2012/8/31  21:28 | 投稿者: 時鳥

各種タイミングが輻輳しました関係で、唐突にツイッターを始めました。

展覧会や講座やイベント関連の情報を、早めに知りたい方がいらっしゃいましたらお越しください。
ツイッター、重いので、ただ見るだけならこちらの方が便利です。

PC用ログ閲覧

携帯用ログ閲覧

PC用は、右のリンク集にも一応、入れています。

基本的には、展覧会をはじめとする各種情報を殺伐とつぶやくための場所で、
「今、何してる?」は、ないです。
(また、根本を否定するようなことを・・・)


展覧会情報はまとめて更新するため、情報の入手と告知の間でタイムラグが発生しやすいこと、イレギュラーなイベント告知がこのブログだと浮いた感じがすることなどが、以前から気になっていました。
しばらくは、展覧会情報の第一報はツイッターに投げ、ある程度たまったら
こちらに転記するという風にしてみようと思います。

こちらの更新はこれまで通り、行いますので、また気が向いたときにおいでください。
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2012/8/30  21:55 | 投稿者: 時鳥

会議の予定が入り、憂鬱な顔をしている人がいた。
話を聞くに、山吹の花のような会議らしい。
「七重八重 花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」
という、古い歌を思い起こさせる。
千に一つも無駄がない茄子の花の対極に位置するとも言えようか。

3時間の会議の後、同じ時間をかけて議事録を書いたが、事態の進展する気配は見られない。
それはさぞ気骨の折れることだろう。

そういう会議ならいっそ、事前に議事録を書いてしまえばいいんじゃないだろうか。
アジェンダにちょちょいと手を加えて、ところどころ空欄の議事録を作成し、
会議の場では空欄を埋めていく。
空欄が埋まれば、会議は終了してもよろしい。
ちょっと楽しそうだけど、それがちゃんと埋まって終わるくらいなら、
そもそも膠着状態に突入しちゃいなかろう。
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2012/8/29  7:10 | 投稿者: 時鳥

化粧用のスポンジが古くなった。
流しで洗うと、角がぼろぼろと崩れる。
その様子が、消しゴムに似ている。
試しに、文字を消してみると、何となく薄れたが、特筆するほどではない。
メラミンスポンジ代わりに風呂場の鏡をこすってみたが、あまり役立たない。
オアシスっぽくもあるが、水切れがいいので、向いていないと思う。
ということは、排水溝の掃除にでも使った後、捨てるしかないようだ。
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2012/8/28  8:32 | 投稿者: 時鳥

初台のNTTインターコミュニケーションセンターで、ICCキッズ・プログラム2012を観る。
期待以上に美しい。

キッズ・プログラムは毎年、夏休み期間にICCで開催される展覧会で、子供も大人も楽しめるメディアアートを、年ごとの趣向で展示する。
体験型の作品、つまり、こちらが何かしないといけない作品が多いのも特徴のひとつだ。
今年の展覧会タイトルは「ひかり・くうかん じっけんしつ」。
アート・ユニット、パーフェクトロンの提供で、3つの実験室と2つの小部屋がある。

「実験1:ちかづく・とおのく」の部屋。
暗い部屋の真ん中に1本の溝があり、白色のLED灯を点した小さな車がゆっくりと、行ったり来たりしている。
周囲には台所用品、文房具、掃除用具、玩具などが脈絡なく散らばっている。
それら日用品が小さなLED灯の光を受けて、影を作る。
壁、天井、部屋いっぱいに影が広がる。
洗濯バサミ、ゴムボール、ざる、そんな普通のものの影が、どうしてこんなにきれいなんだろう。
そしてそのことに、どうして普段、全然気付かないんだろう。
不思議で仕方がない。
道具は、観客が勝手に動かして、好きに配置してよい。
近くに置くか、遠めに置くか、向き、道具の組み合わせで影は無限に変化する。
美しく、面白い。

「実験2:うかぶ・しずむ」は、白色LED灯がひとつ、天井上10cmと床上50cmの間を垂直に往復している部屋。
周囲の空間には数十個の日用品が吊り下げられていて、光が降りると物の影がすうっと浮かんでいき、光が昇ると影はふうっと沈んでいく。
エレベーターの中にいるようでもあるが、もっと現実感がない。
無重力空間に迷い込んでしまったみたい。
実際には床に座って見上げているから、無重力ってことはないのだけど、何と言うか、普段、ありとあらゆるものの配置を決めて、物を固定している秩序が、この空間ではゆるんでしまっているみたい。
この部屋に限らず、どの部屋でもそうなんだけど。

「実験3:そとから・なかから」は、パーフェクトロンを構成するアーティストのひとり、クワクボリョウタさんの旧作≪10番目の感傷(点・線・面)≫を彷彿とさせる作品。
膝くらいの高さの台の上にレールが敷かれ、2台の小さな車がLED灯を点してゆっくり動いていく。
周囲には簡素な街並みがある。街の構成要素には色彩がなく、ただ白い。
それらの街が、やはり部屋中に影を作る。
近づき、遠ざかる街並みの影が、観客の身体の上を通り過ぎていく。
音のないフィルムの中の旅行のような作品。

こう書くと無音の展示だったようだけど、実際には、サウンド・デザインがちゃんと入っていて、部屋ごとに音楽が流れている。
メロディがはっきりある、分かりやすい音楽じゃなくて、言ってみれば、水琴窟や風鈴や鹿威しの音が一回、宇宙に出て、火星まで行ってから戻ってきたみたいな音楽。
・・・余計分かりにくいか。

ともあれ、たった3週間の会期だなんてもったいない、と思えるような、いい展覧会だった。
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2012/8/27  20:46 | 投稿者: 時鳥

朝の光が秋の色を帯びている。
反発するような白さが失せて、赤みが混じる。
気温は真夏と変わらないが、光は秋へと進んでいる。
女の肌が25歳で曲がり角なように、日光の勢いも処暑に曲がり角を迎えるのかもしれない。
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2012/8/26  12:28 | 投稿者: 時鳥

展覧会情報を7件追加しました。
右の「展覧会情報」リンクよりお入りください。
追加した情報は以下の通りです。


すみだリバーサイドホール1Fギャラリー(本所吾妻橋)
「北斎のバードアイ 空からの江戸見物」
期:9/12〜10/1 9:30〜18:00 金〜19:30(無休)

横浜市民ギャラリー(関内)
「動く絵,描かれる時間」
期:9/28〜10/17 10:00〜18:00(無休)

サントリー美術館(六本木)
「お伽草子 この国は物語にあふれている」
期:9/19〜11/4 10:00〜18:00 金土〜20:00(火休み)

川崎市民ミュージアム(武蔵小杉)
「スタジオ・アッズーロ」
期:9/22〜11/4 9:30〜17:00(月休み)

たばこと塩の博物館(渋谷)
「続・江戸の判じ絵」
期:9/15〜11/4 10:00〜18:00(月休み)

LIXILギャラリー(銀座)
「建築を彩るテキスタイル」
期:9/6〜11/24 10:00〜18:00(日祝休み)

鉄道歴史展示室(新橋)
「百年前の修学旅行」
期:8/7〜11/25 11:00〜18:00(月休み)



落とせないのは、たばこと塩の博物館。
判じ絵とは、絵解きのなぞなぞのこと。
真ん中が白く抜けた桜の絵で皿、とか、象プラス金太郎の上半身で雑巾、とか、
なぞなぞの本に今も載っていそうなのを、江戸時代は一枚の刷り物にまとめて発行していた。
浮世絵の一種だから、歌川とか、喜多川とかの雅号の絵師が美人画と同じように
書いていたわけだ。アイデアは他の人が出していたかもしれないにしても。
難解な美術論の対象にはならないけれど、手放しに、ただ面白い。
こういうのを見ると、古典ギャグは本当に古典ギャグなんだな、と思わされる。

あとは、定番のLIXIL(旧・INAX)ギャラリー。
案内葉書からしてもう、過剰なものが匂い立っている。
またここしかやらないマニアックな展示をするんだろう。

横浜市民ギャラリーは作家のグループ展。
チラシの感触では、大人向けの絵本みたいなメディアアートが見られそう。
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2012/8/25  22:49 | 投稿者: 時鳥

トイレにこもる際、故事ことわざ辞典を暇つぶしに持ち込んでいた。
「医者が取るか坊主が取るか」は、その折りに見つけたことわざ。
要するに生死の境にいる重病人のことだけど、あなた、ゲームじゃないんだから。
そういうボードゲームかカードゲームがあったら面白いかもしれない。が、結局は坊主が総取りして終わりになるしかないような気もする。死なない人はいないことだし。

ほかに、「医者が手を放すと石屋の手に渡る」なんてのもあって、うまいなあ、と思う。
うまいけど、あまりに不謹慎だから、多分、一生、使う機会がないのが残念。
でも、だとしたら、どうしてこうも使い道のなさそうなことわざがわざわざ辞典に載ってしまったんだろう。やや不思議だ。
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2012/8/23  14:30 | 投稿者: 時鳥

バリウムを排出するため、丸一日と経たぬうちに3度下剤を服用する。
目的は達するが、夜の眠りは浅いし、朝は脂汗を浮かべる羽目になる。
健康診断で体調を崩すという、毎年の現象。
今年は微熱も出たので、この際、休むことにする。
熱は多分、夏ばての一環だろう。

とはいっても、ちょっと頭の切れが落ちていて、体がだるい程度なので、
こんこんと眠り続けるような状況でもない。
水分をこまめにとって、部屋でおとなしくしているのだけど、
目下の懸念は、電子体温計の電源を入れると、体温より先に気温を感知して、
33.7とか、34.1とか表示してくること。
そして、そういう状況下なのに、大して暑く感じていないし、汗もそれほどかいていないということ。

頭もはっきりしているし、水分も朝から数えれば1.5リットル以上摂取しているし、
下剤の効果も切れているから、熱中症や脱水症状の心配はないはず。
扇風機すらつけていないけど。
だって、窓を開けていて、時々風も入ってくるから。
風があって日陰なら、そんなに暑くないよねえ?34度って。
(実はちょっと不安)
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2012/8/21  21:36 | 投稿者: 時鳥

「やっぱり人の上の蛍光灯は抜けないね」

節電のため、オフィスの蛍光灯を減らすことは可能か否か。
あちこちの蛍光灯を抜いたり差したりして、この問題を検証していた人々は、
終いにそう言い残して去っていった。

と、いうことは、ひとりひとりが頭の上に蛍光灯をしょってればいいってことかしら。
無言で一人考える。
丸い蛍光灯が天使の輪っかみたいに頭の上にあれば、室内の蛍光灯は特に要らないかもしれない。天使もどきがあふれるオフィスというのも、光景としてなかなか面白い。
いえ、別にいいんですけど。炭鉱作業者よろしく、キャップランプ付きのヘルメットをかぶってパソコンに向かうのでも。私は。
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2012/8/20  6:31 | 投稿者: 時鳥

スーパーでお釣りにもらった500円玉が非常に汚らしく、すぐにでも使いたい衝動に駆られる。
追加の買い物を探しながら、「良貨は悪貨を駆逐する」ってこういうことなのか、と思う。
下手な販促より効果的かもしれない。
毎度、こういうお釣りが返ってくるとわかったら、その店には行きたくなくなるだろうけど。
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2012/8/19  13:39 | 投稿者: 時鳥

「はい、すべてその通り。明日からそうしましょう」とはちょっと言い切れないけど、まあ、こういう考え方もあることは理解できる。

原著は1976年にアメリカで出版された。
リバタリアンの経済学者が当時のアメリカをぶった切りにしている本なので、ただ日本語に翻訳するだけでは、今の日本では通用しにくい。
そこで、当時、輸出超過で日米貿易摩擦を起こしていた日本人は「中国人」に、中傷者と誹謗者は「2ちゃんねらー」に、という具合に、現代日本に合わせて置き換えられている。
そのほか、事例なども日本で身近に感じられる例に置き換えられているので、翻訳の読みにくさはない。かわりに、主張の過激さが引き立つ。

リバタリアニズムというのは、「自由原理主義者」と訳されている。
簡単に言うと、「他者の権利を侵害しなければ、人は何をするのも自由である」という立場。ただし、「権利の侵害」に含まれるのは暴力の行使のみで、誹謗中傷や迷惑行為は含まれない。また、暴力の行使も、正当防衛、先制攻撃への対応・報復は禁止されていない。こちらから暴力的な手段を振るい、他者の権利や財産を侵害することが禁止されているだけなのだ。
で、その立場に立つと、国が麻薬の売人をしょっ引くのは、ただ自由に取引をしているだけの人間に対する暴力行為となるし、徴税は取引の余地なく行われ、一方的に人の財産を持っていくという意味で、やはり暴力行為となる。
麻薬によってどんな酷い事件が起きるかとか、税金が有用に使われることによってどんなに素敵な都市ができるかとかは問題ではない。
リバタリアンが問題とするのは、自由が侵害されているか否かだけで、道徳はまた別枠なのだ。

この著者は、リバタリアンの中でも無政府資本主義者と呼ばれる陣営の人らしい。
そのため、本書からは、「国が変な規制をかけたり、経済に介入したりしなけりゃ、市場システムが解決してくれるのに」とか、「本人の好きにさせてやんなよ」とか、「ほっときゃどっかでバランスが取れるよ」とかの見解が文章からも行間からもびしばしと伝わって来る。
付いて行けないところは沢山あるけど、納得できるところも沢山ある。
道徳とか人道としてどうなの、と思わないわけにはいかないけど、自由の原則を押し通すとこうなるって話だ。
都合の悪いところを例外にして、例外の例外を作って、例外の連鎖で訳がわからなくなるんなら、全部を一回リセットして、原則に戻すのもありかもしれない。
実際問題として、道徳的、人道的であることを目指しているはずの法律や施策や活動が的外れで意味を成していないことも、世の中、掃いて捨てるほどあることだし。

擁護されている不道徳な人たちは、売春婦、ポン引き、女性差別主義者、麻薬密売人、シャブ中、恐喝者、学問の自由を否定する者、満員の映画館で「火事だ!」と叫ぶ奴、ダフ屋、ニセ札ヅクリ、親の遺産で暮らす馬鹿息子、慈善団体に寄付しない冷血漢、土地にしがみつく頑固ジジイ、飢饉で大儲けする悪徳商人、中国人、ポイ捨て、環境を保護しない人たち、幼い子供を働かせる資本家、労働基準法を遵守しない経営者、など。
何とかにも三分の理、じゃないけど、見方を変えればそれなりに理屈は通るものだ。
信者にはなれないが、刺激的な書物であることは確か。

『不道徳教育 擁護できないものを擁護する』講談社 2006年
著:ウォルター・ブロック 
訳・文:橘玲
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2012/8/17  22:53 | 投稿者: 時鳥

ソーダバーの袋の隅に、「氷菓 無果汁」とあった。

果汁10%とか書かれていたら、そっちの方がよっぽどびっくりだ。
そんなことを思いつつ、袋をひっくり返して原材料欄に目を通すと、果汁、と言う文字が目に飛び込んできた。
明らかに「リンゴ果汁」と書いてある。

無果汁と表記されているからには微量なのだろうが、それにしても何故ここでリンゴなのか。
理解に苦しむ。苦しみながら、がりがりかじる。
レモンだったら、レモン→ラムネ→ソーダとつながるのだが。
ひょっとして、リンゴソーダなのだろうか。
そういう味とも思えぬが。
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2012/8/16  22:22 | 投稿者: 時鳥

朝顔の斎院のことが、ずっと気にかかっている。
桃園式部卿宮の娘で、光源氏の従姉妹。
源氏物語の「朝顔」の巻に登場し、それ以外では名前すらほとんど出てこない。
端役というか、ぽつんと離れたところにいる印象の女君だ。

特に好きなわけではない。
ただ何となく、引っかかる。
あの、頑なで面倒臭がりなところに、自分と似た匂いを感じる。
自分から線を引いて、かつ、その線をきっちり守りきるところ、
よくよく考え抜くところ。良くも悪くも。
分かる気がする一方で、もどかしかったり、もやもやしたり、苛立ったりする。

源氏物語に登場する女君なら、自分は誰に似ているか。
そんな話題をあやめ草さんのところで見かけて、思ったこと。
その手のタイプ分けでは決して選択肢に入らない、彼女のこと。

小特集:源氏物語
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2012/8/15  21:49 | 投稿者: 時鳥

「東京都美術館ものがたり」展を見に行く。
会場はもちろん、東京都美術館だ。
1925年に開館し、今年、リニューアル・オープンを果たした当館の歴史をたどると言うコンセプトで、歴史資料だの、縁の絵画だのを展示している。

展示資料の中に、都美術館三十周年記念式典祝辞というものがあった。
作者は朝倉文夫で、原稿用紙に万年筆で、開館当時の様子をつづっている。
手書きの文章を追うと、冒頭7行目あたりに、「当時の○○知事は何もしなかったので、正木校長がひとりで奔走していた」といった趣旨の文章があり、人知れず苦笑した。
ぶっちゃけ過ぎです、先生。

正木校長とは芸大の校長をしていた正木直彦氏のことで、都美術館の育ての親というべき人物だが、この式典の15年も前に亡くなっている。
だから多分、名前を挙げられた知事も鬼籍に入っていたのだろう。
でも、参列者は相当、リアクションに困ったに違いない。
まさか、式典の祝辞でこうも堂々と元知事の批判を聞かされるとは思うまい。
しかも、年寄りの口が滑って、とかじゃなく、しっかり原稿に書いているあたり、凄い。
流石は朝倉文夫。彼ほどの大御所がやるなら、誰も文句が付けられない。せいぜい、聞かなかったことにするのが関の山だったことだろう。

他の収穫は、小川三知のステンドグラス。
窓用に作った2枚が完全な形で残っている。
アマチュア画家、南嶌金平の静物画は素直に味わい深く、
日比野克彦の芸大卒業制作は明るく適当っぽく、はみ出している。
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2012/8/14  22:08 | 投稿者: 時鳥

乗り換えの東京駅。
中央通路の柱に、読売新聞のロンドン五輪特別号外が一揃い、掲示されていた。
正確に数えてはいないが、20枚くらいあったのではないだろうか。
少なくとも15枚は超えていた。

あら、まるで、毎日出すって決めてたみたいねえ。
きれいに並んだ号外を前に、心の中で言葉を作って、にっこりする。

競技結果はともかく、開会式と閉会式なんて、なかなか号外の対象にならないんじゃないかしら。
よほどのサプライズでもない限り。
あるのなんて、最初っからわかりきっているのだから。
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