらく、風が強すぎても洗濯物を外に干せなかっただろう。
強い洗濯バサミのおかげで、強風でも外に洗濯物を干せるようになったわけだけど、その代わりに、軽くつまむようなことは出来なくなったわけだ。
1

2011/2/16  23:23 | 投稿者: 時鳥

拾った催し物情報。
行かない可能性のほうが高いんだけど、気になることは確かだから、メモとして残しておく。
B級漢籍というジャンルは魅力的なんだけど、漢字ばかりだから、あまり砕けた感じはしないと思う。それに、外国語だからニュアンスがつかみにくそうだし。


第7回京都大学人文科学研究所
TOKYO 漢籍 SEMINAR
総合テーマ「俗書の啓蒙力」

日時:2011/3/12 10:30〜16:00
場所:学術総合センター 一ツ橋記念講堂(東京都千代田区一ツ橋2-1-2)
定員:500名(申込順。メール、葉書、FAXにて申込)

<プログラム>
10:30〜10:45 開会挨拶
10:45〜12:00 講演「書儀 中世の文章作成マニュアル」永田知之
13:10〜14:25 講演「善書 華僑・華人の人生訓」山崎岳
14:40〜15:55 講演「日用類書 庶民生活の科学知識」武田時昌
15:55〜16:00 閉会挨拶
0

2011/2/14  23:58 | 投稿者: 時鳥

人間の常識的判断って、マニュアルにしにくい。
最近、ちょっとしたきっかけで、そんなことを思った。
横断歩道を渡る場合を例にして、考えてみただけでもわかる。
基本ルールは歩行者用信号が青になったら渡っていいけど、信号無視の車が突っ込んで来たら渡ってはいけないし、救急車のサイレンが近づいたら、この横断歩道を通るのか判断して、渡るか止まるかを決めなければならない。
また、ずっと遠くまで見通せる場所で、車も人も視界に入らないのに、赤信号の下で待ち続けるのも馬鹿げている。
横断歩道を渡るなんて、普通の人が毎日、何気なく行っていることだけど、でも、これらすべてを統括して、「横断歩道の渡り方」マニュアルを作ろうとしようとしたら、随分なページ数が必要になるだろうし、内容も例外や例外の例外を含む煩雑なものになってしまう。
それは要するに、人間が覚えて活用することが出来ないマニュアルだ。
大量の記述の代わりに、「常識的に判断する」の1行で済ませば簡単だが、常識は人毎に微妙にずれているから、何かが起こった時に常識のありかを無駄に争わねばならなくなる。
正確できめ細かなマニュアルは、煩雑すぎて実用に適さない。
人の常識や良心に従ってマニュアルを作ると、問題が起きた時にもめる。
そこで、使う人が覚えきれる程度の、「基本的に正確な」マニュアルを作る。
例外や、例外の例外は落とすから、細かい事例にはピントのぼけた対応しか出来ない。
当然、不便で、その不便はマニュアルを使う人と、マニュアルによって扱われる人や物が背負う。
マニュアルを使う人は、不便でも余計なリスクを背負わなくていい分だけ利益があるけど、マニュアルで扱われる人、一般的に客と呼ばれる人種にはあまり利益がない。
使う人が状況に柔軟に対応できればまだいい。しかし、それが望めないと、扱われる側の人は、機械的な対応に不便を覚えることになる。
マニュアルって元々、オートマティックの逆だったはずなんだけど、何故か似た意味合いになってきてる。変なの。
2

2011/2/13  12:03 | 投稿者: 時鳥

図書館で背表紙と目が合って、即、借りることを決めた。
題名からして、素晴らしく魅力的。

異国の知らない町で迷い込んだ「しゅうぜん横町」。
石畳の狭い通りに88軒の修繕屋が立ち並ぶ。通りの入り口には古いランプが灯っていて、みかん色の光を投げかけ、それぞれのお店は重々しい木のドアにノブばかりが光っている。
旅行者の「私」はそこで、いろいろな職人に出会い、いろいろなお話を聴く。

出てくるお店は、たんす屋、カード屋、鏡屋、人形屋、キスタ屋、刃物屋、タペストリ屋、ねんど細工屋、ロケット屋。
どの店も、店の様子と主人の様子がしっくり馴染んでいて、そこにしかない雰囲気を作っている。
横町といい、店といい、非常に行ってみたくなる場所である。主人公の「私」がうらやましい。
子供の頃、たこ焼きや鯛焼きを作っているところをずっと見ていた、あの時の感じを思い出す。たこ焼きがひっくり返るだけで不思議で、魔法を見ている気分になった。聴かされるお話も、魔法がかった不思議なのと、日常の常識で理解可能なのとが混じっているが、読んでいるとどれも同じように不思議な色合いを帯びて見える。
不思議なんだけど、異常ではない。そんなことがあってもおかしくはない。

1981年に出版された本の復刊で、作者は1985年に亡くなっている。
過去の作家と言っても間違いじゃない人の本がわざわざ復刊されたのは、読みたい人の声がそれだけ強かったのだろう。
読むとすぐにわかる。
大人になってからもう一度読みたくなる種類の本だ、これは。

『わたしのしゅうぜん横町』西川紀子 (絵)平澤朋子 ゴブリン書房
1

2011/2/13  11:25 | 投稿者: 時鳥

去年の今頃、川崎市民ミュージアム付属のレストランで、昭和38年の川崎市の小学校給食を再現したメニューを特別提供していた。
どうやらこれが好評だったらしく、今年も似た企画をやっている。
ただし、今年は昭和38年限定ではなく、およそ10年ごとに5種類のメニューがある。
日付は給食が出た日、カッコ内はレストランでの提供期間。

1963年2月8日(1/22〜2/6)
コッペパン、脱脂ミルク、鯨の印度揚げ、おひたし

1972年2月21日(2/8〜2/20)
ソフトめん、カレー、ミート、ウィンナーの衣揚げ、ミルク、しおもみ

1982年12月8日(2/22〜3/6)
ソフトめん、ミートソース、ミルク(テトラパック)、ハムサラダ

2000年2月21日(3/8〜3/21)
くろパン、牛乳、ウィングスティックのオレンジソース煮、白菜のクリームスープ、りんご

2009年10月21日(3/23〜4/3)
ならちゃめし、牛乳、ちくわの磯辺揚げ、さつま汁、みかん

ソフトめんは食べた記憶がある。カレー類との取り合わせが多くて、人気メニューだった。
5つ並べてみると、2000年で行き着くところまで行ったメニューが原点に回帰しているように見える。ウィングスティックって、要するに手羽だろう。献立表の限られたスペースにこんな長ったらしい言葉を書かなくても。
牛乳の表記が、脱脂ミルク→ミルク→ミルク(テトラパック)→牛乳と変遷するのも興味深い。
1972年だと牛乳瓶なんだろうか。そして、テトラパック後の牛乳は何になるのか。
興味は尽きない。

上記メニューの提供時間は11:00〜14:00、月曜休み。
平日20食、土日祝日40食限定。
0




AutoPage最新お知らせ