2013/2/28  23:02 | 投稿者: 時鳥

石を投げればマスクの人に当たるような時期になった。
近年、マスクをした人は年間を通じて増えているが、それでもこの時期のマスク人口の多さは格別のものがある。
世の中、こんなにマスクだらけになってしまうと、事件が起きた時に困るのではないかと、余計な心配をする。
目撃者がマスクばかりを印象に残して、具体的な人相風体を証言できなくなってしまうのではなかろうか。
しなくていい心配をしたところで、『バルーンタウンの殺人』を思い出す。
妊婦だらけの町で事件が起きた時、目撃者の妊婦たちは、尖り腹だの亀腹だの、何ヶ月だのと、外部の人間にはまるで見分けの付かないことをきっちり見分けて、しっかり証言していた。
ということは、マスクの人がもっと増えれば、人々は各マスクの間の細かい差異を認識できるようになるのかもしれない。
まあ、それが、明るい未来かどうかはさておき。
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2013/2/26  21:43 | 投稿者: 時鳥

たまたま近くを通りかかったので、「つつみのことわり」展を少しだけ見る。
会場は銀座八丁目のクリエイションギャラリーG8、内容は、天保11年に出版された折形のバイブル「包之記」を折形デザイン研究所が解読するというもの。
折形とは、贈進の際の包みと結びの礼法だそうだ。
「包之記」には23種類の折形が図入りで掲載されているが、そこには完成図と展開図しかなく、途中の手順は省略されている。
省略された手順をダイヤグラム化し、裏にある思想や無意識を読み解く、というのが展示の趣旨で、チラシにもそのように載っていたのだけど、実際観るまではここまでとは予測していなかった。
折形をただのラッピングの手順だと思ったら大間違いで、儀礼や作法の枠すら超えて、ほとんど思想か教義か宗教の領域に入っている。
人に贈る物を紙で包むというそれだけのことが、世界観や宇宙観にまで結びつくのだから凄まじい。
紙の置き方、折る順序、傾斜にいちいち意味がある。
時間が限られていて、本当にさらっとしか見ることができなかったが、それでも奥の深さに圧倒される。
会期が終わる前に、これは必ずきちんと見なければいけない。
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2013/2/24  22:47 | 投稿者: 時鳥

「さくら横ちょう」が聴きたくて借りたCDに、中田喜直の「むこうむこう」も入っていた。
一番はこんな詞だ。

だれでもきっと おもうでしょう
いいことばかり おもうでしょう
むこうむこうむこう
やまのむこう うみのむこう
まどのむこう
なにかがまっている
たのしいことが

三井ふたばこの詞だけでなく、曲も明るく希望に満ちている。
演奏会で何回も聴いた事がある曲だけど、今回初めて思った。

そうか、「いいことばかり」思ってもいいのか。
虫が良すぎる気がして、いつも最悪の事態ばかり想定してたけど、別にいいのか。当たり前なのか。
ただし、遠くで待っている、であって、向こうからやってきたりはしないのがミソ。
幸せが歩いてこないのと同じ理屈で、こっちから行かなきゃいけないってことだ。
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2013/2/24  22:40 | 投稿者: 時鳥

「さくら横ちょう」が聴きたくなって、日本歌曲のCDを借りてくる。
加藤周一の詞に中田喜直が作曲したのと、別宮貞雄が作曲したのとがある。
どちらかと言えば別宮貞雄版が好きなんだけど、どちらも名曲であることに変わりはない。
春の宵にひとり、桜を眺めながら、失った恋を想うという詞で、心の空洞に満開の桜が降り積もっていく様子が音になっている。
でも、それぞれの曲を聴き比べると、桜の本数とか心に降り積もるものだとかが違うように思えた。

別宮貞雄版は、周りに誰もいないところで1本の桜と向き合っているみたいな歌。
桜の花びらが枝を離れて落ちてくる。1本しかないので、まばらにしか落ちてこない。
とても静かな場所でゆるやかに落ちる花びらを凝視していると、背後の暗闇がじわじわと心に染み込んでくるような心地がする。

中田喜直版だとこれが、賑やかな花の名所で、周りでは人々がさざめきあいながら桜を見上げている感じになる。
街灯か提灯で明るく照らされ、露店が並び、人々が楽しそうに笑い合う真ん中で、ひとり、桜を見ている。
この場合、満開の桜そのものと周囲の明るさが心を圧迫する。

同じ詞でも、見えてくる風景が違う。
どちらにしても、ひとりっきりで、あんまり頻繁に聴くと無駄にナーバスになりそうな危うい曲ではある。
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2013/2/23  21:02 | 投稿者: 時鳥

「21世紀へ願いを込めて 新しい赤ちゃんの名前」という本を見かける。
この枕詞、いつまで使えるんだろう。
20世紀の後半から生きているけど、「20世紀へ願いを込めて」という言葉は見たことも聞いたこともない。
おそらくは、21世紀生まれが親になったら使えなくなるフレーズだと思う。
90年代から10年代前半まで、せいぜい四半世紀の寿命しか持たないフレーズなわけだけど、それって短命な部類に入るんだろうか。
毎年生まれては消える流行語よりはやや長生きだけど。
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2013/2/20  22:19 | 投稿者: 時鳥

スマートフォンの不便さを嘆いて、ガラケーに回帰するユーザーが増えているけれど、通信各社が今から新しいガラケーを開発するとなると、様々な障害がある。
といった調子の記事を読んだ。

別に新しくなくていいんだけど。
これまでに出した機種の中で、今の状況に一番適しているものをリバイバルしてくれれば。

今もってまるで分からないんだけど、どうして、半年ごとに新機種を2ダースも発表しなきゃならないんだろう。
それと同時に、古い機種が廃盤になって行く。
食器なら壊れたのと同じものが簡単に手に入るのに、携帯では何故かできない。
新製品を出すのを止めはしないけど、その一方で、何年も変わらない定番があってもいいような気がする。

もうガラケーが最先端を行く時代は過ぎてしまったみたいだけど、別の需要はありそうだから、この際、無理に先鋭化しないで、いいところまで戻ってみてもいいと思う。
戻ってみたら、当時は見落としていた別の方向への進化の道が見つかることもあるんじゃなかろうか。
でも、一回付加した機能を削るのって、付加する時の数倍の勇気が要るから、戻るよりは新しく作ったほうが精神的には楽なのかもしれない。
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2013/2/19  21:36 | 投稿者: 時鳥

例えば、ゆで卵をソースで食べる習慣の人がいたとして、周りの人はその習慣を「ちょっとおかしいなあ」と思いながら見ているわけだけど、食べている当人が「ゆで卵にはソース」と固く信じていて、かつ大変に満足そうであるがゆえに、周囲もだんだん「これはこれでいいか」と思うようになる。

白隠の観音図を見て、そんな情景が頭に浮かんだ。
蓮池の側に寝そべる観音様、滝のほとりにたたずむ観音様。幽玄なお姿。
なのに顔は何故か、物凄く現実的。
これ、そこらにいるおばちゃんの顔だよねえ。
飴くれたり、スーパーで見知らぬ相手にいきなり栄養指導やっちゃったりする、世話焼きのおばちゃん。
どの観音様もそういう顔だから、白隠にとってはそういうものだったんだろう。

大燈国師像も面白い。
鎌倉末期の臨済宗の僧で、大徳寺の開山なのだけど、乞食に混じって五条大橋の下で修行していたという伝説があり、蓑をまとった姿で描かれていた。
その様子が、僧侶と言うより妖怪か妖精みたいで、不思議な気分になる。
妖精といっても、エアリエルやエルフじゃなくて、ドワーフ。
どっから出てきたかわからないけど、気が付くといる。

他では、妙に楽しげな地獄絵図が印象に残っている。
こんな地獄なら落ちても諦めがつくかも、とついつい思う。
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2013/2/18  21:57 | 投稿者: 時鳥

白隠慧鶴という禅僧がいた。
江戸時代中期に生きた人物で、臨済宗中興の祖と言われている。
偉いお坊さんだったけれど、名刹に納まりかえることはせず、諸国を遍歴して民衆に仏教を説くことに生涯を捧げ、味のある書画を大量に残した。
全国に散在する作品から、約100点を選んだ展覧会が渋谷のBunkamuraで開かれていて、週末の朝に見に行った。

その中に、達磨大師の絵ばかりを集めた部屋があった。
30代で描いた作品から、80代の最晩年の作品まで、幅広く揃っている。
こうして見ると、年齢と共に達磨の捉え方が変わっていくのが、はっきりと分かる。

30代では、「偉い人」として描いている。
仰ぎ見る対象として、失礼のないように、緊張して描いている雰囲気が伝わってくる。

40代では一転して、生身の人間になる。
いつまでもぐじぐじと悩んで、悟り済ますことができない人間、自分の嫌なところをクローズアップして背負わせたみたいな達磨大師。こんなのを大きく細かく描くって、自己嫌悪にはまる路線なんじゃないかと思う。

それが、50代頃にはまた変わってくる。
ぎょろりとした目、への字に結ばれた口元。どう見たって、穏やかな人格者の顔つきでゃない。けれど、この人は、こうなりたいんだろうな、と、反射的に思った。
普通の人にはどうだっていいようなことをいつまでも考えて考えて考えつくして、目を見開いて凝視し続ける。誰に鬱陶しがられようとやめない。明らかに、面倒な人だ。欠点も多分、たくさんある。
でもこの人は、この方向に進みたいと思っていて、この絵は「今の自分」と「なりたい自分」の混合体なのだろう。

そして、80代になると驚いたことに、全然違う達磨になる。
今度は、非常に自由な生き物だ。
この頃になると、達磨は自分の中に住んでいて、いつでも好きな時に呼び出すことができるようだ。
自己投影とか理想とか憧れとか、もう考えていない。
普段着で奥からひょこっと出てきたみたいな軽やかさを持っていて、飄々という言葉がこの上なく、似合う。
どこまで白隠で、どこから達磨なのか、考えようとしたけれど、意味のないことのように思えてやめた。
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2013/2/17  23:09 | 投稿者: 時鳥

冬に「山眠る」と言い、春に「山笑う」と言う。
原典は、郭熙という宋代の画家の言葉だそうだ。
調べたので、ちょこっとメモ。
『臥遊録』という書物に載っているらしい。

春山淡冶而如笑
夏山蒼翠而如滴
秋山明浄而如粧
冬山惨淡而如睡

春山は淡冶にして笑ふがごとし
夏山は蒼翠にして滴るがごとし
秋山は明浄にして装ふがごとし
冬山は惨淡として眠るがごとし
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2013/2/16  20:43 | 投稿者: 時鳥

ルーヴル-DNPミュージアムラボで、古代ギリシアの壺を見る。
側面は、半面にヘラクレスとアンタイオスの格闘の様子、半面には当時の日常生活が描かれている。
半分に神話、半分に日常生活を描くのは、この時代ではよくある形式だったそうだ。
現代日本に置き換えるなら、正面が弁慶と牛若丸で、裏面が酒盛り中のサラリーマンみたいな感じだろうか。
かなり変だけど。

この壺以外にも、ギリシア神話を題材にした像だの皿だのがあって、どうも古代ギリシア人はこの手の神話ネタに囲まれて日々を過ごしていたらしい。
日常と地続きで神話があるって、話を聴く限りでは疲れそうだけど、古代ギリシア人は何ともなかったんだろうか。
私なら、そんなに日常生活のあちこちに神話がちりばめられていたら、どこまでが現実でどこからが神話なのか分からなくなりそうだけど。
もしかして、彼ら的には、好きな芸能人の写真やグッズを飾る感覚だったのだろうか。
距離感がよく分からん。
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2013/2/14  22:40 | 投稿者: 時鳥

「犯人はこの人です。私、見ました。絶対に確かです」
と言われても、安易に信じないようにしよう。
つくづくそう思った。

目撃者証言に関する心理学の話題を幅広く収めた入門書で、裁判の世界に深く関わっている心理学者たちが書いている。
図書館では、法律関係の棚にあった。
こんな本があることすら知らなかったのだが、たまたま目が合ってしまって、手に取ったら手放せなくなって、そのままふらふらと借りてしまった。
法曹関係者や法実務家など、心理学の知識を持ち合わせていない人々に向けて書かれているので、心理学に疎い素人でも普通に読める本になっている。簡単に、ではないけれど。
完全な理解には程遠く、わかるところを拾い読みした程度だけど、それだけでも、人間の記憶の当てにならなさが見えてきて、ぞっとさせられる。
質問に出てきた単語ひとつで記憶が曲がるだの、繰り返し想起しているうちに嘘が本当になるだの、本人は嘘だと気付かずに自信満々に嘘を証言するだの、本当に、こんな証言を元に犯人を逮捕していたら、いくらでも誤認逮捕が起こりえてしまう。
この本は目撃者の証言に話を絞っているけど、目撃者ですら、プレッシャーを受けて自覚なしに記憶を歪めている。
なら、より強い圧力を受けている容疑者の記憶はどれくらい曲がってしまうのだろう。
それを考えると、恐ろしいことこの上ない。
この国では自白を頼りに逮捕しているけど、それって多分、非常な危うさを抱えているのだろう。

『目撃証言の心理学』厳島行雄・仲真紀子・原聰 北大路書房 2003年
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2013/2/13  21:06 | 投稿者: 時鳥

「なんで四角いのよ」

小さな鍋にレトルトパウチを押し込みながら、軽く切れる。
鍋は普通、丸いのに、どうしてレトルトパウチは四角いのか。
おかげで、小さな鍋に丸めるように詰め込むか、大きな鍋に妙に手持ち無沙汰な状態で沈めるか、どちらかを選択しなければならない。
そして、どうして世の人は、この嘆かわしい現象に対して言及しないのか。
・・・まあ、それほど騒ぐことじゃないからだろうな。
でも、もしレトルトパウチが丸かったら、もっとスムーズに鍋に投入できると思う。
完全な円は平面を埋め尽くすことができないから、レトルトパウチの包装材に切れ端が発生してしまうけど、そこは六角形ぐらいにしておけば、無駄は出ないし、四角よりは鍋に入れやすくなる。
でなければ、長いチューブ状にして、もっと丸めやすくしてみるとか、いろいろな形がありえそうなものだけど、どうしてこう、四角ばかりなのだろう。
技術上の制約でもあるのだろうか。
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2013/2/11  20:33 | 投稿者: 時鳥

文化庁メディア芸術祭は国立新美術館で毎年開かれている催しで、アート部門、エンターテインメント部門、アニメーション部門、マンガ部門の4部門で大賞と優秀賞と新人賞が選ばれる。
今年のこの祭りの第一報は、トーキョーアートマップから受けた。
アート部門の大賞受賞作の写真が大きく掲載されていて、これを見た途端、絶対行こうと決心した。

タイトルは『Pendulum Choir』、作者はスイスの兄弟ユニットCod.Act。
全身黒ずくめの男が9人、油圧で動くジャッキの上に立っている。それはいい。
ジャッキが動くようで、男達のうち数人は身体が斜めになっている。いい、のかな、それは。
説明によると、男たちは歌っているそうだ。ああ、確かに口が開いているね。うん。
・・・いや、突っ込んじゃいけないんだ。突っ込んだら負けだ、あるがままに受け入れろ。そういうものなんだ。
しかし、見てみたいな、これ。

そんな激しいやり取りが内心であった、松の内。
来る2月13日と14日、この作品のアジア初公演が東京ミッドタウンで行われるそうだ。
入場無料、予約不要、当日直接会場に行けば見られる。

会場:東京ミッドタウン[ガレリア 地下1階 アトリウム]
日時:
2月13日(水)13:30〜14:20/18:30〜19:20
2月14日(木)13:30〜14:20/19:00〜19:50

なお、Pendulumとは振り子のこと、Choirは聖歌隊。
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2013/2/11  19:57 | 投稿者: 時鳥

ピタゴラスイッチ好きの常連様にお奨めなのが、「デザイン あ」展。
Eテレで放送中の同名番組を展覧会に発展させたもので、展覧会ディレクターの一人によると、「デザインをきっかけに感性や想像力を育てていく展覧会」だそうだ。

「つつみのことわり」は、グラフィックデザイナーの山口信博さんと折形デザイン研究所による、言ってみれば研究成果発表。
天保11年に出版された折形のバイブル的存在『包結図説』、上下巻に分かれたその書の上巻が『包之記』で、23種の折形が図入りで紹介されているのだが、そこには完成図と展開図だけで途中経過の説明がほとんどない。
省略された手順をダイヤグラムに起こして、様々に考察する。
ワークショップ、トークショーもある。

個人的にとても興味深いのが、神奈川近代文学館の「添田唖蝉坊・知道」展。
演歌師という職業については本当にわずかな知識しか持ち合わせていないから、まずそこを知るのが楽しみだし、政治や社会への批判を街頭で唄って、生計を立てるというあり方は凄まじいもののように思える。
なお、息子の知道のデビュー作、「東京節」は、私の愛唱歌でもある。

「狩野派以外も大賑わい」と「かわいい江戸絵画」は、江戸絵画をちょっと変わった方向から見た展覧会。
たしか、一昨年の芸術新潮だったと思うけど、「かわいい日本美術」について特集している郷があった。
どうも、そのあたりから発生しているような印象を受ける。
いずれも巡回しないので、見るなら現地に行くしかない。
府中市美術館は、前期と後期で全作品を入れ替えるが、2度目の観覧料は半額になる仕組みができている。

「創作 ニッポンのお土産」は面白そうなんだけど、週末に開いていないのが痛い。
紙のショールームの2階で開催される。
1階のショールームでは、竹尾が取り扱っている紙のサンプルがこれでもかとばかりに展示されていて、手触りを確かめ、色合いを眺めていると、何枚か買っちゃいそうになる。
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2013/2/11  8:52 | 投稿者: 時鳥

展覧会情報を18件追加しました。
右の「展覧会情報」リンクよりお入りください。
追加した情報は以下の通りです。


「第16回文化庁メディア芸術祭」
国立新美術館(六本木)
期:2/13〜2/24 10:00〜18:00 金〜20:00(火休み)無料

「カリ・ポッポ」
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(銀座)
期:2/6〜2/28 11:00〜19:00 土〜18:00(日祝休み)
☆フィンランド出身のグラフィックデザイナー。ユーモアと風刺と遊び心があり、
シンプルなポスターは目に飛び込んでくる。福田繁雄を軽く連想。

「ナインホール 佐藤雅晴」
川崎市民ミュージアム(武蔵小杉)
期:2/15〜3/7 9:30〜17:00(月休み)無料
※映像ホールにて
☆アニメーションで評価を受けた美術家、だけど、今回はインスタレーションみたい。

「絶対風景 絶景でつづる日本列島」
フジフィルムスクエア(六本木)
期:2/22〜3/13 10:00〜19:00(無休)無料
☆日本の「絶景」を集めた写真展

「創作 ニッポンのお土産」
竹尾見本帖本店2F(神保町)
期:2/20〜3/13 10:00〜19:00(土日祝休み)
☆100人のパッケージデザイナーが提案する「世界に発信できるニッポンのお土産」。

「あさくさばしすいぞくかん 米山幸助」
マキイマサルファインアーツ(浅草橋)
期:3/8〜3/17 11:00〜19:00 金〜20:00(月火休み)
※浅草橋1-7-7
☆淋しげな水の生き物たちが妙に心にひっかかる。

「つつみのことわり」
クリエイションギャラリーG8(新橋)
期:2/19〜3/21 11:00〜19:00(日祝休み)無料
☆贈進の際の包みと結びの礼法、折形。伊勢貞丈「包之記」に掲載の折形23種について、
手順をダイアグラム化し、形態に働く思考の原型や文化的無意識を探る。

「BIOART.JPバイオメディア・アート」
アキバタマビ21(末広町)
期:2/23〜3/24 12:00〜19:00 金土〜20:00(火休み)無料
※3331 Arts Chiyoda内☆遺伝子工学や分子生物学の方向から来るアート。

「狩野派以外も大賑わい」
板橋区立美術館(西高島平)
期:2/23〜3/24 9:30〜17:00(月休み)無料
☆館蔵品展。住吉派のやまと絵、肉筆浮世絵、柴田是新の絵画、ほか。

「日本文化を担う・漆の美」
明治神宮文化館宝物展示室(原宿)
期:2/21〜3/31 9:00〜16:00 3月〜16:30(無休)500円

「インフォメーショングラフィックス 環境編」
生活工房ギャラリー(三軒茶屋)
期:3/1〜3/31 9:00〜20:00(無休)無料
☆図や表で情報や数値データを視覚化し、深刻化する“地球のいま”をデザインで伝える。

「日常/非日常 世界の明日につながるデザイン」
ワークショップルームA・B(三軒茶屋)
期:3/15〜4/1 11:00〜19:00(無休)

「かわいい江戸絵画」
府中市美術館(東府中)
期:3/9〜5/6 10:00〜17:00(月、3/21、4/30休み)700円
※4/9〜後期
☆「かわいい」をキーワードにして見る江戸絵画。
「カワイイとは何か?」を男の人が一生懸命考えたような感じがチラシから伝わってくる。

「添田唖蝉坊・知道」
神奈川近代文学館(元町・中華街)
期:3/2〜4/14 9:30〜17:00(月休み)400円
☆演歌が痛烈な諷刺となりえた明治・大正期に絶大な人気を誇った演歌師・唖蝉坊と息子の知道。
世相を映し、切り込む、反骨のストリート・シンガーの世界。

「パラの模型/ぼくらの空中楼閣」
メゾンエルメスフォーラム(銀座)
期:2/16〜5/6 11:00〜20:00 日〜19:00(無休)無料
☆都市や建築を模型化した新作。

「デザインあ」
21_21 DESIGN SIGHT(六本木)
期:2/8〜6/2 11:00〜20:00(火休み)1000円
☆テーマはデザインマインド。デザインは、人のいるとこどこにでも。

「波瀾万丈!おかね道 あなたをうつし出す10の実験」
日本科学未来館(船の科学館)
期:3/9〜6/24 10:00〜17:00(火休み)1000円
※祝日、春休み期間は開館
☆10の実験から、その人のお金に関する行動特性を探る。

「ツイン・タイム・トラベル イザベラ・バードの旅の世界」
東京大学駒場博物館(駒場東大前)
期:3/16〜6/30 10:00〜18:00(火休み)無料
☆明治時代に一人で日本中を旅した英国人女性の写真展。


補足は後ほど。
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